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第二十三話 激闘の末

 エカチェリーナは、霊人のスピードについてきた。俺がまだ未熟な霊石コントロールしかできないとはいえ、それでも相当なスピードのはずだ。九条竜次のような、霊石エネルギーを極限までコントロールできる優れた機体なのだろうか。霊人とは違って心臓が霊石ではないが、『殺戮機械少女』にも霊石がある以上は循環状態に入ることはできるはずだ。九条竜次がやっていたように。だが、光やファーストですら、恐らくこのスピードにはついてこられない。これは私見だが、霊人は『殺戮機械少女』よりも心臓サイズの大きな霊石を持っているから循環状態が可能で、霊石の小さい『殺戮機械少女』たちは循環状態と言えるほどの高速戦闘には至れないのではないだろうか。竜次は何か特別なのだと思う。親父―――霊人・九条零次の子供だし。

(世界は広いなあ。こいつ早い)

 だが、ならばこいつは、なぜ俺のスピードについてこれる。

 俺がじっとエカチェリーナを睨むと、彼女は小さく頭を下げてきた。ヴェロニカは、腕を組んで俺を感心したように見入っている。

「九条哲人。私も追いつけるか分からないほどのスピードでした。これもまた尊敬に値します。楽しいですね、うふふ。私と張り合える方がいらっしゃるとは、ドキドキします」

「いやあ、すごいな。さすがに反応できなかった。リーナがいなかったら危なかったなあ」

「ヴェロニカ、あなたは援護を」

「まあ、そうなるな」

 ヴェロニカが指をパチンと鳴らす。瞬間、経験したことのある重圧が俺の体にのしかかってきた。重力を何倍にもしたような、上からかかる圧力。―――音響兵器か、奴は。

 音響兵器は俺と相性が悪い。音響兵器はフィンガークラッチを媒体に衝撃波や音波が生み出せる。指で弾き出した音を相手の体内に浸透させて、『体内から衝撃波や音波を発生させる』ことが可能だ。よって、体外の危険な物理攻撃に対してのみ発動する高温防御は、体内からの脅威に迅速な反応はできない。つまり、物質Nによる体温上昇が音響兵器の体内からの攻撃には発動しない。防御なしで、もろに食らってしまう。 

「っく……!!」

 そして、俺はSクラス音響兵器の恐ろしさを知ることになる。

 もう一度フィンガークラッチが響くと、気づけばうつ伏せで地面に倒れ伏していた。肺の中の空気が一気に漏れていき、俺は口を開けて叫び声を上げた。骨の軋む音がする中で、ようやく体温が上がっていくが、音響による衝撃波に対して効果がほぼないようだ。

「ォ」

 俺は循環状態を発動し、霊石エネルギーによる筋力アップで脱出を試みる。右足の靴先を地面に引っ掛けた。

「ォォォォおおおおおおおおおおおっ!!」

 叫び、循環状態を維持して、一気に曲げていた右膝を伸ばした。ごりっと地面に靴先が埋った直後、俺はロケットのように飛び出してヴェロニカの懐に突っ込んでいた。

 右掌を彼女の腹部に添えて、物質Nを無造作に放出する。しかし、肘の関節が急に中に折れると、俺は左手側の森林を一部焼け野原にしていた。

 ばっと下を見ると、エカチェリーナが俺の右腕に優しく手を添えていた。こいつ、俺の前腕を動かして攻撃の軌道を逸らしやがった。

「危険な物理的接触以外は、自動で体温上昇しないようですね」

「っ」

 あくまでもスキンシップの一貫のように接触された場合、体温上昇による高温防御が反応しない。ならば、意図的に体温を上げてやればいい。俺は即座に全身の温度を高めようとするが、こちらの考えを読んでいたようにエカチェリーナの姿が消えていた。

 そして、再びフィンガークラッチが響く。

 ゴガァッッッッ!! と、俺の足元の地面に亀裂が走った。再び俺の背中に膨大な衝撃波が降ってきたのだ。歯を食いしばって耐えるが、そこで再びフィンガークラッチが響く。

 腹部に強烈な衝撃波が炸裂した。

 完全に肺の中の空気を失った俺は、過呼吸になりながらゴロゴロと転がっていく。霞む視界には、再び指を鳴らそうとしているヴェロニカの姿があった。

 無意識に右手を突き出し、Nを放とうとする。

(させてたまる―――)

「失礼します」

 職員室にでも入るような声が聞こえた。エカチェリーナは俺の目の前に現れた。やはり早い。何なんだ、この機体は。彼女は俺の右手をそっと掴むと、やはり痛みを伴わないように掌を俺に向けかえて消えた。

 次の瞬間、俺の左腕に俺の右手から発射された熱放射が炸裂する。俺は痛みに転げ回り、赤く腫れ上がった左腕に目をやった。体温上昇のおかげで、ほぼ同じだけの熱に耐えることができたようだ。

 しかし、それにしてもだ。

 俺の様子を伺っている二人のSクラス個体を睨んだ。このコンビはまずい。強すぎる。音響兵器のヴェロニカは、単純に音響を利用した衝撃波で俺に攻撃が当てられる。ならば、高速で首を落とせばよいのだが、それをエカチェリーナが同等以上のスピードで追ってきて、体の関節を曲げて攻撃の軌道を逸らしてくる。

 厄介にも程がある。

 打つ手がない。これは非常にまずい。

(……『霊石解放』は使えねえ。俺に、あれだけの質量を一点に集中させるスキルがない)

 霊人としての奥の手、『霊石解放』が使えれば迷いなく使ったはずだ。この二人は、『アルカサル』のために、光のために、必ず地獄に道連れにするべきだ。しかし、あれだけの霊石エネルギーを一点に集めて、しかも生成・流出させて膨大なエネルギーの塊を作ることが今の俺にはできない。

「楽しいですね、ヴェロニカ。お強いですよ彼。いいスピードです」

「まさか私の衝撃波の拘束から抜け出せるとは。パワーもすげーよ。男の兵器なんて初めて見たが、こんなにスペック高いのか」

「ねえ。殺すのがもったいないです」

「同感だが、それは命令違反だよ」

 勝ちを確信したのか、エカチェリーナとヴェロニカが隙を見せた。俺はもう諦めていた。こいつらに勝てるだけの手札は俺にない。そもそも、クラスで言えば光とファーストを相手にしているようなものだ。そもそも勝ち目がなかった気さえする。

 俺はとりあえず、ダメ元でエカチェリーナに提案してみた。

「タバコ吸いたいんだけど、そろそろ休憩しない?」

「運動会じゃあるまいし、そんなものありませんよ」

「だよなあ。いやごめんね、時間稼ぎしただけ」

「正直な方ですね。面白いです」

「よく言われる」

 笑った俺に、今度はヴェロニカが一歩前に出て宣言した。

「さて。それじゃ、終わらせようか」

 ヴェロニカが指を鳴らす。

 やはり全身が重圧によって動かなくなった。うつ伏せで抑え込まれないように踏ん張る。

 だが、意味のない抵抗で終わった。

「『多重音撃―――無限』」

「っ」

 固定されていた状態で、見えない衝撃波が全身を駆け巡った。顔を、胸を、腕を、腰を、足を、言葉通り無限の衝撃が突き抜けていく。全身をマシンガンで撃ち抜かれ続けるようだった。口からゴポゴポと血が溢れて漏れる。終わらない地獄に、俺はついに膝をついて倒れ伏した。

 一撃一撃が、重すぎる。

 内蔵のいくつかがやられた。骨も何箇所かは折れているだろう。

 さすがSクラス音響兵器。 

(……きついって、これ)

 左腕の傷も酷い。物質Nによる攻撃の壮絶さ、それを身をもって感じた。あやうく片腕が吹き飛んでしまうところだった。

(あ)

 俺は、思いついてしまった。

 霊石エネルギーをばんばんに一点へと供給させる方法を。未熟な俺だから、霊石の扱いに慣れていないからこその方法を。

 決断は早かった。

 俺は物質Nを最大限まで右手に蓄えると、左手の手首を勢いよく握りしめた。ジュァァァァァァッッッ!! と、俺の皮膚に、肉に、指がめり込んでいき、ついに動脈を焼き切ってしまった。

(霊石は心臓。霊石エネルギーは血管を通る。物質Nと一緒に流れている。なら、血管を再生が容易じゃない攻撃で破壊してしまえば、その修復のために霊石エネルギーが修復箇所にばんばん送られる……はず)

 異変に気がついたヴェロニカとエカチェリーナだったが、どうやら既に手遅れだったようだ。どんどん手首を焼き切っていくと、俺の霊石がドクンと大きく跳ねた気がした。 

 次の瞬間、それが起こった。



 大蛇が洞穴から出てきたように、白い光がうねり出す。

 俺の左手首から、莫大な霊石エネルギーが姿を現した。



 一瞬で、とんでもない量のエネルギーが現れた。コントロールができていないからだ。致命傷回復のために霊石がひたすらに働いている。しかし、治癒をさせないように、俺は継続して傷口を広げていく。左手を右手で激痛に耐えながら焼き切っていく。

 境内を這い回り、社殿にまで登っていったエネルギーは竜が地上に落ちたかのようだった。異常な光景に呆然としているエカチェリーナとヴェロニカが、ようやく俺を仕留めるために動き出した。だが、それも少し遅い。

 循環状態の要領で、白い大蛇を自分の体内に戻そうとする。霊石エネルギーは俺を飲み込むように頭から身体に戻っていく。雷にでも打たれたような衝撃音と発光の後に、静寂が生まれた。

 雨が一粒、俺の前に落ちてきた。

「―――『霊石解放』」

 倒れたまま、呟く。そして、覚悟と共に諸刃の剣を振るう。

 確実に命を奪う、死神の一撃だ。


 

 落ちてきた雨粒が弾けた。

 同時に、俺はヴェロニカの首を一瞬で引きちぎった。



 え、ともいだ生首が声を上げた気がした。

 ばたりと倒れたヴェロニカの身体を見て、エカチェリーナは状況を飲み込んだ。彼女の背後に回っていた俺は、ようやくこちらに振り向いたエカチェリーナに笑って言った。

「ミスった。お前もまとめて殺すはずだったのに。あー、まじか。くそ、こんなんありかよ」

「……運がいいです、私」

「まったくだ。朝の占い、一位だったんじゃね」

「……ちゃんとお話、しましょうよ……」

 適当に言葉を返した俺に、呆然と立ち尽くすエカチェリーナはまったく動く気配がない。思考が追いついていないのだ。Sクラスの仲間が一撃で瞬殺されたのだから、無理もないか。

「泣けるね。バイク乗れねえって、これじゃあ」

 左腕に感覚が通っていないことを理解した。あれだけ痛めつけたのに、焼き切ったのに、痛くなかったのだ。目で確認して、気持ちいいほど納得した。

 左腕が消えていた。

 壊死して、ボロボロと崩れていき、肩口から完全に消えた。

 UFOでも発見したように、驚いた顔で俺を見るエカチェリーナ。俺は、意識が薄れていることに気づき、彼女に言った。

「悪い。殺るなら起きる前に、殺っといて。寝たい」

「……すごい人ですね」

 心底感心するようにぼやいたエカチェリーナを最後に、俺は後ろに倒れてしまった。左腕を代償に、Sクラス一体と相打ちか。相応の買い物だった。さすがに、二人とも倒すのは、無理があったな……。

 眠い。

 めちゃくちゃ、眠い。もう寝たい。

「諦めます」

「え?」

 睡魔と戦っていると、俺を見下ろしているエカチェリーナが、にっこりと笑っていた。

 諦める、とは何を諦めるのだろうか。

「あなたを殺すことは諦めます」

「何でだよ。絶好のチャンスだろ」

 俺は抵抗するだけの力がもはや残っていない。正直、楽に殺してくれるならば願ったり叶ったりなのだが。

「私、あなたと相性が悪すぎます。あなたにダメージを与えられる攻撃の手段がありませんので」

「……参考までに、何の兵器なの、君」

「極超音速機型『殺戮機械少女』です。他の『殺戮機械少女』と違って、私は武器の製造や使役ができません。ただ、最速の機体です」

「ご、ごくちょーおんそくき?」

極超音速機ごくちょうおんそくきとは、マッハ5以上のハイパーソニックで飛行する航空機を指しますね。私、本気を出せばそれくらい早く動けるんですよ」

「どうりで、余裕そうに循環状態についてこれるわけだ」

「循環状態、ですか?」

「ああいや、何でもない。最速のSクラス『殺戮機械少女』か。スッキリしたわ。これで存分に寝れる」

 なるほど。それでは、確かに俺のオート防御を破る術は持っていない。俺以外の『殺戮機械少女』相手ならば、圧倒的スピードで首を落とせるのだろうが。

「ただ、私は諦めますが―――」

 エカチェリーナは上を見上げた。

 どしゃぶりの雨に目を細めて、空に浮かんだ何かを見つめる。

「―――ロシア以外は、あなたを諦めていませんね」

 仰向けで転がっていた俺も、かすむ視界に浮かんだそれらを見つける。十五……いや二十体はいる。数多の『殺戮機械少女』が俺を見下ろし、それぞれの武器を構えている。ライフルを向ける陸上型兵器、光と同じようにデコピンを向ける光学兵器、親指と中指の腹を合わせてフィンガークラッチの準備をしている音響兵器。あ、これは詰んだな。音響兵器による攻撃で確実にダメージを喰らい、ダメージの蓄積によって霊石の力が弱まった時、俺の物質Nによる高温防御がいつか発動しなくなる。

 そうなれば、俺はライフルで頭を撃ち抜かれ、レーザーで身体に風穴を空けられて死ぬ。

「死ぬのは怖いですか」

 俺を見下ろしているエカチェリーナが、微笑んだまま首を傾げてきた。俺は空から向けられた、たくさんの殺意の視線を受け止めて言った。

「知らん」

「怖くないんですか」

「……『感情とは、欲求と充足との間に生まれる』」

「……?」

「オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』。俺の好きなパートの文言」

 俺は空を仰いだまま口を動かした。

 というか、勝手に語り出してしまった。

「感情が欲求と充足との間に生まれるなら、死への恐怖もまた、欲求と充足の間に生まれるんじゃねーの。死にたくないという欲求と、生きてるわー満足だわーって充足感の間に。なら、死ぬのが怖いと思える奴っていうのは、満足いく生活を送っていてずっと生きていたいと思っている奴ってことになる」

「なるほど。理解はできます」

「で、思ったんだが。―――死ぬの超怖いわ、俺」

「……」

 少し目を見開いて驚いた顔をしたエカチェリーナは、しばらく俺を見つめていた。だが、踵を返して境内を囲む森の中に消えていく。

 その背中に、俺は声をかけた。

「お前、死ぬの怖くねえんだろ」

「はい」

 立ち止まり、振り返った少女の顔には、なんだか不思議な微笑みが張り付いていた。力がない。全てを諦めたような、あるいは受け入れて疲れたような顔だった。俺に軽く会釈をすると、彼女は完全に境内の先にある森の中へ姿を消した。

(可哀想なやつ)

 闇に溶けていった背中を見送り、俺は空を見上げた。

 さて、公開処刑だ。

 目を閉じた。そして、全てを受け入れた。

 親父が言っていたな、そういえば。

『―――死に至る病とは絶望のことだ。絶望とは、現実と想像のバランスが崩れたときに起きる。筋力も身長もまったくないのに、大きなオートバイを取り回したいと思っても不可能に近い。だから、絶望する。逆に、自分は筋力も身長もないことに囚われて、体格の必要なことは何もできないと思っても、絶望する。肉体という現実を無視してやりたいことを想像しても、肉体という現実に囚われすぎて想像力が欠乏していってもいけない。双方のバランス、中庸が大切だ』

 バランスを保つには、体格に合ったオートバイに乗るか、身体を鍛えて叶えられる想像の範囲を大きくするか、どちらかしかない。現実を受け入れて、叶えられる範囲の幸せを掴む。それが絶望しない生き方らしい。

 光を守りたいという願いを叶えるために、俺は俺の全てを失った。だが、これで守れたはずだ。守れなかったならば、絶望していたはずだ。『アルカサル』の皆が死んでいたら、絶望していたはずだ。

 守れないという絶望だけは回避した。

 絶望だけは、打ち破った。

 満足だ。



「自分を尊ぶだけの生き方、選んだんじゃねえのかよ」



 打ちつける雨の中で、銃声や爆撃音が炸裂すると思っていた。

 しかし、聞こえてきたのはガラの悪い声だった。音が低くて、突き放すような、棘のある言い方だった。そして、声に続いてバタバタと何かが落ちてくる音がした。ようやく瞼を開けて空を見上げれば、そこにいたはずの二十体ほどの『殺戮機械少女』が姿を消していた。

 右耳の傍で、靴の擦れる音がした。

 もうほとんど残っていない力で顔を向ける。そこには、空に浮かんでいた『殺意機械少女』の死体の海ができあがっていた。散乱する少女たちの肉塊を、その男はゴミでも扱うように蹴り飛ばす。アロハシャツに、オレンジ色のレンズの丸メガネ、短い黒髪をセンターパートにした、チンピラ風の日本人の男だ。そいつは日本刀を片手に持っていて、俺をちらりと一瞥した。 

 BクラスやAクラスもいたはず。なのに、クラスによる格付けなど無に帰すほどの戦闘力。『殺戮機械少女』を20体、刹那で全て斬り殺した。Sクラスの『殺戮機械少女』にでもなかなかに不可能な芸当だが、その男の顔を見て納得がいった。

「……おっさん」

「伯父さんだ。クソガキが」

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