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第十八話 ソフィア

 光そっくりの少女は、俺を見上げて震えたまま首を振っていた。横に振っていた。否定の返事だということを理解し、俺は頭を軽く掻きむしった。

 何だこれ。

 同じだ。顔も、恐らく身長も。

「ワタシ、ソフィア……ヒカル……チガウ……」

 カタコトの日本語が返ってきたので、俺は声もまったく一緒だということに衝撃を受けた。光の双子だと説明でもされれば納得がいく。しかし、光は俺と出会った頃に、自分の家族は戦争に巻き込まれて死んだ、ということを話していた。双子の姉妹がいるという話は、聞いたことがない。

 俺は、とりあえず敵意のないことを伝えるために、両手を上にあげて事情を説明した。

「あのな、俺達は君を捕獲しにきた。ロシアの『トリグラフ』に返すためだ。殺す気もないし、痛くする気もないから、安心してくれ」

「―――」

 ロシア、トリグラフ、という単語を聞いたあたりから、ソフィアと名乗った少女の様子が変わった。顔が一瞬で青ざめると、ファーストに撃ち抜かれた左足を引きずって、四つん這いになって山の中に逃げていく。当然、逃げ切ることなど不可能であり、もぞもぞと這い進んでいく少女を眺めながら、俺は横にいるファーストに声をかけた。

「光、だよな。まんま」

「ええ。足を撃ち抜けてすっきりしたわ、おかげで」

「冗談言ってる場合か。なんかこれ、おかしくね」

「橘光そっくりの、ロシア製Bクラス光学兵器。くわえて、ロシアや『トリグラフ』の名前を出した瞬間に、あの怖がって逃げ出す様子……まあ、そうね。奇妙と言えば奇妙だわ」

「とにかく、ヘリに連れて行って応急処置だ。『アルカサル』に連れて帰ろう」

 俺は這っていくソフィアのもとへ駆け寄ると、弱々しく抵抗する彼女をお姫様抱っこした。逃げ切れないことを悟ったのか、ソフィアは顔を両手で隠し、沈黙して大人しくなる。とてつもない脅威から逃げていたような様子は、見ている俺にも緊迫感が伝わってきた。一体、この子は、ロシア秘匿国防組織『トリグラフ』からなぜ逃げてきたのだろうか。

 ヘリコプターは村の学校に着陸させてある。ちょうどいい、学校の保健室を借りて最低限の止血、また校内に衣服の代わりになるものがないか探してみよう。俺は少女を抱いたまま、とりあえず保健室の窓を蹴り割って、中へ不法侵入する。後からファーストが不満そうについてきて、空いているベッドの上に膝を組んで座った。

「なによ。私が酷いことをしたみたいじゃない」

「止血くらいある程度しようぜ。包帯とか、ガーゼはあるから」

「気休めにしかならないわよ。時間の無駄だと思うけど」

 興味のない様子で答えたファーストは、右手にどでかいハンドガンを出現させる。くるくると指に引っ掛けて、暇つぶしに遊んでいるようだ。大人しく待てないあたり、あいつも光と一緒で子供な面があるな。

 俺は、ソフィアを空いているベッドに寝かせてやる。柔らかい寝心地のせいか、ようやく顔を隠していた手が離れた。ソフィアは包帯とガーゼを持ってきた俺を見る。

 笑ってやると、彼女はきょとんとした顔で呟いた。

「ナンデ……?」

「怪我してる」

「……アリ、ガトウ」

「結構日本語知ってるなー。それにしても、大人しい光みたいで、これはこれでいいもんだ」

 俺は少女の左足に空いたひどい傷穴にガーゼを当てて、きつめに包帯を巻いていった。これで出血もましになるはずだ。ないよりはいいだろう。

 その時、からかい好きの声がかかってきた。

「全裸の美少女のお手当、嬉しい?」

「布で身体は隠れているだろうが、よく見ろアホ」

「なんなら、席を外しましょうか。でも……そのベッドじゃ窮屈よ、やれるの?」

「うるっせえなぁー!! 黙っててくれる!?」

 俺はファーストに使い残った包帯の余りを投げつけてやる。パシッと片手で受け取られ、俺の顔面に投げ返してきた。自分の額に青筋の走っていることが、我ながら分かってしまう。調子に乗りやがって、あのサド女。

 そんな俺の顔を見て、くすりとソフィアは笑っていた。

 敵対心がないことは伝わったのか、俺も微笑んで声をかける。

「オーケー?」

「……ハイ。アリガトウ」

「ノープロブレム」

 ちょっとしか知らない英語で意思疎通を行う俺に、ソフィアはカタコトの日本語で妙なことを言ってきた。

「タスケテ。『トリグラフ』……ダメ……」

「と、言われてもなあ。―――ソフィア、なんで、逃げた」

「……ニゲテ、ナイ。ニホン、イケッテ、イワレタ。コウゲキ、サレタ」

「っ」

 十分に内容の分かる日本語だった。『トリグラフ』から脅されて日本に逃げさせられた、と彼女は言った。衝撃の発言を聞き取って、俺はファーストの方を振り返る。ファーストもまた、怪訝そうにソフィアを見つめていて、やはり奇妙な事態が進行していることに気づいているようだ。

「哲人君。『アルカサル』に連絡を」

「分かってる」

 とりあえず、インカムを使ってアリスに連絡を試みる。しかし、応答がない。舌打ちをした俺は、ソフィアに何か着せられる服がないか探しにいくために、保健室を出ていこうとした。

「服、探してくる。待っててくれ」

「……アリガト」

 自分の着用しているシャツを摘みながら、俺はソフィアに言った。意味が伝わったのか、ソフィアは笑顔を返してくれた。綺麗な笑顔だ。光もこれくらい笑えばいいのに。

 その時だった。



 ピーっと、電子音が鳴った。

 そして、ソフィアの身体が爆炎と共に粉々に弾け飛んだ。



 かなりの爆発だった。風圧で俺もファーストも保健室の外へ、窓を突き破って吹き飛ばされる。転がった俺は、炎に包まれた保健室を視界に捉えた。

「やられたわね」

 何が起きたか分からない俺の横で、ワンピースについた砂埃を落としているファーストが呟いた。

 俺は彼女の顔を見上げ、黙って見つめてしまった。

 ため息を吐いたファーストは、苦い顔をして語った。

「体内に爆弾が仕掛けられていただけよ。あの子の話を踏まえれば、『トリグラフ』があの子に爆弾を埋め込んで日本に上陸させた。そして、今、起爆された。時限型なのかどうかは分からないけれど」

「……なんで」

「殺すな、って命令だったんでしょう。あの子を。『トリグラフ』のロシア製機体を日本の『アルカサル』が誤って破壊してしまった。となれば、日本に何かを請求、要求することがロシアの『トリグラフ』側にはできる。『アルカサル』に、何を要求するつもりなのかは分からないけれどね。これは『トリグラフ』が『アルカサル』に仕掛けた罠だったのよ」

「……そのために、女の子一人、殺しちまうのかよ。仲間だろ」

「―――いいえ。兵器だから、殺せてしまうのよ」

『殺戮機械少女』とは兵器だ。だが、兵器だからといって、こうも簡単に少女を爆発させてしまうのか。兵器だから、壊しても問題ないという考え方なのか。『アルカサル』しか、俺は秘匿国防組織の世界を知らない。他所の国の『殺戮機械少女』の扱いを、何も知らない。

 しかし、これはあまりにも―――胸くそ悪いじゃないか。

 ピッ、と右耳のインカムに通信が入った。アリスだ。

『哲人。出られなくて悪いな。どうした』

「捕まえました」

『……なら、何でそんな、おっかねえ声してんだよ。何があった』

「爆発して死にました。死体も、まともに残らないレベルで」

『……』 

 ソフィアは綺麗な笑顔を持っていた。

 光そっくりの、綺麗な少女だった。

 出会ったばかりで、少し笑い合っただけの仲だから良かった。これが、もっと身近な人だったらどうだろう。これが、光やファースト、『アルカサル』の皆だったら、どうだろう。

 俺は今、出会ったばかりのソフィアの死に様に、とても心が震えていた。

 アリスの返事を待っている間、耐えられなくなった俺は、左手で拳を作って地面に叩きつけていた。ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!! と、手首まで埋まった俺の拳を熱源に、周囲一体の地面が真っ赤に発光し、いたる所から煙が湧き登ってくる。

 ファーストは、そんな俺に声をかけないでいてくれた。

『一度こっちに戻れ。今、「トリグラフ」から連絡があった。なるほど、そういう魂胆だったわけだ。さすがに私も切れちまいそうだな、これはよお』

「向こうさんは、何て言ってるんですか」

 ようやく返ってきた言葉には、確かに怒気が感じられた。そして、次の瞬間、俺の怒りは限界を超えてしまうことになった。



『「トリグラフ」の光学兵器、ソフィアの死亡が確認された。「アルカサル」による破壊のため、責任を取ってかつて「トリグラフ」の所持していたセカンド―――光を明後日、ロシアに返せ、だとよ』

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