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第十二話 九条哲人の正体

「遅いぞ、ダディ」

「すまない竜次。哲人を守ってくれて助かったよ」

 混乱している俺に、再び混乱する事態が発生した。ダディ? 竜次が俺の親父―――九条零次くじょうれいじに向けてダディと言ったのだ。ダディってなんだっけ。あれ、分からねえ。

「親父、ダディってなんだ」

てつ。それは哲学的な本質に迫る問か。それとも辞書的あるいは一般的な意味での問か」

「後者だ」

「英語で父親を指す幼児語だ。ふむ、それにしても、父親に父親とは何か問うのか。深い意味がありそうだな」

「ねえよ。え、あいつまじで俺の兄貴なの」

「竜次は直接血のつながった私の息子だ」

 ……ん、待ってくれ。また頭がフリーズした。あの筋骨隆々のマッチョウラン兵器は親父と血がつながっていて、親父の子供だと言った。

 導き出された可能性を、思わず口にする。

「……俺、親父の子供じゃねえの?」

「……ふむ。私は子供だと思っているがね」

「血、つながってねえの」

「間接的につながってはいるが、私と直接はつながっていないな」

「じゃあ子供じゃねえじゃん」

「……そうか。子供とは深い概念だな。哲学的だ」

「哲学に逃げてんじゃねえクソ親父!! あとで説明しろよこら!!」

「ああ」

 親父は俺を一瞥して、ゆっくりと前に出る。霊人篤史との距離がどんどん縮まっていく。

 竜次に手を差し伸ばされた。こいつの家族だの兄弟だのといった狂ったような台詞が、今では全く関係ないことではなくなってきている。こいつ、まじで俺の身内なのか。

「弟よ、まあ聞け。俺もお前も同じダディに育てられた兄弟だ。今なら信じてくれるだろう」

「ダディってきもいからやめろ。似合わねえんだよゴリマッチョには」

 俺は竜次の手を取ると、ぐっと引き上げられる。楽に立ち上がれた俺は、先ほど組み倒されて痛めた首をさすった。

「なんだ、ジェラシーか。ダディは二人のダディ、そう睨むな」

「あんな変人哲学者に誰がジェラシーだ。ふざけろよ」

「そう言うな。ダディは、お前のためにずっと頑張っているんだぞ。何年もな」

「は? 何をだよ」

 言いにくそうに視線を落とし、竜次はらしくない小さな声で真実を打ち明けた。

「哲人。お前の母親は、ダディとあの霊人の妹―――九条零次と九条篤史の妹、九条幸乃くじょうゆきのだ」

「……えっと、え?」

 俺は、該当人物たる二人の男を見る。霊人の男と、育ててくれた父親の姿を。対峙する二人は、つまり、兄弟だということか。

 俺のポカンとした顔を笑ってきたのは、霊人の篤史だった。刀の先で、俺を指して嗜虐的な笑みを浮かべる。

「何だよ。まじで何も知らねえのか、お前」

「……あんたが、俺の母親の兄弟? 親父も?」

「そうだ。お前の母親の幸乃は、霊人一族九条家では貴重な女だった。女の霊人は男の霊人と比べて霊石がでかい特徴と、何より―――霊人を生める特徴がある。男じゃガキまでは心臓が霊石にはならねえ。お前は俺たちの妹、霊人幸乃の生んだ唯一のガキだ」

「だから、俺に霊石が―――」

「ふざけんな。てめえの霊石はてめえのもんじゃねえ!!」

 俺を今にも殺しにかかってきそうな迫力で、九条篤史は吠えた。凶暴な怒りが感じ取れる。

「てめえは生まれたとき、霊石が小さかった。極端にな。心臓の代わりにはなりえないくらいの、小さな霊石だ。次第にてめえは死にかかっていった。だから幸乃が死んだ。自分の霊石をてめえの心臓にしてな。―――お前の心臓は、霊石は、幸乃のものだ」

「……本当の父親は、どこにいる」

「殺されたよ。てめえが生まれる前にな」

「なんでだよ」

「霊人の寿命は長い。五百年は生きる。日露戦争前に日本ではじめて霊石が発見され、いつの間にか俺たち霊人一族の存在も世界中の軍事組織にバレた。なあ、九条哲人。霊石によって『殺戮機械少女』が作れるんだぜ。幸乃がどんな目にあったか、……分かるよな」

 日本で最初に霊石が発見され、ファーストが生まれた。日露戦争はファーストの力があって日本はソ連に勝利する。当然、そこで霊石と『殺戮機械少女』という存在は世界的に広まり、世界中がこぞって霊石を探し出し、『殺戮機械少女』を生み出して戦争は過激化した。

 そのような時代に、そもそも大きな霊石を宿した子供を生める女性がいれば、世界の軍事組織はどのように行動するか。馬鹿な俺にだって分かる。

「俺の母親を孕ませて霊人をつくり、霊石を得ようとする」

「そうだ。幸乃を手に入れるために、世界中の軍事組織が躍起になった。長男の俺と次男の零次は、必死に幸乃を追っ手から、特に『殺戮機械少女』から守って世界中を転々としていた。俺の刀は、その時倒した『殺戮機械少女』の霊石で作ったものだ」

 篤史が俺に突きつけてくる刀を見た。

 一体どれだけの『殺戮機械少女』と戦い、倒してきたのだろうか。あの刀のサイズから、相当な数と戦ってきたことが分かる。

「幸乃は常に恐怖と戦って生きてきた。捕まれば永遠にくたばるまで孕まされ、生まれた子供は霊石を、つまり心臓を奪われて殺される運命しかなかったからな」

「……」

 九条篤史は、俺に突きつけていた刀をようやく下ろした。俺の母親のことを思い出しているのだろうか。少し、悲しそうな顔をしているような気がした。

「幸乃を守りきって大戦が終わった。ようやく平和になったんだ。幸乃を連れて、俺達は日本の田舎で時を過ごした。それなりに幸せだった。……幸乃は、そこでお前の父親と出会った。河野裕二。そいつは俺の親友だった男だ」

「―――まさか。大戦が終わったのに、母さんが襲われて、父さんは庇って死んだのか」

「御名答。どこかの『殺戮機械少女』の手で殺された。即死だった。俺は、その場にいたんだ。守れなかった、親友を。幸乃を逃がすのに必死だった」

 篤史は日本刀の刃を見つめる。そして、ぼやくように言った。

「その後、幸乃は腹の中にいたお前を産んで、さっき言ったように自分の命と引き換えにお前を救って死んだ。なあ、幸乃の最後の言葉、てめえ知らねえだろう」

「……」

「『私がいるから戦争は続く。私が死ねば平和な世界になる』……ってよ。愛した男も殺されて、生きる意思が極端に弱かった。そこにお前が産まれたが、お前も死にかかっていて絶望的な状況だ。あいつは、幸乃は、死にたくなったんだ。きっとな」

「それと、俺に打ち込もうとしていた注射に何の関係がある。なんで俺に物質Nなんて凶悪な代物をぶち込んだ」

 俺は努めて冷静に尋ねた。篤史は、そんな俺の様子に鼻を鳴らすと、あっさりと目論見を暴露する。

「てめえをスペック的に最強の兵器にする。そんで、この強度の幻覚剤を打ち込んで、物質Nをばらまいて歩く、誰にも止められない暴走兵器として利用するつもりだった。お前はまず日本を滅ぼし、ついで世界にまで物質Nをばらまいてくれる。そうすれば、必ずお前を倒すために世界中が『殺戮機械少女』をお前に放つ。物質Nを人間に使用させるレベルの巨大な霊石を持つ存在は、俺の知る限りお前だけだった。お前は世界一の殺戮兵器になれる逸材だったんだ」

「あんたの親友を殺し、俺の母親を追い詰めた『殺戮機械少女』をあぶり出して、見つけて殺そうってわけだな」

「幸乃のガキにしちゃ、素直で飲み込みがいい。さて、そんなわけで、お前の両親を殺した『殺戮機械少女』をぐちゃぐちゃに引き裂くために、ここで提案だ。俺はお前が気に食わない。幸乃が死んでお前だけがのうのうと生きていることがな。だが、それでも親友と幸乃の子、幸乃の分身だ。……嫌悪感しかねえってわけじゃねえ」

 篤史は注射器を胸ポケットから取り出すと、俺の目の前でそれを落とし、踏み潰して粉々にしてみせた。

 俺の顔を見て、真剣な眼差しで提案してくる。

「薬物で暴走させるのはやめだ。お前に協力を要請する。九条哲人―――世界中の人間を殺して回れ。物質Nで全てを焼き払え。散布して毒殺して回れ。なあに簡単さ。ただお前はリラックスして世界中を旅行すりゃいいんだ。勝手にNが広まって、ガンガン人は死んでいく。そうすれば、お前の両親を殺したクソ兵器を一緒にバラバラにできる」

「親の仇を討つために、お前に協力しろってか」

「理にはかなってるだろ」

「かもな。だけど―――どうでもいいから嫌だ」

 九条篤史は、はじめて呆然という表情を見せた。それは、本当に理解のできない事態に陥った者の顔だ。

 硬直したままの篤史に、俺は自分の正直な気持ちを告げる。

「ぶっちゃけるぞ。腹立ってるから。俺は母親の顔も父親の顔も知らねえから、他人事にしか思えない。どうでもいい。関係ない。だから、お前の復讐なんて手伝わない他所に頼れ。俺の親はそこの変態哲学者だけで、今は『アルカサル』が気に入っているから、ここで日本を守るために働く。消えろ」

「……てめえ、クズか」

「俺は気に入っている場所で、親のことに縛られずに生きる。知らん、くだらん、どうでもいい。俺はここで光たちと過ごす。訓練をして、時には命がけで戦って、精一杯働くんだ。仕事のないときは、酒を飲んで、タバコを吸って、バイクに乗って、腹いっぱい飯を食う。最後はエマさんと結婚してベトナムで幸せになる。俺は、そのために戦う。それ以外のために、この極悪な力は使わない」

「……」

「実存は本質に先立つ。俺は、何のために生きるか、何のために存在するかを決めた。俺は自分を尊ぶだけの生き方を選ぶ。だから―――すっ込んでろよ、伯父さん」

 一瞬で篤史は刀を振り上げて接近してきた。その目は獣のように血走っていて、よほど俺のことを殺したいように思える。だが、篤史の振り落とした刀は横から伸びた手で鷲掴みにされ、俺の鼻先で制止する。

「よく言った。さすが私の息子だ」

「……零次。てめえ」

 ギョロリ、と篤史は弟の零次―――親父を睨みつける。

 親父もまた霊人であることは分かっている。霊人同士、霊石を心臓に持つ唯一の種族同士が睨み合う。

「篤史。お前だけだ。幸乃と河野の死に囚われているのは。戦争は終わっている。これ以上、幸乃と河野の命をかけてつないだ哲の人生を無意味に荒らすな」

「戦争は終わらねえよ。てめえみたいに終わらせた気になっている奴らがゴロゴロしているだけだ。終わってねえ。俺が満足するまで、終わらねえよ」

「幸乃が恨むぞ」

「幸乃のためなんて綺麗事は吐かねえよ。ただ殺してやりたいんだ、俺の親友と妹を奪った奴を」

「……馬鹿な人だ」

 哀れんだ目を向けた親父は、一瞬で篤史の顔面に拳をめり込んだ。勢いよく吹き飛ばされていく篤史だが、体勢を立て直して口元から垂れる血を親指で拭う。

 刹那、追撃の嵐が降り注いだ。親父が九条篤史よりも早く、神速を超えるスピードで消える。相手の顎下にいつの間にか移動していた親父は、喉元に拳を叩き込み、あまりの威力に踵が浮いた身体のみぞおち辺りに強烈な横蹴りを突き刺した。

 ドガァァァァァァァンッッ!! と、200メートルは先にある駐屯地入り口の鉄製の門がばらばらに吹き飛んだ。篤史が激突したからだ。だが、横たわっていたその身体も同様にふっと消えると、篤史は親父の頭上から日本刀を乱暴に振り落としていた。親父は首を横に振るだけで避けると、裏拳で篤史の顔面を見もせずに殴打する。

「兄弟喧嘩で俺に勝ったことあったか? あぁ!?」

 だが、額に拳を受け止めたまま、篤史は叫んで背中を蹴り飛ばす。親父は右足を一歩前に出して踏ん張った。ズガァン!! と、衝撃を受け止めたことで、親父の周辺一体の地面に大きな蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

「―――気遣いで勝たせてやっていただけだ」

 親父の掌底が顎下に炸裂した。篤史は大きく宙を描いて、地面に勢いよく落下する。土煙と轟音が同時に生じる。落下地点には、首の骨をコキコキと鳴らして獰猛に笑う霊人がいた。 

 霊人兄弟の一騎打ち。俺は、もはや俺が関与できる次元でないことを悟る。

「哲。私から一つ、霊人の戦い方を学べ」

 親父は俺を見ることもなく言った。

 直後、親父の右手から不可視であったはずの霊石エネルギーが溢れてくる。白い光だった。うねるように飛び出し、親父の周辺一帯を暴れる蛇のように駆け抜けていく。とぐろを巻くように親父の周囲を走り抜けていった光が、ついにその勢いを止めた。

 何だ。この異様な光景は。

「霊石エネルギーは生命エネルギー。生存のための力を与えてくれる。全身に循環させることで高速戦闘が可能になり、筋力も大幅にアップする。これを循環状態という」

 そして、世界が光に飲み込まれる。親父にまとわりついていた生き物のような光―――霊石エネルギーが、俺や竜次、篤史も含めた周囲一体を勢いよく囲い込んできた。

「ならば、霊石エネルギーを身体の一点に集約させるとどうなるか。右手に集めた場合は、このように右手だけでは中に収まらず、霊石エネルギーが出てきてしまうのだ。今、そこら中を元気に駆け回っているのは、霊石エネルギーそのものだ」

「……零次、てめえまさか。使う気か!?」

「篤史。授業に付き合え。死にたくなければ本気でこい」

 話している間にも、親父から溢れてくる光は地上をどんどん這い回っていく。どれだけ大きく、長くなっていくんだ、この光は。

「さて、哲。循環状態では体内に一定量の霊石エネルギーが絶えず循環するわけだが、もしもこのように体外に一度流出させ、霊石エネルギーをどんどん大量に流していくとする。今がその状態だ。肉体という器を離れ、外だからこそ霊石エネルギーは無限に溢れて大量になる」

 そして、と言った親父は右手の指を鳴らした。

 瞬間、地上を這い回っていた光の先端が、親父を飲み込むようにして背中に直撃する。一瞬で光は親父の中に戻っていき、俺はとてつもない悪寒を感じた。何か、やばいことが起こる。俺の細胞が、本能が教えてくれる。

「体内循環ではあり得なかった量の莫大な霊石エネルギーを一気に取り込む。すると―――こうなる」

 呼吸を忘れてしまうほど、圧巻の現象が起こった。

 白い光がぱっと視界を覆うと、大量の血飛沫がそこには吹き上がっていた。



 九条篤史の右腕を、親父が右手に持っていた。

 腕を肩口からもぎ取られたことで、シャワーのように血が撒き散らされる。



 九条篤史は、呆然とした顔で背中合わせで立っている親父に振り返る。そして、呟いた。

「『霊石解放』、か……」

「私がそこまではしないと油断したな、篤史」

「あたり、前、だろうが……」

 刀を持ったまま傷口に手をやり、ふらりと篤史は倒れていった。

 瞬殺だ。俺や竜次、篤史のスピードなどとは次元の違う一閃だ。くわえて、片腕をあっさりともぐほどの力。あんなもの、誰にも避けようのない、天罰のような現象ではないか。冗談じゃない。俺たち人間兵器より、霊人の方が何倍も危険な力を持っている。

「莫大な霊石エネルギーによって、循環状態以上のパワーとスピードを瞬間的に扱うことができる。これを『霊石解放』という」

 振り返り説明を続けた親父に、俺は思わず言った。

「……いかれてやがる」

「ああ。いかれた力で、まさに一撃必殺だ。このようにな」

 ぜえはあと必死に息をしている篤史に向かって、親父は奪った腕を放り投げる。

「『霊石解放』は、相手がSクラス『殺戮機械少女』だろうと、霊人だろうと、確実に命を奪える奥の手だ。デメリットは二つ。まず、ほぼ確実に相手が死ぬこと。今のは篤史だからぎりぎり腕だけで済んだ。『霊石解放』による移動速度は、肩をかすっただけでも上半身は吹き飛ぶ。篤史は咄嗟に体内循環させていた霊石エネルギーの全てを、右腕に集約させてしのいだ。―――勘と運のいいやつだ」

「……」

「もう一つのデメリットは、一度の使用で肉体組織がボロボロになることだ。肉体のキャパシティを超える生命エネルギーに、肉体組織は耐えられず崩壊する。場合によっては、―――ああ、こうなる」

 親父の右目から血の涙が溢れていた。そして、ぼとりと眼球が落ちた。ぎょっとした俺は、思わず親父の傍に駆け寄る。

「おい、なんだこれ!!」

「言ったろう。肉体組織が耐えられずに崩壊する、と。今回は……片眼だけ、か。霊石エネルギーをあれ以上に大きくしていたら、片眼だけではなく四肢の腐敗など、もっと損害の範囲は広かったはずだ」

「平気な顔してんじゃねえ!!」

 咄嗟にズボンからハンカチを取り出して手渡した。空洞になった右目にハンカチをあてた親父は、余裕のある笑みを浮かべた。

「今、私が見せたレベルの霊石エネルギーの量で、片目の失明だ。よりエネルギー量を上げれば、より確実な必殺になる。篤史相手ではもっとエネルギーが必要だったな」

「……治るのか、それ」

「無理だ。肉体組織が完全に崩壊するからな。耐えきれない生命エネルギーを肉体に宿すということは、肉体がそれを受け入れるために急な進化を要求される。耐えきれなくなった部分の細胞がこのように壊死する。細胞から死んでいる以上、もう治りはしない」

「なんでわざわざ、そんなやばい技を使ったんだよ」

「お前の基準になりたかった。どれくらいのエネルギー量で、どれくらいの怪我を負うか、これで基準ができたろう」

「……いかれてやがる。バカ親かよ」

「褒め言葉として受け取っておこう。哲。循環状態と物質Nの通じない強敵にあったとき、お前は間違いなく『霊石解放』に頼る。使うなとは言わない。使わなければ死ぬ状況なのだから。その時は、今のを基準に、どこまで霊石エネルギーを蓄えて使うか判断しろ」

 俺も親父や篤史と同じ霊人である以上、あれが使えるのか。竜次のおかげで、循環状態の感覚を掴めた。高速戦闘と凄まじいパワーに驚愕したが、まさかその上の世界があるとは思いもしなかった。ランクS陸上兵器型『殺戮機械少女』のファーストを無力化し、物質Nの化学兵器型『殺戮機械男子』の俺とウラン兵器型『殺戮機械男子』の竜次二人を余裕であしらった男―――霊人・九条篤史を瞬殺した、諸刃の剣である奥の手。

 生唾をごくりと飲み込んだ。

 霊人一族、九条家。あまりにも規格外な怪物の血が、俺にも流れている。しかも、親父より命をかけて霊石エネルギーを膨大にすれば、もっと強力なスピードと力が手に入るのだ。俺の霊石は母親のもので、特別大きいという点も考慮すると、ポテンシャルとしては俺は今の親父以上の霊石エネルギーを使って『霊石解放』ができるのだろう。絶対に使いたくないので、使わざるを得ない状況など来ないことを切望する。

 と、その時、声が聞こえた。

「やめだ」

 何とか立ち上がった篤史は、ため息を吐き、だらりと残った方の手を上げた。親父はその様子に眉根を寄せる。

「相変わらずだな。確実に勝てないと分かればすぐに退く。プライドのない生き方だ」

「プライドなんて捨てたさ。俺は目的のために生きる」

「意味のない目的だ」

「意味はいらねえよ。聞きたい断末魔がある―――それだけだ」

 篤史はもがれて転がっている片腕を元の場所にくっつける。すると、傷口が塞がれていって、もとの状態に戻ってしまった。恐らく、霊石エネルギーによって、高い回復速度を得ることができるのだ。親父のように細胞から死んでいない以上は、霊石エネルギーで治療ができることも理解した。

 腕をくっつけて、篤史は踵を返す。

 しかし、最後に俺に振り返って言った。

「九条哲人」

 その表情は、表現が難しかった。

 悲しげにも、憎んでいるようにも見える。言い方を変えれば、真意のわからない無表情だ。

「……もうちっと成長しろ。次はねえ」

 言い残して、九条篤史―――俺の伯父は消えた。

 ただ実感したことは、今回の戦争が、ようやく幕を閉じたことだけだった。















「篤史は今、ナチス崇拝者たちを集めて『ナチスの一族』なる組織を作っている。ナチスの復活のため、といった定型句で彼らに物質Nの実験や『殺戮機械少女』の開発実験をさせているんだ。お前たちを襲った2個体もその産物さ。全ては今回の目的のための準備だったのだろう。奴は『ナチスの一族』を利用して、また何かけしかけてくるかもしれない。気をつけろ」

「……やけに詳しいな」

「篤史の動向を探るために家を出た。悪いとは思っているよ」

「だったら仕事で帰れないとか嘘でもつけよ。黙って消えやがって」

「嘘はつけん。哲学者は真実を探るものだ」

「何の役に立つんだか、そんなもん」

 ふっと笑った親父は、俺の肩を叩いて言った。

 嬉しそうに、力強く。

「お前が、お前自身を見失わなかったじゃないか」

「……一部にはクズ哲学なんて言われたんだが」

「クズでも生きる活力になるならそれでいいさ。お前はお前の居場所と、好きなことを守れ。タバコと酒はほどほどにな」

 親父は竜次と顔を見合わせると、頷いてから白衣のポケットに手を入れた。

「俺を連れて行く、とか言ってたけど」

「篤史の危険からお前を守りたかった。竜次、お前はどう思う」

「ダディ。篤史と戦った弟の成長も甚だしいが、仲間の光学兵器も特に凄まじい強さだ。大戦を生き抜いた最古の兵器、経験値が違かったぜ。また、どういうわけかファーストも弟の味方のようだ。我が弟は、俺たちと来ずとも、強い仲間に囲まれ強くなるだろう」

「結論は」

「弟がここにいるというのならば、俺はそれを尊重する。家族は空の下、ずっと一緒だからな。寂しくはないさ」

 九条竜次。俺のゴリマッチョウラン兵器の兄貴は、涙目になりながらも、涙が落ちぬよう空を見上げてキモいことを言った。

「だ、そうだ。哲を連れて帰って、保護する計画はなしだ。『アルカサル』にいても、十分に安全だと判断できたからな。……篤史に今回は利用された。すまないね。橘光君にはいつか謝罪しなくては」

「……親父。まだ、言ってないことあるだろう」

「まだとは」

「母ちゃんが死んで、親父が俺を引き取ってくれたのは分かる。だが、そこのマッチョ兵器は誰との子だ。そもそも、なんで実の息子が兵器化してる。他にも、あの篤史ってやつを追うためにまた竜次と一緒に消えるんだろうが、親父は篤史を止めるためだけに戦っているのか。なんか他にも理由がある気がする」

「……」

「―――ま、今度でいいわ」

「なに」

「タバコ吸いたい。酒飲みたい。腹も減った。ファーストあっちに置きっぱなしだから病院に連れていかねえと。こっちも忙しいから、まあまた今度教えろよ。じゃあな」

 俺は親父と竜次に背を向けて歩き出した。戦闘の流れでファーストを置いた場所からだいぶ遠くに来てしまった。胸ポケットからくしゃくしゃになったタバコを取り出して火をつける。俺はそこで、言い忘れたことを思い出して振り返った。

「あ、竜次。まじで助かったよ、ありがとうな」

「―――愛しているさ、俺も」

「もってなに!? 愛してるとは一言も言ってないよね? え、俺言った? 愛してるって言った?」

 混乱する俺に、親父が声をかけてきた。

「哲。今回の事の真相は、全て『アルカサル』に話せ。私たちのことも言っていい」

「言われなくても喋るわ、クソ親父」

「……親父か。そうだな」

 少し嬉しそうに笑った親父と竜次に手を軽く上げて、俺はファーストのもとへ向かった。親父が、今まで俺に父親らしいことをあまりしてこなかった謎が解けた。頭を撫でるとか、抱きしめるとか、そういう愛情表現が伺えなかった理由が分かった。

 実の父親ではなかったからだ。

「またな、親父」

「ああ。そうだ、哲」

「ん?」

 振り返ると、優しげに微笑む親父がいた。

 そんな顔は、久々に見た。

「―――死に至る病とは絶望のことだ。絶望とは、現実と想像のバランスが崩れたときに起きる」

「……」

「筋力も身長もまったくないのに、大きなオートバイを取り回したいと思っても不可能に近い。だから、絶望する。逆に、自分は筋力も身長もないことに囚われて、体格の必要なことは何もできないと思っても、絶望する。肉体という現実を無視してやりたいことを想像しても、肉体という現実に囚われすぎて想像力が欠乏していってもいけない。双方のバランス、中庸が大切だ」

「……体格に合ったオートバイに乗るか、身体を鍛えて叶えられる想像の範囲を大きくするかってことか」

「お前がどちらの選択を取るかは知らない。ただ、現実を受け入れて叶えられる範囲の幸せを掴め。受け入れることが大切だ。お前はそれができている。篤史に言ってやったことを、ぶれずに貫け」

「……ああ」

 血は直接繋がっていない。

 だが、まあ……俺にとっては悪くない父親だ。

 俺との付き合い方に戸惑っていたのだろう。どこまで愛情を注ぐべきか分からなかったのだろう。だが、親父は親父らしく、哲学の研究者らしい愛情の注ぎ方をしてくれていた。

 実存は本質に先立つから、自分の生きる本質を自分で作ること。その大切さをひたすらに叩き込んでくれた。おかげで、俺は今、クズかもしれないけれど生き方に戸惑ってはいない。

 俺は今度こそ踵を返して、ファーストのもとへ向かった。


実存主義哲学の祖、キルケゴールの『死に至る病』は、比較的読みやすい本格哲学本なので、哲学に興味のある方にはおすすめです。

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