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第二十ニ話 出会いから今までを

 アリスから全ての事情を説明された私は、自分の部屋に籠もっていた。自分の正体がクローン人間であること、『トリグラフ』が使えなくなったオリジナルの代わりに私を欲しがっていたこと、このままでは全面戦争になっていたこと。そして、その全ての問題をテツヒトが第三勢力として介入することで解決してくれたこと。

 これで『トリグラフ』は『アルカサル』に私を要求することが難しくなった。『アルカサル』もオリジナルの破壊に関与していないことがテツヒトの証言から取れているから、要求されても正式に抗議ができる。そもそも、テツヒトが『トリグラフ』の個体を狙っている以上は、『トリグラフ』はわざわざ『アルカサル』に喧嘩をふっかけて来ない。

 そして、テツヒトは恐らく『トリグラフ』のSクラス個体を破壊するつもりだ、ともアリスから教えてもらった。万一『トリグラフ』が諦めなかった場合のために、確実に『アルカサル』が勝てるようにあの2個体を破壊する計画だと思う、と。

「……テツヒト」

 自分の個室から出ていき、私はテツヒトの個室のドアを開けた。寝相のいい彼らしい、綺麗に整ったベッドがあった。本棚には乗り物好きな彼らしい、オートバイや車の雑誌が敷き詰められていた。あれだけ教養に溢れているのに、そういう教養・文学系の書物が一切ないのもまた、彼らしいなと思った。でも、なぜそういう本を読まないのに、本に明るいのだろうか。机の上には、ウィスキーのボトルが置いてあった。お酒が好きだと言っていたが、私の前で飲んだところを見たことがない。お酒はいつも、一人で飲んでいたのだろうか。なぜ一人で飲むのだろう。酒癖が悪いのだろうか。

 いつも吸っていたタバコを買い溜めていたようで、机の隅に3つ、未開封のタバコ箱があった。いろんなタバコがあるのに、なぜこればかり買っているのだろう。これが好きなのか。でも、どうして彼はこのタバコを愛用していたのだろう。

「……まだまだ、いっぱい、知らなかった」

 私は彼のことを、こんなにも知らなかった。まだまだたくさん、彼のことを知っていきたかった。九条哲人は、私を命懸けで川から引き上げてくれた。自分自身も壮絶な怪我をしていたのに、私を引き上げてくれた彼を放ってはおけなかった。

『アルカサル』提携病院に搬送した数日後、そこがファーストに襲撃された。恐らく私をおびき出す罠だったのだろう。私は、私を助けてくれた彼を守りたかった。得体の知れない私を必死に引き上げてくれたのだ。それなのに、彼は私から逃げた。私のことを覚えていない様子でもあった。あれはとても不満を覚えた。こちらはしっかりと覚えているのに、向こうは私を怖がってさえいたのだから。

 ファーストの手から彼を引き離し、『アルカサル』に連れていった。彼から凶暴な物質が溢れていることを知った私は、個室に彼を背負っていって、とりあえず逃げられないように手錠をかけた。しかし、みるみるうちに手錠を引き裂いた彼は、私に気づかずにタバコを吸い始めた。どこまで人を無視するのか腹が立ったので、臭いと言ってやった。彼は私に驚いて振り向き、自分は化学兵器で近くにいたら危ないと言ってきた。ここはどこだ、とか真っ先に言わなかった。何で俺がここにいる、とか問い詰めてこなかった。自分のことよりも、私のことを優先した思考に、ああきっと優しくて損をするタイプだなと思った。

 私は彼の物質Nの流出を抑えるために、一緒に生活することになった。彼は一緒にご飯を食べた時、私の生い立ちに興味を持った。私がなぜ戦うのか、その思いを打ち明けると、彼は心の底から私を褒めてくれた様子だった。私のことを私以上に肯定し、尊敬し、信頼を寄せてくれたようだった。彼は素直な人なのだ、ということが分かった。私は彼と仲良くしていきたいと思った。

 優しくて損をする、とても素直な人。彼はエマのことが好きなようで、すごく嬉しそうに、しかし緊張してエマと話していた。そんな反応を私に全くしないから、私に魅力がないと言われているようで機嫌が悪くなってしまった。すると、彼は一緒に出かけようとデートに誘ってきてくれた。私の好きなところに連れていってくれる約束をしてくれた。私は、それだけで気分が一気に逆転してしまった。

 彼と一緒に死ぬ思いで襲撃者と戦い、事件に幕が下りた。結果、様々な彼の事実を知ることになった。彼が霊人と言われる特殊な人間で、その心臓が実の母親のものであること。伯父による計画で物質Nを生み出す肉体にされたこと。育ての父親はもう一人の伯父で、実の父親ではなかったこと。実の父親は『殺戮機械少女』に殺されていること。

 しかし、彼は気にした様子もなく、私との約束を守るために海へ向かった。今後も伯父に狙われるかもしれない、存在が露見すれば世界中から追われることになるかもしれない、物質Nの影響で一生自由に生きていけないかもしれない……。様々な不安が他人の私にさえ想像できた。彼もまた、そのような不安は抱えているはずだ。それでも、彼はその不安に蓋をしてでも、私と笑ってデートをしてくれた。ご飯を食べようと笑ってくれた彼を見て、私は優しくされてばかりだと感じた。だから、私はもっと彼に優しくしてあげたいと思った。

 だから、言ったのだ。

 風に吹き消されてしまったが、オートバイを運転する彼の背中に抱きついて。



「……『私たち、ずっと一緒だよ』」



 手に持っていた、彼のネックレスに涙が落ちた。溢れ出したら止まらなかった。彼らしさがいっぱい詰まった部屋にいたせいで、彼との短くも濃い思い出が湧き水のように溢れてきた。呼応するように、涙が止まらない。

 ああ、だめだ。

 自分がクローンだったとか、自分の記憶が後で植え付けられたものだったとか、本当は家族も仲間もいなかったこととか、全部全部、どうでもいいのだと自覚する。

 彼のことでいっぱいだ。

 彼のことが心配で、この身が引き裂かれそうだ。

「テツヒト……やだよ……」

 ポロポロと溢れる涙で、視界が歪む。

 張り裂けそうな胸に、彼のネックレスを押し当てて、私はむせび泣いた。声を上げずに、静かに絶叫した。額を床に押し付けて、ふるふると震えながら泣き続けた。

 その時だった。

「―――誰に土下座してるのよ」

 後ろから声がかかった。

 ゆっくりと振り向く。ぐしゃぐしゃになった前髪のせいで視界がはっきりしないが、黒いワンピースが見えたので見当がついた。

「ファ……スト……」

「ひっどい顔。女失格よ、それ」

 腕を組んで私を見下ろしたファーストに、私はかける言葉もなかった。彼女の前で泣き腫らすのは嫌だったので、ぐっと涙をこらえて俯く。

 ため息が背後から聞こえてきた。

「彼、死ぬわよ」

「……知ってる」

「あなたのためにやったのよ。あなたはどうするの」

「……どうもできないから、こうなってる」

「どうにもならなきゃ一人で泣き腫らすって、私には考えられないわ」

「―――助けに行けば、テツヒトのしたことが無駄になる!!」

 どうにかできるなら、ここで泣き伏せたりしない。彼を助けていいなら、助けにいく。しかし、それをすれば私も死んで、彼も死んで、私を守るために取った彼の決死の行動が無意味になる。彼の死が、犬死になってしまう。

「急に大声出さないで。鬱陶しいわね。っていうか、大声出せるのね、あなた」

「出ていかないと殺す。ここは私とテツヒトの居場所」

「おお怖い怖い。これだから依存系の女は苦手なのよね」

「……」

「言い返しもしない、か。ねえ、一つ言いたいことがあるのよ。あなた―――なんで腹が立たないのかしら」

「……どういう意味」

 ギロリ、と私はファーストを睨んだ。またよく分からないことを言って、私で遊ぶつもりだと思ったのだ。

 だが、彼女はいたって真剣な顔で答えてきた。 

「あの男、あなたの気持ちも全部無視して、勝手にあんなことしたのよ。あれだけ自分勝手されて、あなたはそんなに苦しんでいて、腹が立たないのかしら」

「……」

「私ならぶっ飛ばしに行くわよ。絶対。頼んでないふざけんなってね」

「……でも」

「でも、彼のやったことが無駄になる? いいじゃない、別に。好き勝手やられて、あなたが苦しんだ。あなたも好き勝手やって、彼が苦しんでも文句は言えないわ」

「……」

「あなたは、何がしたいの。したいことをなさいな。好き勝手しなさいよ。あなたの人生でしょう」

「テツヒト殴る。あと、一緒にいたい」

 すっと言葉が飛び出ると、胸の痛みが軽くなった。嘘偽りのない、私の譲れない本音だった。

 ファーストは苦笑すると、私に言った。

「そう。でも、いいの。あなたも多分、死ぬわよ」

「一緒にいる。ここまでしてくれたから、私もそこまでするの」

 立ち上がり、ファーストの前を通っていく。リビングの隅にある階段を登っていき、ファーストのログハウスを通って『アルカサル』に見つからないように地上へ出た。 

 彼のネックレスを首にかけると、拳を握った。

「絶対、一緒」


 



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