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第二十一話 世界を敵にして三日目

 ドイツ非公式組織『ナチスの一族』を殲滅ないし捕獲対象へ認定。

 また、同組織の製造・利用する化学兵器型『殺戮機械男子』―――九条哲人を国際連合加盟国を中心に『殺戮機械少女』によって追跡、破壊する。

 世界中の国防のために完全破壊が絶対。

 しかし、対象の『殺戮機械男子』は3日以上逃亡中。未だ破壊は確認されていない。3日間において、既にCクラスの個体を36体、Bクラスの個体を25体、Aクラスの個体を14体、完全に破壊される。

 その脅威は―――Sクラス以上だと推定。

 至急、国際連合加盟国全てのSクラス個体を派遣すべし。

 






 道なき山道で、俺は狙われていた。

 光学兵器型の少女が、俺にレーザーを放つ。

 俺は真正面から攻撃をくらってやった。効かないから、避ける方が億劫だった。焦ったのか、少女は何度もレーザーを飛ばしてくる。全てを体温上昇で無力化した俺は、踏み込んで少女の眼前に迫り右拳を胸に突き刺した。

 一瞬で手首まで体内に埋まり、少女の身体は赤く発光して爆散する。血飛沫を被った俺は、顔についた汚れをシャツの裾を使ってゴシゴシと落とした。他の『殺戮機械少女』がまだ五体いる。一瞬で終わらせるために、俺は右手で銃の形を作ると熱放射をばらまいた。俺の手札は初見殺しだ。熱放射なんて、指先を向けられた瞬間にはあの世行きの不可視の物質が放たれているわけだが、そんなこと誰も分かりはしない。だから、次々に襲いかかってくるAクラス、Bクラス程度の『殺戮機械少女』たちに命の危険は感じないのだが、いかんせん能力を使い過ぎてきている。

(……もう何体目だ。そろそろ80体目か。どうでもいいけど)

 霊石を通して発生する物質Nは、血中を通って身体に分泌されている。しかし、霊石を使って物質Nを身体に送れば送るほど、全身の筋肉に力が入らなくなってきていることが分かる。

 霊石による物質Nの供給スピードに、そして質量に、いい加減身体が限界を迎えてきたのだ。マラソンで言えば、心臓はがんがんに活動しているけれど、もう身体が動かなくなって走れない状態だろうか。

(タバコ吸いてえ。エマさんと結婚したい。エマさん愛してる)

 熱放射で一気に三体を仕留める。残ったニ体は、仲間が急に爆散したことにぎょっとしたのか、動きが一時的に止まっていた。俺は霊人としての力―――循環状態を発動する。心臓の霊石から霊石エネルギーを体内に大量に流し込み、一定の状態で循環させる。すると、身体能力は爆発的に上がる。一瞬で並んでいる二体の少女の間に入り込むと、右手で右の少女の口を、左手で左の少女の口を掴んだ。そのまま筋力で全身を持ち上げ、地面に叩きつけてやる。物質Nを口内から吸引した彼女たちは、ピクピクと痙攣して意識を失った。

(あー、告っときゃよかったなあ。でもあの場で告ったらシリアスな感じ台無しだしなー)

 俺はため息を吐いて、空を仰いだ。

「やっちまったなあ、まじでどうしよう」

 さて、『トリグラフ』が『アルカサル』に訪れた日、取り返しのつかない方法で光を守った俺は、何日も西へ向かって逃げながらちょっぴり後悔をしていた。これはきつい。しんどい。国際指名手配を受けてから三日目だが、既に俺の身体はボロボロだった。世界中が俺を狙う、というのは想像を絶する事態になった。空を飛べばすぐに位置を捕捉され、CクラスからAクラスまでの『殺戮機械少女』が何体も奇襲をかけてきた。逃亡初日だけで、二十体は破壊した。二日目は飛ばずに山を歩きながら移動していたのだが、向こうもそれは分かっているようで、いきなり山中でマシンガンとか、レーザーとか、爆撃とかが飛んできた。二日目も二十五体ほどの『殺戮機械少女』を戦い破壊した。そして、今日が三日目だ。『アルカサル』が『トリグラフ』の機体を破壊したという状況証拠が問題だった。ならば、公式的に『アルカサル』に所属していない俺が、第三勢力として『トリグラフ』機体破壊の犯人ということにすれば、『トリグラフ』が『アルカサル』に対して光を返せという要求が論理的に通らなくなる。くわえて、ナチス復活を目論む非公式組織『ナチスの一族』を名乗った以上、とんでもないテロ兵器が現れたことで、光を返す返さないなどという問題に向き合っていることはできなくなる。

 これで、『アルカサル』と『トリグラフ』の正面戦争は回避できた。ぎりぎりまで対談を見守っていたが、光と『トリグラフ』の機体が構えを取った段階で覚悟を決めた。俺が皆の敵になるしかない、と。

 俺は長時間の山歩きに疲れてきたので、岐阜県に入ったあたりでようやく休憩のための場所を探した。少し浮遊して周囲を見渡すと、深い山の中に神社があった。長い階段の先には、廃れた社殿が残っている。ここで休むか。どうせ、世界のどこに逃げようと意味はない。殺されるまで逃げ続けるか、諦めてさっさと殺されるか、その二択しか俺にはない。

 始まって終わったようなものだ。

 願わくば、二度と光を連れ戻そうと難癖をつけないで欲しいものだ。

「ボロいな。ま、いいや」 

 俺は、社殿の前で腰を下ろした。見上げれば、今にも雨が降ってきそうな空がある。どんよりとした雲が、逃げ場などないと言うように広がっていて、俺を押しつぶそうとしていた。

「……なにやってんだか」

 決まっている。全ては光を助けるためだ。光を助けるために、俺は光も、アリスも、エマさんも、ファーストも、その気持ちや考えを全て無視して行動を取った。皆、俺が死んだら胸くそ悪いだろう。ハッピーエンドとはいかないだろう。だが、それでも構わない。俺は、自分を尊ぶだけの生き方をようやく選んだのだ。

 俺が光を助けたいから、光を助けるためなら何もかもを捨てた。皆がどう思おうが、どう考えようが、知ったことじゃない。俺は俺の気持ちだけを尊重し、確実な方法を取った。

「満足だ」

 ポツポツと、雨が降ってきた。

 笑った俺は、社殿の屋根の下に寝転んで瞼を下ろした。床が腐った木材なのだが、落ちることはないだろう。

 さすがに、少し疲れたようだ。

「見つけました。九条哲人」

 聞き覚えのある声が響いた。俺は重くなっていた瞼を上げると、頭を掻きむしった。境内に続く階段から、2本の傘が見えてくる。それは、『トリグラフ』のSクラス『殺戮機械少女』の二人。先頭に立っている、灰色の長い前髪の少女は俺を見ると軽く頭を下げてくる。

「育ちいいのね、お前」

「誰にでも頭を下げる女じゃありません。敬意を表すべき相手にだけですよ」

「……なんか、敬われることしたっけ。消し炭にしようとしただけなんだが」

「御冗談を。イヴァンさんは気づいておられないようでしたが、私とヴェロニカは気づいておりますよ」

「何に」

「―――あなた、『アルカサル』と橘光のために、わざと正体をさらしましたよね」

「……」

 俺は、少し嬉しい気持ちになった。これからずっと逃げ続けて、死ぬまで戦うだけの人生というのも地獄のようなものじゃないか。どこかで、さっさと死ねるだけの状況が欲しかったのかもしれない。戦死できるだけの強大な敵と出会いたかったのかもしれない。

 こいつらの知っていることは、俺が『アルカサル』や光を助けたことのみ。俺が『アルカサル』のメンバーだったこと、ソフィア破壊は『トリグラフ』の計画通りに進んだこと、などはばれていない。

 しかし、こいつらを生かしておいていいことはない。なぜ俺が『アルカサル』を助けたか、わずかな疑惑の種が残ってしまうことは避けたい。確実に摘まねばならないだろう。

 そのために、光たちのために、ここで死ぬ思いで戦おう。

 相手はSクラス2体。勝率は低い。

「だから、私はあなたに敬意を持っています。凄まじい勇気、勇敢さです。惚れ惚れしました」

「エカチェリーナ。なんかあの男、最初に会ったときの悪役感がなくね。本人なのか?」

 両手を組んで演技がかかった口調で俺を絶賛してくるエカチェリーナの後ろから、ヴェロニカと言われた背の高い女性が傘を放り投げて前に出てくる。むむ、背の高い巨乳。金髪以外はほぼ満点のタイプだ。タバコを吸うのか気になるが……。それよりも……。

 俺は拳の骨を鳴らして、ヴェロニカに一応尋ねる。

 俺の、エマさんへの愛を、確かめるためだ。

「なあ、あんた。一つ答えろ」

「なんだよ、青年」

「―――ベトナムは好きか」

「? いや、別に好きでも嫌いでもないけど」

 俺は確信した。ああ、やはり、俺の運命の人はエマさんだけだった。やはりエマさんと俺だけが、赤い糸で結ばれていたのだ、と。目の前の女は、タイプといえばタイプだが、運命の相手ではない。ベトナムが好きじゃないのだから。俺は、両目から溢れる涙にくすりと微笑んだ。つーっと、真実の愛を自覚したことで、多分綺麗な涙が流れる。

「……やっぱりな」

「え、なんで泣いてんだお前。キモいな。やっぱり本人じゃないだろ」

「―――愛してますよ、エマさん」

「私エマじゃないんだけど!! なんなんだお前!!」

 俺のエマさんへの愛を侮辱した女から始末する。俺はSクラス相手に出し惜しみをしなかった。循環状態を発動し、最初からアクセルを全開にする。

 ギュン!! と、一瞬でヴェロニカの背後に回った。拳に物質Nを蓄えて、一撃必殺の拳を放つ。しかし、霊人としての高速移動についてくる影があった。灰色の髪が、目の前で揺れる。ヴェロニカの背中と俺の間に割り込んできたのは、エカチェリーナだった。ランランと俺のことを興味深そうに凝視しており、その顔は怖いくらいに笑顔だった。

 俺はエカチェリーナの胴体に拳を放つ。しかし、彼女は右手に持っているナイフを俺の顔に向けて投擲した。避けなくても問題ないが、反射的に上体を逸らして攻撃がずれる。気づくと、十メートルほど離れた境内の中に、エカチェリーナとヴェロニカの姿があった。

 さすがに、Sクラス相手では簡単にはいかない。

 俺は拳を握りしめた。

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