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第二十五話 雨の中で

「……和真は九条の人間だ」

 俺と篤史は熊が住んでいそうな洞窟の中に隠れていた。お互いにボロボロで、向かい合って岩壁に背を預けて座り込んでいる。すっかり日が暮れてしまったので、今は小さな焚き火で明かりを灯している。

「『方舟』は九条一族の組織ってことか」

「ああ。そうなるかもな」

「おっさん。ここまで関わったんだ、教えろよ。なぜ九条一族は世界中に散らばったんだ。世界中で発見される霊石っていうのは、九条一族の死体から残った心臓が風化したものだろう」

「伯父さんだ、クソガキ」

「大昔に何かあって、散らばったんじゃないのか」

「……散らばったことなんてねえよ」

 篤史はタバコをくわえて火をつけた。相当なヘビースモーカーだ。俺の倍は消費している。

「今から400年くらい前だ。日本の九条一族の中で一族殺しが発生した。何百って霊人が殺されて絶滅しかけたって話だ」

「なんでそんなことが」

「さあな。だがな、少し考えてみろ。400年前に日本で繁栄していた俺たち九条一族が、次々に殺されて霊石を奪われた事件が起こった。約300年後、日本の富士山で霊石が発見されたのを契機に、なぜか世界中で続々と霊石が見つかっていった。不自然じゃねえか、こいつは―――」

 俺は篤史の言葉を待たずに、思わず推論を唱えてしまう。

「―――大昔に九条一族の人間を殺して、心臓の霊石を大量に奪い、大戦前のタイミングでわざと世界中に霊石をばらまいた奴らがいる。『殺戮機械少女』を人類が製造し、戦争を激化させるため……?」

「ああ」

「それが『方舟』なのか」

「俺の心臓―――霊石を奪おうとしたことからも、その可能性は高い。霊石が九条一族の心臓だと知っているのも、九条一族だけだからな」

 痛む脇腹を手で支えながら、篤史は焚き火に薪をくべる。そして、パチパチと燃えていく細木を見ながら語りを続けた。

「問題は、あいつらがとんでもない『殺戮機械少女』を作ったことだ。あの白髪赤目の女、間違いねえ。あいつが俺の親友を―――お前の父親を殺した機体だ。河野が殺されたとき、幸乃が顔を見たから特徴だけは知っているんだ。合致する」

「本人が自白したよ。あっさりと」

「……なめやがって」

 くわえていたタバコを焚き火に向かって投げつけた篤史は、ぎりっと歯切りしをして怒りを押し留めている。篤史の傍には刀身の欠けた霊器の日本刀が転がっていた。

「あいつ、『殺戮機械少女』なのか。霊人じゃ、九条一族じゃないのか」

「ああ。あんな女、見たことも聞いたこともねえよ。霊石をぶち込まれた女―――『殺戮機械少女』のはずだ」

「だとしても、あいつの強さは異常だった。何なんだよあれは」

「知るかよ。だが、ただの『殺戮機械少女』じゃねえ。何か違和感があった。あいつから溢れる、雰囲気……」

「結局何の兵器なのかも分からなかった。体術しか使ってなかったし」

「まあいい。河野を殺したと白状した以上、あいつを入念な準備の上でぶっ殺すだけだ」

 篤史はそこで言葉を切ると、自分の左腕を右手でポンポン叩いて見せた。俺は自分の左腕を見てしまう。肩から先に何もない俺をふんと鼻で笑うと、篤史は口を開いた。

「隻腕がかっこいいとでも思ってんのか、ガキんちょ」

「うるせえな。隻腕って響きはかっけーだろうが。あんたもなってみろよ」

「ごめんだね。隻眼の父親に隻腕の息子、中二親子共が」

「そういうあんたは、脇腹どうなんだよ」

 この男なりに、俺の怪我を気にしているのだろう。わざわざ指摘したのがいい証拠だ。俺は篤史の脇腹に視線をやった。

「問題ねえよ。循環状態を解いて、折れた箇所にだけ霊石エネルギーを集中させてるからな。あと十分もすれば治る」

「まじか。すげえな霊人」

「お前も霊人だろうが。少しは霊石エネルギーの扱いに慣れたみたいだが、まだまだダメだ。もうちっと成長しろ」

「……あんた、九条一族最強って言われていたよな」

「だから何だよ」

「あんたが一番強いの、霊人で」

 つまらない質問をするな、とでも言いたげにため息を吐かれた。そんなに呆れられるような質問をしたか、俺。

「お前が霊石エネルギーのコントロールに苦戦しているように、他の霊人も大半がコントロールできねえんだよ。コツを掴めねえ。コントロールできねえ奴が雑魚なだけだ。で、俺がそのセンスに溢れていただけ」

「じゃあ、あんたが一番霊石エネルギーのコントロールがうまいってことだろ」

「だったら何だよ」

「俺に教えてくれ。やっぱり、まだ死にたくない」

「……」

 篤史は俺をじっと見つめて、またため息を吐いてきた。

 横になって腕を枕にし、眠る体勢に入る。

「おい無視すんなおっさん」

「自分の霊石ってのは、自分の心臓。心臓はそれぞれ違う。拍動の回数もペースもな。霊石エネルギーのコントロールっていうのは、自分で感覚を掴む以外にねえよ。そんなノウハウがあったら、九条一族は全員が俺みたいな殺戮マシーンになって世界を征服でもしてるっつーの」

「ぐっ……」

 霊人だからといって、皆がコントロールできるわけではない。それはつまり、人から教わってどうこうなる代物ではないということだ。

「九条哲人」

 俺に背を向けて横になったまま、篤史は言った。

「『霊石解放』はもう使うな。あんなもの、何回も使ったらどこかで死ぬぞ」

「……分かってるよ」

「逃げろ。戦わずにな。それが俺からのアドバイスだ」

「逃げろってどうやるんだよ。世界中が血眼になって俺を探してるんだぞ」

「……さあな」

 篤史はそれっきり喋らなかった。

 俺は焚き火の火を消すと、同じように横になった。篤史とは反対の方向を向いて、目をつむる。夜中、物音で目を覚ますと、篤史がスマホを片手に洞窟の外に出ていった姿を見た。しかし、俺は再び猛烈な睡魔に襲われて眠ってしまった。















 激しい雨の音で気がついた。ぐっすりと眠っていたようだ。朝のはずなのに、洞窟の入口から光のさしている様子がない。ザーザーと強烈な雨の音と共に、雷の音も聞こえてくる。岩の屋根の下だから、雨はまったく降り込んでこない。これなら、追手の『殺戮機械少女』も捜索に手間取ってくれるだろう。顔だけ動かして篤史の姿を探すが、そこに寝ていた男の背中が消えていた。一足先に逃げたのだろうか。俺は起き上がろうと頭を上げるが、額をぐっと押し戻されて阻止された。

 え、誰。

 見上げると、そこには、ここにいちゃいけない奴、ナンバーワンの女がいた。



「テツヒト。おはよ」



 橘光だった。

 ずぶ濡れの彼女は、俺を膝枕してそこにいた。

「なんでいるの」

「3日探し回った。戦闘の痕跡を辿った」

 ふっと笑った俺は、しかしすぐに無表情になった。

 待てよ、おい。

「いや、だめっしょ」

「なにが」

「お前が。ここにいちゃ」

「なんで」

「俺、国際指名手配犯ナウ」

「でも、私とテツヒトは一緒って約束」

「でも、俺国際指名手配犯ナウじゃん」

「? でも一緒でしょ」

 俺は彼女の柔らかい太ももから跳ねるように起き上がり、大声を上げた。

「―――お前が『アルカサル』に残れるように国際テロリスト扱い受けたんですけど!? 一緒にいたらお前まで仲間とか思われちゃうんですけど!?」

「いいよ」

 綺麗なブルーの瞳が細くなった。笑ったのだ。本当におかしな話だ。どうして光は、今、待ち遠しかった旅行にでも行くような笑顔を浮かべるのだろう。どうして光は、こんなにも嬉しそうに俺を見つめているのだろう。

 何なんだよ、それは。

 俺は怒りが一瞬で湧き上がり、爆発した。

「ふざけんな。お前がよくても、お前が俺と一緒にいれば、俺のやったことは全部無駄になるんだよ。帰れ」

「やだ」

「お前、喧嘩売ってんのか」

「売ってない」

「なら、なんで帰らねえ。状況が分かってないのか」

「全部聞いた。私がクローンってことも、テツヒトが捕獲しに行ったのがオリジナルだってことも。テツヒトがなんでこんなことをしたのかも。アリスから」

「なおさらだ。帰ってくれ」

 吐き捨てるように言った直後、俺の左頬に光の右拳がねじ込まれた。体重を乗せた、全力の拳だ。俺は岩の屋根の下から外へ吹き飛んでいき、強烈に降り注ぐ雨の中に転がった。

「……クソ痛い」

 オートの防御が発動しなかった。もう物質Nが十全に生成されていないのだろう。霊石の限界がきているのだろう。―――いや、それだけじゃない。そうだよな。身体が分かっているんだ。橘光は脅威ではないことを。彼女は、俺の味方だということを。あるいは、この一撃はもらうべきだということを。

 光も豪雨の下に歩いてくると、仰向けで転がっている俺の傍で立ち止まる。膝を折ってしゃがみこみ、俺の顔を覗き込んできた。目と鼻の先まで顔を寄せてくると、微笑んできた。

「これで半分許す」

「何がだ」

「勝手に私を助けたこと。頼んでないよ」

「……」

 それについては、俺が重々承知している。光の気持ちも全て無視して、自分勝手を選んだのだから。

 俺は光の綺麗な瞳をじっと見つめた。

「気が済んだら帰れ。まさか、まじで俺のやったことを全て無駄にしてくれるわけじゃねーよな」

「―――そのまさか」

 真顔で即答される。

 俺の全身から血の気が引いていった。

「……うそでしょ」

「嘘じゃない。二人で無駄死にしようよ。それで全部許す」

「……」

「自分だけ勝手して、私が勝手しないわけない」

 光の目は本気だ。俺の頬に手を添えてくる。貴重な美術品にでも触れるように、優しく俺を撫でていた。

 その瞳は、俺の目を見て離すことがない。

 雨に打ちつけられながら、俺たちはずっと見つめ合っていた。

「テツヒト」

「何だよ」

「私、自分の正体をアリスから教えられたとき、すごくびっくりした。私には親も友達も何もない。あったと思わされて育った。幻の記憶のために、私は戦い続けた。家族を失ったから、戦争が嫌いだから、戦争を食い止めるために戦う。そんな思いは、全部嘘になった。だって、私、家族なんていないんだもん。戦争に巻き込まれて家族を失ったり、してないもん」

「……」

「ねえ。テツヒト。私、私が何なのか分からない。私が信じてきた記憶も、思いも、全部嘘だって分かったから」

 でも、と光は続けた。

 かすれる声で、吐き出すように、俺に言った。

「テツヒトがこんな私のために死んじゃうって分かった時、もっと、もっとびっくりした。嫌になった。自分がクローンとか、どうでもいいくらい、それはやだって、思った」

「嫌でも、死ぬなんて言うなよ。俺はお前に生きて欲しい」

「テツヒトが私のために死ぬなら、私もテツヒトのために死ぬ」

「なんで、そこまでできる」

「―――テツヒトが、ここまでしてくれたから」

 それを言われると、弱くなった。俺は失った左腕を見る。ここまでしちまった。命を捨てて光を守ろうとした。そして、俺が先に光の気持ちも全て無視して自分のための傲慢な行動を取った。彼女のために命を捨てる、という行動を。それなのに、光には自分勝手なことをするな、俺の気持ちを考えろ、などと言える資格は俺にない。 

「心中じゃん。よくないやつ。やばい文豪とかが、やるやつ」

「そうなの」

「うん。……太宰とか。よく女と自殺しようとしてた」

「テツヒトは、私と死ぬの、好き?」

「……さあ」

「私はいいよ。テツヒトは、何者でもない私に命をかけてくれた。私、なんにもないから。だから、テツヒトだけは絶対に裏切りたくない。テツヒトといるの、好きだから、それくらいは守って死にたい」

 俺は呆れるように目を閉じて呟いた。この凄まじい雨の中、本人に聞こえるかどうかも分からない声で。

「依存じゃねーか、それ」

「違う―――愛だよ」

 ほぼゼロ距離だった顔と顔が、完全に間の空間を失った。光は俺を強く抱きしめて、長い長いキスを続ける。頬に、少し温かい水滴が落ちてきた。光の涙だろうか。分からないまま、全てが雨に流されていく。俺は光を抱きしめた。自分を尊重するだけの、自分勝手な生き方を、こいつは絶対に許さなかった。こいつは俺を許してくれなかった。許さないでいてくれた。

 だが、俺の望みは光を守ることだ。

 光が一緒に死ぬことを許しても、今度は俺がそれを許さない。

「……長くね」

 ようやく唇を離してくれた光に、俺は目をそらして言った。

 しかし、まったく関係ない返事が返ってきた。

「好きだよ」

「分かったよ。ああ、分かったから。ありがとう」

「私と付き合おうよ」

「どしゃぶりの中で告るのやめないか。一旦なかに―――」

 再び押し倒されて唇を奪われた。左腕がない分、抵抗が難しかった。雨に濡れた光はどこか色っぽく、このままだと流されて付き合ってしまいそうだった。

 長い長い接吻が終わると、光は小首を傾げてきた。

「付き合う?」

「付き合うまでやる気かよ!!」 

「うん」

「ふざけんな、まじで風邪引くから―――」

 またキスされた。

 ちょっと待て。こいつなんか、楽しんでないか。

「付き合おうよ。ね」

「分かった、待てよ。分かったから」

「分かったの。よろしく」

「え、あ、いや違う。了承の意味じゃない」

「む」

 頬が膨らんだ。

 そのふくれっ面があまりにも懐かしくて、またそれが見れるのが嬉しくて、俺は言葉を失ってしまった。

 そして、つい頬が緩んだ。

「光」

「なに」

「悪い。もうバイク、乗せてやれねえんだ」

 光は俺の肩から完全に無くなっている左腕を見た。四肢の一部の完全欠損。光をまたどこかに連れていくことも、もう叶わない。

「あとさ、ごめん。寝たんだけどさ、Nが思うように扱えない。多分、限界がきてる」

「……」

「だから、一緒にはいられない。次、Aクラス以上が一体でも来たら、多分アウトだ」

「守る」

 雨の音が弱まっていく。

 少しずつ、雨が止んでいく。

「守っても、また来る」

「ずっと守る」

「お前の限界が来る」

 陽の光が降りてきた。それは曇天から地上に何本も伸びていき、キラキラと森全体に転がっている雨粒を輝かせる。

「一緒に死ぬよ。さっき言った」

「……」

 光を中心に陽の光が一本降りてきた。ぬくもりが周囲一体に広がる。草木に置かれた露や雫が、宝石のように輝き始める。しかし、何よりも輝いたのは、雨に濡れていた目の前の少女の長い銀髪。サイドテールにしていた髪をほどいて、ぐしゃぐしゃになった髪を必死に手でまとめ始める。

 そして、最後に前髪を整えた彼女は、綺麗な青い瞳を俺の目に向けてきた。



「私たち、ずっと一緒だよ」



 負けだ。

 完敗だ。

 彼女は絶対に俺の傍から離れない。それを確信してしまった以上、もう俺の主張など意味はない。

「……そう、だったな」

「ん」

「……馬鹿だな、お前って」

「お揃い。カップルっぽい」

「やっぱ馬鹿だよ、お前」

「む。今のは本当に馬鹿にした」

「……っ、はは!!」

「むう」

 俺は立ち上がり、光に一本しかない右手を差し出した。全てが無意味になってしまった。だから、残りわずかの命を使って、光と一緒にいよう。

 俺の手を握った光を引き起こす。

 彼女を抱き止めて、洞窟の中に戻らず、手をつないで歩き出した。残り少ない時間を、この子に捧げるために。

 数歩進むと、頭上を見上げる。

 そこには、20体の『殺戮機械少女』が浮かんでいた。俺はわずかに操れる物質Nを右拳に集中させ、循環状態を発動する。光もつないだばかりの手を解くと、バチバチと電気を全身から溢れさせた。―――さあ、いっちょ無駄死にしようか。

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