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第十一話 霊人

 ウラン兵器型『殺戮機械男子』は、謎のアロハ男と睨み合っていた。しかし、突然に左足の筋肉が肥大し、勢いよくアロハ男を蹴り飛ばした。

「あんた……」

「我が弟よ。よく耐えた。待たせたな」

 呆然と大男の顔を見上げていると、アロハ男の声が飛んできた。

「久しぶりだなー、竜次りゅうじ。相変わらずのパワーだ」

 え、お前竜次っていうのか。こいつ名乗ってくれなかったから、てっきり外国人かと思っていたが……。確かに少し日本人っぽい顔な気も、しなくはない。かなり彫りが深いけど。名前からして、日本人が親にいるのだろうか。

「……篤史あつし……衰えていないな。マッチョだ。だが、俺の弟に手を出した以上、マッチョでも殺してやる。なぶり殺しだ」

「はは、相変わらず筋肉馬鹿だ。まあいいよ。邪魔するなら―――殺す」

 やはり竜次の背後に刹那で回った篤史という男は、日本刀を豪快に横薙ぎで振るう。首を落とそうとしている。竜次は咄嗟に身を屈めて回避すると、俺の首根っこを掴んで一気に後ろへ跳躍した。

「おい、何で避けた。っていうかまたお前かよ!!」

「あの刀は、霊石でできた刀だ。恐らく、俺やお前の高温防御は効かないだろう。俺のウランも、お前の物質Nも、あくまでも霊石を通して作っている以上、同じ霊石には反応しないはずだ」

「霊石の刀!? そんなもんがあるのか……」

「ああいうものを霊器れいきという。霊器なんて世界にいくつもとないさ。奴が特殊なだけだ。ファーストの弾丸やあのロシア製の電流は、霊石と霊石以外の科学的な物質や素材が用いられている。だから、俺たちの高温防御が通じる。だが、純度100%の霊石に対しては、俺たちの霊石が同じ生命エネルギーの塊で危険はないと判断し、能力が発動しない。気をつけろ」

 なるほど。だから、あの二人の『殺戮機械少女』もレイピアの先端を霊石で尖らせていたのか。ファーストが助けてくれていなかったら、やられていた可能性が高かった。

「とりあえず了解。で、お前あいつ知ってんだろ。何者なんだよ」

「……『殺戮機械少女』専門の殺しのプロだ。ついでに霊人れいじんだ」

 れいじん? と、聞き慣れない単語に首を捻った俺は、首根っこを離されてようやく地面に足をつけた。

 竜次は拳の骨を鳴らして語る。

「奴は生まれながらに霊石を心臓とした、世界で唯一の霊人一族の人間だ。そして、霊人は心臓を霊石とし、全身に膨大な霊石エネルギー、つまり生命エネルギーを循環させる。それによって超人的な肉体が手に入るわけだ」

「だが、ファーストも『アルカサル』も、奴の霊石エネルギーを感知していなかったぞ」

「霊人は後天的に小さな霊石を埋め込まれ、機械化された『殺戮機械少女』とは違う。霊石エネルギーの扱いが達人なんだ。それこそ、霊石エネルギーが外に一切漏れないようにすることもできる。生まれながらにして霊石を宿しているが故だな」

「……ってか、俺も心臓が霊石なんだけど。俺、霊人なの」

「お前は少し違う。この戦いを生き残ったら―――教えてやるさ」

 竜次は俺の肩を叩いて喝を入れてくる。死ぬなよ、という思いが込められていることが分かった。マッチョで変態で気持ち悪い奴だが、こいつが味方だということは肌身で感じ取れていた。

「哲人。能力にばかり頼るな。まず奴のスピードについていけなければ当たらない」

「……つっても」

「いいか。霊人の超人的運動能力は、霊石エネルギーを体内に循環させているからだ。俺たちにも霊石がある。特に、お前も心臓は霊石だ。ポテンシャルだけなら、お前は奴と互角のスピードが出せる」

「ようするに、霊石エネルギーを利用できないとだめなのね。どうすりゃいいんだよ」

「俺を信じて、物質Nを使わずに肉弾戦をしろ」

「肉弾戦?」

 霊人の篤史は日本刀を軽く振って、肩の調子を確かめている。こちらのことなど歯牙にもかけていない。この余裕ぶった態度を利用して、俺は今の内にできうる限りの成長をしなければならない。

「心臓は血管を通して血液を供給する。心臓代わりの霊石も血管を通して霊石エネルギー、つまり生命エネルギーを供給している。血を多く体に巡らせる方法は何だ。―――運動さ。慣れてくれば、敵と相対しただけで霊石エネルギーは活発になり、戦闘力が上がる」

「あれか。F1ドライバーがピットに乗った瞬間、心臓の拍動が上がって多く早く血液を体に供給するようになるのと一緒か」

「そうだ。訓練と実戦の積み重ねで、俺たちもそれを扱えるようになる。霊石エネルギーを一層供給できるようになる。だが、今のお前はできない。コツコツ身体を動かして、身体に教えてやるんだ。もっと霊石エネルギーを出さないと、死んでしまうってな」

「その前に死にそうな気もするけどな」

「諦めるか」

「ふざけろ」

「それでこそマッチョだ。自分の筋肉を信じろ。マッチョにできぬことはない」

 言って、竜次は弾丸のように一直線に飛んでいった。

 冗談きついぜ。俺は遅れるように飛び出して、とりあえず竜次に言われたとおりに能力を使わず肉弾戦に挑んだ。しかし、次元が違う戦闘についていくことができない。竜次のアッパーを避けた篤史の後頭部に、背後から飛び膝蹴りを炸裂させる。しかし、俺の膝小僧は空を切り、滞空した俺の襟首を竜次が引っ掴んで投げ飛ばした。

 転がっていく中で見たのは、いつの間にか腰をかがめて刀を振るっている霊人篤史の姿だった。しゃがみ込んで俺の膝蹴りを回避し、その屈んだ状態で俺を斬り捨てようとしていたのだ。

 まじか。まったく歯が立たない。

 思わず立ち止まったその時、怒声が響いた。

「動き続けろ!! 止まるな!!」

「っ」

 竜次の言葉に足が動いた。この危機的状況を何とかするには、あの変態マッチョの言うことを聞く他にない。俺は竜次の命令通り、能力には頼らずに突っ込んでいってひたすら拳を振るった。当たらない。カウンターが返ってくるが、竜次が必ず俺を咄嗟に投げ飛ばして助けてくれる。俺を一時的に戦線離脱させた後は、竜次一人で霊人篤史と肉弾戦を互角に繰り広げていた。

 こいつ、まさか光と戦ったときに手を抜いていたのか。

 あれだけ光の攻撃を受けておいてなお、俺を庇いながら霊人との激闘に対応できている事実に、生唾を飲み込んだ。底が知れない強さである。

 俺は何度目か分からない戦線離脱の後、またもやすぐに駆け出した。息切れが激しい。だが、それでも言われたとおりに身体能力だけで戦闘に参加する。竜次の前蹴りを横ステップで回避した霊人篤史に、俺は背後から回し蹴りを側頭部へと叩き込んだ。

 その時、わずかにかすったような手応えを感じた。

 霊人の姿は消える。だが、竜次は初めて俺を助けようとしなかった。ニヤリと満足そうに笑って、俺を見つめている。

 俺は咄嗟に後ろへ飛んだ。

 左足の裾が切れている。だが、傷はついていない。顔を上げると、驚いた顔で俺を見る霊人の姿があった。

「―――止まるな、弟よ」

 竜次の言葉に足が再び動く。身体が信頼しているのだ、竜次のことを。俺は一気に踏み込んだ。視界がジェットコースターで落ちるように後ろへ吹き飛んでいき、気づけば霊人篤史の懐に入り込めていた。

「まじか、お前」

 霊人の驚きを無視して、俺は霊器―――日本刀の鍔を蹴り上げる。当たった。獲物が吹き飛んでいき、丸腰になった霊人の顔面に蹴り上げたままの靴底を突き刺した。

 その一撃は、はじめて俺の攻撃が当たった瞬間だった。

 ドォン!! と、先ほど俺が溶解させて壊れている食堂施設に霊人は飛んでいった。我ながら凄まじい威力だ。ただの蹴りが、どうしてここまで強力になる。

「一皮むけたな、弟よ」

 後ろから肩をポンと叩かれた。

 振り向けば、感動の涙を流しているマッチョがいた。前から思っていたが、こいつの涙腺は緩すぎる。

「人間は一定以上の運動で身体を追い込めば、心臓の拍動回数が増える。それと同じで、霊石エネルギーがばんばん全身に回っていったんだ。成長が早い、早すぎるぜ、我が弟よ」

「お前は、これをすぐ使えるのか。すげえな」

「戦場に出れば出るほど、生存本能ですぐに霊石が激しく活動するようになる。こればかりは経験値だな。だが、お前は一時的にせよ、俺達と同じ高みへ至った。―――ここからが本番だ。ついてこい、弟よ。マッスルするぜえ!!」

「上等!!」

 俺と竜次は一斉に飛び出した。今の俺なら、足手まといにはならない。霊石エネルギーが、全身に回っているのを感じる。Nが身体に回る熱さに似ているが、それよりも温度が結構低い。ぬるま湯に浸かっているような感覚が全身を支配した。

 一瞬で霊人を挟み込んだ。

 俺は後頭部への上段回し蹴り、竜次は腹部への中断回し蹴りを叩き込もうとする。しかし、霊人は振り返ることもせずに俺の靴先を左手で、右手で竜次の足首を掴んできた。

 俺と竜次の身体が浮いた。直後、二人とも片手で投げ飛ばされた。二人揃って、並んでいた装甲車の一群に突っ込んでいく。咄嗟に顔を上げれば、俺の目と鼻の先に口を引き裂いた好戦的な笑顔があった。

 やられる。

 急いで上体を横へそらした。俺の頬をかすった拳が、後ろにあった装甲車を十メートルは吹き飛ばす。

(とった!!)

 俺は顎を下から撃ち抜こうとアッパーを繰り出した。最高のカウンターが決まる。しかし、確信を持った渾身の一撃が、パシッと簡単に片手で受け止められてしまった。逃げようとするも、拳をとんでもない握力で握り締められて動けない。

 反撃が来る―――その時、銃声が轟いた。

 霊人は軽く20メートルは後方に飛んで、音源である竜次に視線をやった。竜次は、どデカいリボルバーを片手に持っていた。

「劣化ウラン弾か」

「貴様の攻撃が俺たちの霊石に反応しないだけで、俺たちの攻撃は効かないわけじゃないからな」

 霊人の全身が霊石エネルギーのみで満ちている。霊器もそうだ。だから、霊人と霊器の接触を俺たちの霊石は攻撃と見なさない。恐らく、霊石は霊石エネルギーという名の生命エネルギーを放出することからして、生命の危機・危険に対して勝手に反応してくれるのだ。しかし、霊人や霊器は純度100の霊石エネルギーの塊であり、同じ生命エネルギー同士、無害であると判断してしまうのだ。だから、オートの高温防御機能が展開されない。しかし、それは霊人と霊器からの接触なだけであって、俺たちの能力自体は相手が霊石エネルギーの塊だろうと当てることはできる。

 だが、霊石を通した科学的兵器は、霊石エネルギーを有した超人的な肉体にダメージは与えにくいらしい。事実、霊人篤史は握っていた左手を開いて見せる。カラカラと音を立てて、竜次の劣化ウラン弾が転がっていった。

「効かないわけじゃーねえが、無駄だ」

「効かないわけではないのだろう。事実、貴様は俺の劣化ウラン弾を受け止めた。まともにくらっても問題ゼロというわけではないようだな」

「竜次。とりあえず、お前が邪魔だ」

 霊人が消える。

 竜次は咄嗟に構えを取ったが、そこで俺は気づいた。いつの間にか組み倒されていて、背中に膝を押し付けられてうつ伏せで固定されている。首元には、注射器の先端が触れていることに気がついた。

「はい。終了」

 無情な声が背中から聞こえた。

 はったりだった。竜次を狙うと見せかけて、一瞬で俺に狙いを絞ってきやがった。まずい。『残りの分』を打たれる。―――俺の体温が上昇しない。なぜだ。

(そうか!! こいつが俺に触れていて、俺の霊石がこいつを危険だと判断できないのか!!)

 これを打たれた時、俺は一体どうなってしまうのだろう。俺を兵器化した以上は、俺を使って戦争でも仕掛けたい相手がいるのだろうか。だとすれば、これは俺を従順にする麻薬とか、幻覚剤みたいなものなのかもしれない。俺の正気を奪う薬かもしれない。これを打たれた時、俺は、俺でなくなることだけは何となく分かっていた。

 だが、為す術がない。

 俺は、痛みに耐えるために思わず目を瞑った。



「石あって賢者なしとは、まさにこのことか」



 声が聞こえた。聞き慣れた声だった。懐かしく、子供の頃の時間を思い出す。

 注射器が、打ち込まれない。

 俺は首を限界まで回して、背中の上で何が起こっているかを見た。霊人の右肩に後ろから右手をのせている男がいた。今にも俺に注射器を打ち込めそうな霊人は、無表情に固まっている。動かない。いや、動けないのだろうか。霊人の背後にいる男から、尋常じゃない殺気を感じる。

 ぱっと、そこで霊人が消えた。

 霊人は大きく距離を取って、突然現れた男をじっと睨んでいる。

「愚人は悟る時がない。よしんば賢者の石を得たとしても、石あって賢者なしというやつさ」

 男は軽々とドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名作『ファウスト』の一節を諳んじた。悪魔メフィストフェレスが人間を馬鹿にした文言である。

 変な奴だ。

 そして、その変な奴を俺はよく知っていた。

 長身痩躯の日本人。ボサボサの黒髪で、ヨレヨレの白衣を着ていて、哲学者のくせに何で白衣を着ているのか、いつも不思議でたまらなかった男だ。

「親父」

「久しいな。てつ

賢者の石を得たとしても、石あって賢者なし→霊石という強大な力を持っていても、それを持っている篤史は愚か者、というパパの皮肉です。

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