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第二話 ナチス製最強最悪の化学物質N

 連れて来られたのは、東京の奥多摩近辺の山の中にあるログハウスだった。途中で奥多摩湖を見下ろしたので間違いない。すると、ここまでの飛行時間とスピードを考えるに、先ほどの病院は東京都内、あるいは山梨や神奈川あたりにあったと推察できる。

 俺はバルコニーにあるお洒落なウッドチェアに座らされていた。円形のテーブルを挟んで、対面に座る黒い少女がコーヒーを二人分用意している。挽いてあった豆を布製のフィルターに落とし、ポッドに溜まっているお湯をゆっくりと注いでいき、最初に俺の分のコーヒーを作ってくれた。

 出来上がったようで、カップを目の前に差し出される。飲んでいいってことだろう。毒とか変なものは、見ている限り入れられていないはずだ。

「……ありがとう」

「ああ、お酒の方がよかったかしら。好きって言っていたわよね」

「真っ昼間から飲むほどいかれてねえよ。……タバコいい?」

 少女が右手で指を鳴らす。すると、突然その掌に拳銃が出現する。ゲームとかアニメでよく見る銃だ。名前は分からない。

「分かった、待て、吸わないから。喫煙者ってだけで撃つなよ納税者でもあるんだぞこっちは」

「冗談よ」

 クスクスと笑う彼女の姿から、俺は一つの確信を得た。先ほどの戦闘の様子や言動も合わせて考えると、こいつ絶対サディストだよな。性格悪い。

 忌々しげに睨んでやって、俺は胸ポケットからグシャグシャになったソフトパッケージのタバコを取り出した。一本を口に咥えて、ジーンズのポケットからオイルライターを取り出そうとする。

 その時だった。

 ガゥン!! と、銃声が轟いた。

 気づけば、タバコの先に少し煙が上がっている。思わず息を飲んでしまったため、煙を吸い込み過ぎて盛大にむせる。

「ゲホゲホっ!! なぜ撃つ!?」

「火、つけてあげたのよ。タバコの先にスレスレで当てたから、その摩擦熱ね。ああ、礼ならいいわ」

「感謝されると思ってんじゃねえ!! 危ねえやつだなあ!!」

「危なくないわよ。私、絶対外さないもの」

「あのなあ……!!」

 楽しそうに笑ってやがるサディスト女だった。絶対に許さない。助けたやつが、こんなイカれたやつだとは思いもしなかった。

「……まずはそれを説明してくれ」

 俺はタバコをふかしながら、一番気になっている、少女のその『能力』について尋ねた。手に持っている、銃のことだ。指を鳴らしただけで、突然、その銃は掌に現れた。先ほどの戦闘でも、背中から翼のように無数の銃器が少女の背中に出現していた。くわえて、片手で戦闘機に積むような巨大なガトリング砲を扱っていたのだ。

 空も飛ぶし、訳がわからない。説明してくれないと、もう一生寝られないくらい気になっている。

「『殺戮機械少女ジェノサイドオートマチックガール』という存在から説明すべきね。改めて聞くけど、知らない?」

「知らん。俺は学がない」

「学以前の話よ。一部の軍事関係者しか多分知らない存在だわ。―――『殺戮機械少女ジェノサイドオートマチックガール』。早くは日露戦争前くらいから、霊石れいせきの力を使って各国が秘密裏に計画・製造した人間兵器の通称よ」

「兵器……君が? っていうか、霊石ってなんだ」

「二十歳以下の少女を戦闘のために改造し、敵国へ捕虜として送り込み、内部から侵略・殲滅を行うためのマーダーマシン。それが私たち『殺戮機械少女』。若い女ほど捕虜や奴隷として敵国内部への侵入が容易になるから、私くらいの歳の少女が人工的に兵器化させられたわ」

 少女はコーヒーのカップを上品に口へ運ぶ。性格は絶対にサディストでイカれているが、立ち振る舞いは貴族の娘のような気品さがあった。

「霊石っていうのは、最初に日本の富士山で発見された宝石みたいに綺麗な石のこと。直径5センチ程度のものよ。ただ、その石には、人間の肉体組織を作り変える不思議な生命エネルギーが宿っていたの。超速再生を可能にしたり、肉体形状を変化させたりね。当時の日本は、その霊石の力と科学技術を駆使して、人間を兵器化することに成功した。それが、世界で最初の『殺戮機械少女』」

「……君か?」

「そ。世界で最初の人間兵器が、この私。……話が早くて助かるわ。さて、世界中で霊石が発見され、科学技術力のある国は、霊石と科学を融合させて次々に『殺戮機械少女』を作っていった。そのうちの二体が、私とあの女よ。あの女はロシア製。日露戦争後に製造された個体ね。そして、もう一つ。霊石は女性にしか基本的に適合しない。男性の殺戮機械化の例はないと思っていていいわ」

 コーヒーカップを置いて、少女はもう一度右手で指を鳴らす。すると、テーブルに置いてあった、先ほど俺に向けて使った拳銃が、蛍のような光を残して消えていき、新しい銃器が少女の掌に現れた。今度はでかいスナイパーライフルだった。

「私の能力は『陸上兵器の生成運用』よ。私の中にある霊石は、私の体内で銃器の製造に必要な鉄や鉛なんかの材質を生産し、銃器に組み立てることができるようにプログラムされているの。私は内部構造を理解している銃器を全て即座に生産、使役することができるわ」

「……まじか」

「まじよ。私が食べたものは、単にタンパク質や炭水化物として取り入れられない。そのほとんどの栄養素を銃器に必要な素材に変換して、体内に蓄積される。私は銃火器、主に陸上兵器全てを具現化したような存在。―――陸上兵器型『殺戮機械少女』、それが私」

「でも、お前も一応人間なんだろう。炭水化物やタンパク質として摂取できなきゃ、死ぬんじゃないのか」

「それがそうはならないのも、霊石のおかげ。霊石のエネルギーは生命エネルギーとして機能していて、それだけで生命維持は十分なの」

「なるほど……理解した。サンキュ」

 礼を言って、俺はタバコをふかし、コーヒーをすすった。

 少女はそんな俺を訝しそうに見つめている。……え、なんでそんな目で見られてるの、俺。

「えーっと、なんすか」

「理解したって、信じたの? 突拍子もない話の自覚はあるわよ」

「信じたもなにも、信じないことには、お前やあの銀髪女のことは分からない。え、なに、俺って嘘つかれてんの?」

「……いえ、嘘なんてついてないわ」

「ならいいや。ってか、これめちゃくちゃ美味いな。いいとこ住んでやがるし。ベトナムじゃなくてここでもいいな。住まわせてくれよ」

「ふ、あははははっ!!」

 な、何だ。また急に笑い出したぞ。そういえば、病院で俺がベトナムに行くって言ったときも爆笑されていたな。ひょっとして、ベトナム馬鹿にしてんのかな。

「おい。ベトナムのなにがおかしいんだよ。バイクいっぱいでいいとこなんだぞこら」

「っ……っ……!!」

 今度は声も上げられずに、テーブルをバンバンと叩いて笑い始めた。……腹立ってくる、本当。俺が睨みつけていたことに気づき、ようやく少女は目に溜まった涙を拭いながら弁明した。

「べ、ベトナムに笑ってるわけじゃ、ないわよ。あんたが頭おかしいから笑ってるのよ」

「なんで」

「狂気的なまでに、素直だからよ。私の話を受け入れて、もう私という超越的な存在に関心がなくなっている。面白いのよ、こっちからすると」

「……俺がお前を警戒していたのは、なんでそんな異次元の攻撃力を持つか分からないからだ。あと、出されたコーヒーまで飲んじまってる。襲われるとは俺自身が思っていないことは自覚してる。分からないから怖いだけで、教えてもらってきちんと分かった。だからもう、普通に接してるだけだっつの」

「変な人ね」

「親が変な奴だったからな」

「どんなご両親だったの」

 タバコの灰が太ももに落ちた。

 俺は気にせず、深く煙を吸い込んで吐いてから答える。

「母親は俺を産んで死んだ。親父は大学で哲学の研究者をしていた。今も生きているかどうかは分からない」

「どうして」

「俺が高校2年の頃に失踪した。学費が払えなくなったし、施設とかに頼りたくないから、退学して働いていたよ。親戚は会ったこともねえから知らん」

「早くから社会に出たのね。仕事はあったの」

「ああ、まあ。肉体労働が主だったけどな。最近は外壁塗装の仕事で食ってた」

「へえ。青春に未練は?」

「ねえよ……多分。あ、でも彼女は欲しい」

「あら。そういう経験はないのね」

「そうだ。ベトナムにいったら、仕事を見つけて美人とエロいことをする。あとは酒飲んでタバコ吸ってバイクだけ乗って遊んで、死ぬ。そーゆう人生プランが俺にはある。だから……捕まるわけにも死ぬわけにもいかない……って、忘れてくれ喋りすぎた」

 どうして俺はこんなに自分語りをしてしまったのだろう。この少女、うまい流れで端的に質問してきやがる。サディストのくせに聞き上手か。一癖も二癖もあるな、油断ならない。

「ふふ、変な人。落ち着いて知性的にも見えるのに、やっぱりバカっぽいわ」

「うるせ」

 コーヒーを一気に飲み干して、俺は会話の流れをあるべき姿に戻すことにした。

「あと一つ教えろ。お前はなんであの銀髪女と警察、自衛隊組織と戦っているんだ」

「……その前に、私の問に答えを頂けるかしら。あなたが、誰を、どうやって殺したのか。そうね、私も全てを説明し切れていないし、誰を殺したか、あるいはどのように殺したか、どちらかに答えてくれればいいわ」

「……知らんやつを殺した。男だ」

 少女は目を見開いた。笑ったり、怒ったり、それなりにいろいろな表情をこの半日で見てきたが、これほど驚いた顔を見るのは初めてで新鮮な気持ちになった。

「……男。あなたの両手から匂ってくるのは、間違いなく私たち『殺戮機械少女』の霊石エネルギーの匂いよ。なのに、男ですって」

「男だよ。二人殺した。それだけは覚えている。それに、お前らみたいな化物じみた力なんて持っちゃいなかった。間違いなく、ただの人間だった。お前の勘違いだ」

「……なら、なぜあなたの両手からは、私たちの匂いがするの」

「知らねえよ」

「って、ちょっと待って。あなた、なんでギプスしてないの。というか、何で手が治っているの」

「……え?」

 見たら、確かに両手のギプスがいつの間にか取れていた。あの銀髪の少女に捕まって、落とされたときにでも落としたのだろうか。また、タバコを吸えている以上、完治とまではいかなくても、手の怪我が治ってきていることは疑いようがない。

 あの晩と、今朝に病院で目を覚ましたときは、あれだけ痛かったのに。今はそれほど気になりはしない。

「ギプスは、いつ取れたんだ。多分、お前たちから逃げたときに取れちゃったんじゃないかな」

「……そう。でも、手は大丈夫なの?」

「え、うん。なんか平気だわ。あれ、おかしいな。絶対折れてたはずなんだけど……」

「……」

「あ、そういえば俺はお前の質問に答えたぞ。今度はお前の番だ。なぜあの子たちと戦ったんだ?」

「……ごめんなさい。もう一つだけ、聞かせて」

「何だよ」

「―――どうして、あなたの持ってるタバコ、燃えてるの」

 言われて見てみると、タバコ全体がごうごうと炎上していた。慌てて地面に落としてしまう。思考が、停止した。呆然としたまま、自身の両手を見つめる。何か、両手に、違和感があった。熱い。掌が、熱い缶コーヒーでも握っているように、とにかく熱い。

「……どういうわけで謎の男を殺したの。教えて」

「部屋で、寝ていたら、腕に注射をされたんだ。二人の大柄な男だった。真っ暗で、よく見えなかったけど。それで、抵抗して、つい二人とも殺しちまったんだ」

 冷静に思考ができていなかった俺は、少女の質問にほいほい答えてしまう。

 返答を受け取った少女は、咄嗟に椅子を立って俺から距離を取った。そして、吐き気を押さえるように口に手をやり、ふらふらと揺れながら尻もちをついた。そして、少女は恐怖と驚愕の入り混じった顔で俺を見上げた。

「ばかな、あなた……そういうことだったのね。くそ、頭も、痛い……強力すぎるでしょ、威力が尋常じゃない……一般人じゃ即死だわ……」

「な、なに、どういうこと」

 テーブルに手をついて少女に近寄ろうとした。その瞬間、テーブルが真っ二つに壊れてしまった。見れば、自分の掌からは白煙が立ち昇っていて、テーブルは手のついた箇所がドロドロと溶解している。

 黒い少女はさらに俺から距離を取ろうとする。あれだけ気品のある立ち振る舞いで戦場を蹂躪していた彼女が、這いつくばって、バルコニーの端まで苦しそうに四つん這いで移動していく。

「物質、N……!? ナチスドイツも諦めた、最強の化学物質……っ」

「え、は? それがなんだよ、おい」

「あ、なたから、それが溢れ、てるのよ」

 息を整え、額の汗を拭った少女は、警戒心を剥き出しにした目で睨みつけてくる。混乱している俺に、呼吸を整えてから言った。

「あなたから溢れてる物質は、空気に触れると沸騰し高温に、水に触れると爆発を起こすわ。人間に吸引されるとその人間を死に至らしめる毒ガスの性質を持つ。100万分の1グラム程度を人に吸引させてみなさい。相手は即死するわよ」

「……なにそれ怖い」

「何より、その物質の恐ろしいところは、地上で一番よく燃える点。火炎放射機でその物質を放射した場合、その温度は2400度にも達する記録があるわ。原爆だって3000度の熱なのよ、異常だわ、その物質は。万物を焼き殺すための、ナチスの作った物質」

 つまり、何かに触れただけで高温現象や爆発を起こす……。即死性のある毒物にもなる……。そういう物質が、俺から溢れてるってことなのか……?

「臭いをかいだだけでも、ただの人間は憔悴し行動不能になる。化学物質Nは、そのあまりの威力に、あのナチスでさえもしり込みをして使えなかった代物よ。あなたのギプスは取れたんじゃない。Nによって溶け落ちたか、破壊されたんだわ。気づかない間にね」

「なんでそんなものが俺に……あ」

「そう。注射されたんでしょう。あなた」

 少女は立ち上がると、俺から距離を取ったまま右手を広げた。案の定、ショットガンが生成され、その手に収まる。

「あなたから感じていた匂い……あなたが私たちの一体を殺害してついた匂いかと思っていた。けれど、違うわ。あなたも『殺戮機械少女』だから、正確にはなりつつあったから、同じ匂いがしたのよ。そして今、化学兵器として覚醒した」

「俺が、君と同じ、兵器化した人間だっていうのか。だが、俺は霊石なんてものを埋め込まれちゃいないぞ」

「それは分からないわ。けれど、間違いなく、あなたは私たちと同じ存在よ。何より―――これが証拠じゃないの」

 少女は持っていたショットガンを俺に向かって投げつけた。咄嗟に腕でガードをすると、ショットガンが赤く発光して液状になり、勢いよく弾け飛んだ。その光景を眺めていた少女は、冷静に俺のことを分析していた。

「攻撃を肌が感知して、オートで体温を上昇させた……? 鉄をも溶かす高温現象……物質Nならば可能ね……」

「……俺は、一体……」

「体感したでしょう。あなたは、恐らく史上最強最悪の化学兵器になったのよ。『殺戮機械少女』として、作り変えられた。注射の1本じゃ、そうはならないわ。体内に霊石があるはず。それも、物質Nを身体に飼っても問題ないような、強大な力を持った霊石が」

「心当たりがまるでない!!」

「あなたには、ね」

 敵意を剥き出しにした黒い少女は、背中から銃器の翼を出現させる。ガチャガチャと蠢く破壊兵器の出張博物館は、一体何のために、このタイミングで用意されたのか。

 何となく、察した。

「おいおい、結局俺を殺す気かよ!?」

「聞きたいことは聞けたし、ね。それに、あなたが私の目的だと判明した以上は仕方のないことよ。その能力を使いこなすようになる前に、かたをつけるわ」

「俺が、目的……?」

「普通、『殺戮機械少女』はそれぞれの国の防衛のために国家の管理下に置かれるわ。あのロシア製の女は日本国防衛を目的とした『アルカサル』で使われているのよ。―――けど、私だけは特別。私は世界で唯一、どこの組織にも所属せずにフリーでいる『殺戮機械少女』」

「……」

「なぜ私とあの女が戦ったのか。教えてあげるわ」

 両翼から一本ずつ、ショットガンが跳ねるように飛び出した。少女の両手に綺麗に収まり、銃口は俺を捉える。

「私が『殺し屋』で生活していて、『アルカサル』の壊滅が今回の仕事だったからよ」

 ドガァン!! と、何の躊躇もなく少女は俺の額に弾丸を撃ち込んできた。拡散弾なので、頭への衝撃と同時に胴体にもバケツで水をかけられたような広範囲の衝撃が感じ取れた。

 だが、言ってしまえばそれだけだ。

 全身が熱くなった。高熱を出したような感覚だ。それだけが余韻で残っていて、黒い少女は苦虫を潰したような顔で俺を見ていた。

「体温が異常だわ。弾丸が溶けた。危険性のある攻撃をくらえば、やっぱり体内のNが体温を何千度にまで高めて攻撃を溶解するのね。鉄や鉛を溶かす以上は、3千度以上はあるのかしら」

「……なにそれ太陽じゃん、俺」

「チッ。厄介な」

「ち、じゃねーよ!! 躊躇いなく撃ってきやがって!!」

「言ったでしょう、私は『アルカサル』の壊滅が目的。行き当たりだけれど、あなたも殺さなきゃいけないのよ」

「俺はその『アルカサル』って組織とは関係ないだろ、ふざけんな」

「こーれーかーら、関係しちゃうのよ。あなたは今、『殺戮機械少女』化した。世界で初かもね、男の兵器化は。すでに『霊石』のエネルギーが私たち同族には感じ取れる。つまり、あなたはこのままだとさっきのロシア製に捕まって、ロシア製と同じように『アルカサル』で日本国防衛に務めることになるわ。防衛兵器として、私と戦うことになる」

「な、なら、とりあえずその時までは休戦でどうだよ」

「だめよ。あなたは、いま殺さないと―――多分勝てない」

 冷たい目で、あらためて引き金に指をかけてきた。

 本気が伝わってくる。

「これはM500マグプル・ブリーチャー。ドアとかコンクリートの鉄筋をブリーチングするための銃よ。あらゆる障害物を破壊する前提で作られている。威力は言わずもがなよね」

「……とんでもないもん撃ってきやがったな。躊躇なく」

「あのロシア製ですら至近距離で打ち込まれれば、それなりのダメージは期待できる。だというのに、けろっとした顔であなたはそこにいる。あなたを今すぐ殺さなくてはいけない理由なんて、嫌でも分かってくれるでしょう」

「―――やだね!!」

 決断力には自信がある。俺はとりあえず、ぴょんとバルコニーを飛び降りた。地上2階からのジャンプ。木々の群れに突っ込んでいくが、既に兵器化したという肉体に期待して着地する。

 ……まじかよ。余裕で着地できた。階段を二段飛ばししたくらいの衝撃だ。これなら、逃げられる。

「―――逃さないわよ」

 振り向き、見上げる。そこには、銃器の翼が大きく威嚇するように広がっていた。

「『モード・フルオート』」

「……へ? ちょ、まておい」

 翼を構成していたあらゆる銃器が、突然、対空したまま銃口を俺に向けてきた。ロックオン。数百はある銃口が俺を見下ろして嘲笑っているようだった。

 必殺技っぽいぞ、何か。

「まさかとは思うが、その全部の銃が自動で一気に俺を狙うなんてことはないよな。だってお前、自分で引き金引いて戦ってたもんな」

「―――自分で撃った方が楽しいだけよ」

「このサディスト女がぁぁぁあああああああああ!!」

 全力で逃げる。あれはまずい。もしも、もしもだ。今までに見た爆撃機に積むガトリング砲、さっきのショットガン、銀髪女との戦闘で使っていたライフルやハンドガンを含む全ての銃火器が同時に一斉に俺を襲うというのであれば―――やばい。

 山を駆け下りる俺の背中に、白い光がかかった。次の瞬間、俺は鼓膜を破る轟音に意識を失い、闇の中に消えていった。








 ……何であんな奴を助けちまったんだろう。俺は、助けた少女に殺されそうになっている状況の中で、ひどく後悔していた。仰向けで倒れていたので、起き上がって周りを見渡してみる。焼け野原が広がっていた。深い山の中にいたはずが、気づけば草木一本も確認できない平地が広がっている。……山一つをほとんど消し炭にしやがった。

 俺は空を見上げる。既に夕刻。溶けるように落ちていく夕日を背にして、黒い少女は俺を無表情で見下ろしていた。

「生きてんだけど、どーしてくれんだ。やるならきっちりやれよ」

「化物ね」

「お前にだけは言われたくねえ!!」

 まだ諦めるつもりはないようだ。俺は必死に対抗策を案じるが、会話で時間稼ぎをすることしか思いつかない。時間さえ稼げれば、あの銀髪の少女がまた現れるかもしれない。

「助けられた相手に、この仕打ちはねーだろ」

「状況が状況よ」

 そこで、点と点がつながった。この黒い少女は『殺し屋』で、あの銀髪の少女たち『アルカサル』、日本国防衛の組織を壊滅させることが目的らしい。そして、俺が『アルカサル』に捕まって自分と敵対する可能性があるから殺しにかかってきている。だが、それでは俺を助けた理由は何だろう。彼女は俺の手から感じる匂いが『殺戮機械少女』のものだと思っていて、なぜどのように『殺戮機械少女』を殺したか、気になっている様子だった。実際は俺が『殺戮機械少女』化していて、間違いだったわけだが。すると、以下のような推理が可能になるのではないだろうか。

 黒い少女は一般人がなぜ同族を殺したのか、あり得ない事態の解明が必要だと判断した。自身にも何か関係があったり、危害がないか確認したかったのだと思う。そのために俺を助け、真相を聞き出そうとしていた。

「お前、俺が助けた女じゃないだろ」

 それでは妙だ。聞き出すだけなら、わざわざ敵地の病院に乗り込んで俺を手当するのはやり過ぎである。聞き出すだけなら、それこそ、このログハウスにでも連れてきて尋問すべきだ。やはり、『アルカサル』の病院施設で俺とこいつが出会うべき理由がない。つまり、答えは一つだけ残る。

「お前と俺は、今日、病院で初めて出会った。お前が『アルカサル』の病院施設を襲撃したときに、俺がたまたま病院にいて、俺の手から同族の匂いがしたから、謎を解き明かすために俺に接触した」

「……」

「俺がお前を誰かと勘違いしていることに気づいて、あたかも自分が助けられた女のように演じて、俺からの信頼を勝ち取り、なんで俺の手から同族の匂いがするか解き明かそうとした」

「……結果、勘違いで最悪の化学兵器を相手に苦戦しているけれどね。あなたになんか、気づかないでおけばよかったわ」

「俺が助けたのは、あの銀髪の子か」

「知らないわよ。あの病院にいたんだから、多分そうでしょ。この間やり合ったときに、墜落させてやったことは覚えているわ。仕留めたと思ったけど、そう、あなたが一枚それに噛んでいたわけね」

「……騙したな」

「だからなによ。一般人の手から私たちの匂いがする。強烈な。こんな異常事態に関与しない方が難しいわ」

「返せ」

「……? 何をよ」

「―――トキメキだ」 

 謎解きの間に、俺なりに反撃手段を考えてみた。逃走は無理だ。俺には飛行能力が現時点でない。走って逃げるには飛行能力のある彼女相手に愚策である。くわえて、彼女の能力が銃火器などの陸上兵器全般である以上、延々と遠距離から攻撃される場合もある。

(……試してみるか)

 よって、戦う以外に道はない。こいつを倒して、一旦逃げる。

「お前は俺からトキメキを奪ったんだ」

「……意味がわからないわ」

 俺は胸ポケットからタバコを取り出して、口元にくわえる。あくまでも自然に、会話の中での一服かのように見せつける。

「俺はお前にときめいていた。助けたと思っていた女の子は美少女だった。気品のある立ち振舞に胸が高鳴り、ドSっぽい言動に正直ちょっと興奮した。これをトキメキと言わず、なんて言うんだよ」

「び、美少女……」

 少し顔を赤らめたぞ。

 サド女だから攻めには弱いのか。チャンスだ。

「そうだ。俺はお前とえっちなことさえしたいと思った」

 本命のオイルライターをジーンズのポケットから引き抜いた。タバコに火をつけて、先ほどのコーヒーブレイクのときみたいに一服する。

 そして、右手で持っているタバコに力を加えてみる。

 その瞬間。



 雲に届くほどの業火が電光石火で過ぎ去る。

 気づけば、全てが跡形もなく塵になった。



 少女とログハウスが、その業火に飲み込まれて消えていた。勘があたった。正解だった。先ほど、黒い少女が俺から発出される物質は高熱を引き起こす、みたいなことを言っていた。火炎放射機に使うと2千度以上だか3千度以上の高温が出せるとか、なんとか。試しに、タバコを火種に右手全体に力を入れてみた結果、恐らくNがタバコの火を大きくして森とログハウスを焼き払ったのだろう。

「……美少女以外は全部嘘だ」

 ぼやいて、俺は山を下りようと歩き出した。正直、オイルライターの着火の時点で、今のような攻撃が炸裂すると思っていたのだが、力を過剰に入れなければNは発出されないのだろうか。まだ、この変わってしまった体の仕組みがよく分からない。しかし、山を下りるのはいいが、人に接触すれば今の俺は毒ガスみたいなものだから、まずいことになる。一体、どうすれば……。

「あ、やべ」

 頭に靄がかかった。 

 意識が、薄れていくのが分かる。顔面から焼け野原に倒れ込んだ俺は、シャッターの降りていく視界の中に、銀色の髪を見た気がした。

化学物質N(三フッ化塩素)は現実に存在しますが、レンガとかコンクリートを燃やすくらいやばいので、運ぶことそのものが難かしかったそうです。これを兵器運用できていれば、戦争もまた激しく、ナチスドイツも2次を生き残れたかも……なんて妄想します。


 

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