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第十六話 捕獲任務

 ファーストの退院前日に、俺は光と一緒にアリスの部長室へ呼び出されていた。てっきり、ファーストの引っ越しについての話かと思ったが、予想は大きく外れることになる。

「急な仕事が入った。哲人、今回はお前とファーストで動け」

「……仕事って。あれ、光は」

「今回、光には『アルカサル』で待機してもらう。これは決定事項だ」

 仕事、ということは国防に関する業務で、それも俺たち機械兵器科が動くレベルの内容である。つまり、『殺戮機械少女』絡みの案件ということだろう。ならば文句は言わないが、聞きたいことがあった。

「つっても、光なしじゃ、俺は動けないっすよ。一般人には毒ガスの塊なんですから」

「安心しろ。お前とファーストには、既に山火事という口実で住民の避難の完了した長野県の山間にある村に行ってもらう。ヘリコプターで、二人でな。お前の影響を受ける一般人はいねえよ」

「……でも、それにしたって何で光を置いていくんですか」

「長野まで機械兵器科唯一の二人を向かわせたら、万一、こっちの有事の際には対応ができない。この間みたいな襲撃なんてあればな。あんなもん何十年に一度のレベルだったが」

「なるほど。それで、ファーストを管理できるのは俺だけだから、一緒に連れていけと」

「病み上がりで悪いことをするが、まあ問題ないだろう。相手はBクラスの『殺戮機械少女』だ。ロシアの秘匿国防組織『トリグラフ』から昨日連絡があってな。日本にロシアの『殺戮機械少女』が逃げ込んじまったから、捕獲を手伝って欲しいらしい。その霊石反応が、お前に行ってもらう村内で確認できた。身を潜めている個体を捕獲して、連れて帰ってこい」

「なんでまた、ロシアから日本に?」

「向こうさんの言い分だと、原因不明らしい。ただ、ロシアの保持する数少ない光学兵器だから、丁重に捕獲してくれとさ」

「……納得いかないっすね」

「まったくだ。だが、日本と揉めあうつもりなら、こんなよく分からん行動は取らないだろう。とりあえず言われた通りにしてやれ」

「俺は分かりましたけど……」

 ちら、と隣に立っている頬袋ぱんぱん状態のハムスターを見る。光は見るからにご立腹な様子だったが、仕事である以上は文句を言わないのか、俯いて沈黙していた。

 しかし、俺か光、どちらかが『アルカサル』に残った方がいいことは間違いない。光は俺とファーストが一緒に行動することをよく思っていない以上、逆の役回りで俺がファーストと留守番をして光だけ行かせても意味はないだろう。

(……ファーストを残すってのは無理だしな。『アルカサル』とは協力しないはずだし)

「分かったら行け。ヘリはファーストに操縦させろ」

「うす。……ほら、いこうぜ光」

 ご立腹のため膨らんでいた光の左頬を突くと、空気がパンクしたように抜けていった。今度は唇を尖らせて、俺を無視しながらずんずんと先へ歩いていく。

 これは、光とファーストと3人で出かけることは、少し先になりそうだと思った。まずは、明日の任務を確実にこなして帰って来なくてはならない。

 俺が光の後を追うと、アリスが声をかけてきた。

「哲人」

「はい?」

「―――相手の『殺戮機械少女』は、お前が度肝を抜くような相手かもしれない。だが、落ち着いて捕獲しろ。いいな」

「? うっす」

 よく分からないアドバイスをもらって、俺はその日、ファーストのもとへ事情を説明しに向かうのだった。これが、後に世界を敵にするきっかけになるとも知らずに。





 朝の4時。まだ誰も起床していない時間に、俺はアリス、光と一緒に地上の駐屯地へと出ていった。一台のヘリコプターが止まっており、そこには既に運転席にファーストの姿があった。頬杖をついて窓の外を眺めており、現れた俺たちの存在に気づくと視線を逸らす。

 アリスと光に見送られ、俺はヘリコプターの助手席に座った。ドアを閉める際、光が心配そうに俺を見つめていた。

「じゃあ、行ってくる」

「ん。気をつけて。ファーストは置いてきて」

「……置いても飛んで帰ってこれちゃうよ」

 光に睨まれているファーストは、反対側に顔を向けて無視を徹底しているようだ。余計な揉め事が起きる前に、俺は助手席のドアを閉めた。

 すると、ファーストが俺に振り返って、ようやく声を発した。

「おはよ」

「ああ。おはよう。悪いな、退院早々に付き合わせて」

「あなたを守るのが仕事だもの。別に気にしないで」

 ファーストは特に不機嫌な様子はなく、慣れた手付きで運転席全体に設置されているスイッチ類をいじり出す。気づくとプロペラが回り出して、徐々に地上から離れていっていることが分かった。光とアリスが点のように小さくなり、早朝の綺麗な朝焼けが俺とファーストの眼前にあった。白んでいた空にオレンジ色が鮮やかに広がっていき、思わず感動の声を出す。

「おー、絶景」

「まったくね。早起きした甲斐があったわ」

 同調したファーストは、山梨方面に向かってヘリコプターを飛ばす。しばらくすると、右耳に装着していたイヤホン型のインカムにアリスの声が入った。

『無事飛んだか、哲人』

「ええ。運転手が優秀なんで、快適に空を眺めてます」

『ならよし。依然、反応は長野の村から動いちゃいない。昨日教えた場所まで向かって、目標を探し出し捕獲しろ。反応が動いた場合はすぐに連絡する』

「了解」

 通話が切れると、俺はあくびを手で隠しているファーストに気づき、声をかける。

「下手したら戦闘になるけど、いけるか」

「そんな愚問は置いておいて―――退院祝いはデートじゃなかったの。嘘つき」

「……いや、まあそうは言ったかもしれんけど。仕事じゃんか」

「まあ、いいわ。幸いにも、ロシア製の邪魔は入らないしね」

 ヘリコプターを真っ直ぐに進ませるファーストとの間に沈黙が走る。だが、特別気になるような静寂ではない。お互いに、話を広げて盛り上げようと気を遣うような関係でもない。俺はぼーっと綺麗に色づいた朝の空を眺めながら、ぼそっと呟いた。

「タバコ吸ってない」

「禁煙」

「……分かってるよ。言っただけだ」

「ならいいわ」

 ファーストにたしなめられた俺は、黙ってヘリを操縦する彼女の横顔を盗み見る。しかし、なぜか彼女もこちらに視線を向けてきて目があった。

「だめよ、吸うなら飛び降りなさい」

「タバコ吸っていい? って見たんじゃねーよ。ちげーよ」

「ならなに。私のこと好きなの?」

「お前、なんでヘリ操縦できるの」

 普通に考えて、隣で華奢な見た目十八歳の女の子がヘリコプターを簡単に操縦していたら気になるのも当然だ。俺は朝飯用に持ってきていたサンドイッチを足元に置いていた鞄から取り出す。

 ファーストは前を見ながら端的に答えてきた。

「『アルカサル』にいたとき、あらゆる兵器の操縦を仕込まれただけよ」

「大戦のときか」

「ええ。というか、やっぱり私のこと聞いているのね。さっき見送りに来ていた見た目幼女から聞いたのかしら」

「ああ。……嫌だったか」

「別に」

 ファーストの差し出した左手に、俺はサンドイッチを一つのせてやる。こいつも朝飯まだだったのかな。そこで、俺のやったサンドイッチを食べたファーストの眉根が寄った。

「マヨネーズ多すぎ。犬の餌よこれ」

「わんわん」

 せっかく分けてやったというのに、平気で文句を言ってきた。マヨネーズが多いと犬の餌なのかよ。犬の鳴き真似を返しながら、俺はファーストの持っている食べかけのサンドイッチを奪い、口に運んだ。普通に美味しいのに、なにが気に入らなかったのか。

「喫煙者は味覚バカっていうのは本当らしいわね」

「なんでもタバコのせいにするな。多分元から味覚バカだ」 

「せっかくキスしてあげたのに、袖で拭おうとするくらい味覚バカだものね、あなた」

「キスは関係ねーだろ。あれは忘れろ」

「嫌よ」

 一瞬で顔が熱くなった俺を見て、ファーストはニヤニヤしていた。多分、俺の顔が真っ赤になっているのだろう。助手席側の窓に顔を向けて、視線を受け流す。

 すると、珍しく追撃の意地悪がやってこない。代わりに、真面目なトーンの声がかかった。

「それで、どこまで聞いているの、私のこと」

「どこまでって……」

 答えに詰まる。

 アリスから断片的に聞いただけで、長々と語れるほどファーストの過去に踏み込んではいない。

「日露戦争前に『アルカサル』で兵器化して、第二次世界大戦後期に消えたってことくらいだよ。ああ、あと、お前のいた孤児院が『アルカサル』に買収されて、お前以外の家族が犠牲になったことも聞いた」

「ああ。そんなこともあったわね」 

「そんなことって……結構なトラウマじゃねーのか、これ」 

「もう半世紀以上前の話よ。戦時中のことなんて。そこそこに忘れていたわ」

「そんなもんなのか」

「そんなものよ。―――どうでもよくなったの、全部。だから、私は大戦から逃げて姿を消した」

 ファーストはこちらを見ることがない。まるで独り言のように言葉が漏れていく。その横顔は朝の大空に照らされて美しく、目が奪われてしまった。

「第二次世界大戦の後半に、生き残っていた孤児院の家族―――妹2人と、弟1人が肺炎や結核にかかっていった。もうどれくらい持つか分からない。その時、私は自分の戦う意味を失った。かりにこの国を必死に守り抜いても、自分の家族はすぐに死ぬ。守る必要があるか、これ以上戦う必要があるか、分からなくなった」

「それで戦いから離れた、と」

「ええ」

 戦争に何のために臨むか、一つの答えを聞けたように思う。それはシンプルで、これ以上ない真実だ。死んで欲しくない人がいて、それを守るために戦争をする。殺されたくない人がいるから、生きていて欲しい人がいるから戦う。その戦うだけの理由を失ったとき、人は戦いという地獄から逃げ出さずにはいられない。

「理解はできないが、想像はしてみた。まあ、しんどいな」

「しんどい……。さあ、どうだったのかしら。ただ、殺していく相手にも私と同じように家族がいて、私と同じ気持ちで戦っているのかと思ってしまうと、引き金を引けなくなるときがあった。だから、私は、それを捨てた」

「……」

「殺さなくては守れない状況で、そういう人間的な感情は足枷になる。―――だから、人間は兵器を利用するのよ。自分の手で首を締めて殺すことは、その生生しさに狼狽えてしまう。けれど、兵器ならば、機械ならば、ボタンや引き金さえ押せればそれで相手を殺せる。兵器にしか、殺戮はできない。そして、兵器になって、機械になって、人間を捨てて戦えば誰にも負けない。だから、戦うとき、私は兵器になるの。身も心も。―――ただ、そのうち分からなくなってくるのよ。兵器なのか、人間なのか、戦場以外での自分の存在がどちらなのか。自分は何者なのか。だから……」

 だから、逃げたということだろう。家族という人間として戦うだけの理由が病気に奪われていく中で、絶えず殺戮を繰り返してきた。殺していく中で、殺されないために兵器としての自分を受け入れて無機質な心を持って蹂躪する。戦場から離れても、家族は消えていく運命にあり、自分が人である唯一の関係・存在が失われていく。自分が人間なのか兵器なのか分からない、というよりも人間であるべき意味が分からなくなった、ということだろう。

 俺は、そんな彼女の横顔にぼそりと呟いてしまった。無意識だった。

「……アンドロイドは電気羊の夢を見るのかな」

「え?」

 ファーストは俺にきょとんとした顔で振り向いた。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔ははじめて見るので、思わず笑ってしまった。

「はは。いや、有名なSF小説でさ。人間とアンドロイドの違いとは何か考えさせられるストーリーなんだ。人間のくせに無機質なアンドロイドみたいな奴がいたり、アンドロイドのくせに人間みたいに情緒的な奴がいてな」

「それがなによ」

「タイトルの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』っていうのは、人間が夢で羊を数えるように、アンドロイドは同じアンドロイドの電気羊を夢に見るのかって意味だという説があるんだ」

「……アンドロイドも、人間みたいに夢を見るのか。人間と同じなのかって意味?」

「かな。だが、どうだろうな。人間は羊の夢を見て、アンドロイドは電気羊の夢を見るなら、お前はどっちを夢に見るんだろうな」

「……」

「羊を夢に見るなら、お前はやっぱり人間だよ。いつだって、人間だ。かりに電気羊の夢を見ても、人間と何ら変わらないじゃねーか。だから、いずれにしても、人間的だ」

「……そうね」

 ようやくこちらを向いて笑ってきたファーストに、俺は笑い返してやった。

「しかし、そんな壮絶な話、理解できねーよ。重いって」

「あら。それはあなたもそうじゃないの。―――霊石を心臓に持った霊人一族の一人、かつ現代においてナチス製化学兵器に仕立てられたんだから。あなたこそ、一体何を夢に見るのかしら」

「……さあ。霊石の心臓を持って兵器化した羊じゃね」

「ふふ、いいわね、それ。可愛いじゃない」

「可愛いか? そんな羊」

 クスクスと笑ったファーストは、じっと俺の顔を見つめてきた。病院でのキス事件がフラッシュバックして、俺は咄嗟に身を引いてしまう。すると、不服そうにファーストが俺を睨む。

「なによ」

「や、すまん」

「……ロシア製が、あなたに依存している理由が分かるわ」

「は? 光が?」

「ええ」

 意味のわからない言葉に沈黙していると、ファーストは苦笑しながら言った。何かに呆れるような顔で、声で。

「居心地がいいのよ、あなたは―――怖いくらいにね」






『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』

作者、フィリップkディック。

映画、『ブレードランナー』原作

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