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第十話 アロハシャツ

 俺に化学物質Nを投与した組織の『殺戮機械少女』を撃破後、俺は眠っている光を見守って、ファーストとも少し絆を結んだ。エマさんたちが逃げおおせた『アルカサル』メンバーとアリスに連絡を取り、光を『アルカサル』提携病院へと運ぶために駐屯地から出ていって、一件落着したはずだった。

 俺は、ファーストと二人になった。

 目の前には、俺とくだらない話の掛け合いをしていたファーストがいた。やれログハウスはどう弁償する気だの、やれ本当に今後の国防任務の報酬を渡すつもりはあるのかだの、なんてことのない話をしていたのだ。

 その時だった。

 ファーストの腹部から日本刀が生えたのは。

 え、と事態を理解できていないファーストが、無理に笑って背後の影に言葉をかけた。

「なんで、……あなたが、ここにいるのよ」

「―――まったくだ。どいつもこいつも使えやしねえ」

 日本刀が勢いよく抜き取られ、ふらついたファーストは俺の胸に落ちてきた。咄嗟に抱きとめて、血を吐き出している彼女に声をかける。 

「……なんだよ、これ」

「私が、聞きたい、くらいよ」

 顔を上げる。

 そこには、男がいた。『殺戮機械少女』ではない。ファーストが気づかなかったうえ、『アルカサル』から霊石反応の接近連絡もなかった以上、こいつは霊石を有した存在ではないはずだ。

 短めの黒髪をセンターパートにした、日本人だ。アロハシャツに赤いカラーレンズの丸メガネをかけた、チンピラ風の男。そいつは刀に付着した血を振り下ろすことで払うと、俺とファーストを見下ろして口を開いた。

「あー、ルーナとリリィは死んだか。使えないねえ、『殺戮機械少女』ってのは。能力に頼りっぱなしだからだ。可哀想によ」

「何だ、てめえ」

「切れてるな。落ち着けって。死ぬ前におっぱいでも触っておけよ、もったいねえぞ」

 俺は自分を見失った。

 右手の五本指全てを突きつける。最大出力でNを放射した。遠方の食堂施設が真ん中から溶解し、ドロドロに溶け落ちていく。

 しかし、声が聞こえた。

「何でてめえが切れるんだ、最近のガキは分からねえな」

「……」

 避けやがった。霊石のない、ただの人間のはずだ。なのに、こいつは俺の熱放射を回避して、いつの間にか俺の背後に回っていた。距離は十メートルほどだ。俺はファーストを寝かせると、出血のひどい腹部に手を添えた。

「い、い……から……放って、おいて……私には、お似合いの最後、だから……」

「黙ってろ。ぶっ殺すぞ」

 我慢しろよ。

 心の中で呟き、一気に傷口を燃やす。火傷で傷が塞がることは素人ながら知っていた。絶叫を上げたファーストは、あまりの痛みに気を失って眠ってしまう。これで、死ぬことはないはずだ。

 立ち上がり、俺は男と向かい合った。

「……何なんだよ、あんた」

「そうドスの効いた声を出すな。おじさんも男だ、うっかり殺してやろうかと思っちまう」

「……」

「はは。意外といい子じゃねえか。いいぜ、教えてやるよ」

 男は日本刀を足元に落とすと、タバコを取り出して火をつけた。

「まず、ファーストの『アルカサル』壊滅のクライアントが俺だ。俺はファーストが『アルカサル』で暴れてくれている間に、てめえらが殺したリリィとルーナをお前を捕まえるために放った」

「……で?」

「だが、予定がどんどん狂っていきやがった。ファーストが『アルカサル』を本格的に襲う前に、お前が『アルカサル』に保護され、ファーストを使った意味がなくなった。俺はリリィとルーナをお前とロシア製初号機のいない間を狙って『アルカサル』に放ち、お前をおびき出した。ウラン製とやり合ってくれて、ロシア製はだめになってくれたから助かった。戦えるのはお前一人だけ―――その状況が欲しかった」

「なぜだ」

「こいつをお前に打ち込むため」

 男は、アロハシャツの胸ポケットから注射器を取り出した。なるほど。こいつらは俺を狙っていて、俺を確実に捕まえるためにファーストに依頼して『アルカサル』を攻めさせた。しかし、俺が『アルカサル』に保護されて予定が変わり、俺と光がウラン兵器型『殺戮機械男子』と戦闘中に、『アルカサル』へあの2体の『殺戮機械少女』を放った。ウラン兵器との戦闘で光の戦力を削り、俺を一人にする計画。

「お前のNは、お前が危険だと感じた物理攻撃に対して体温を瞬間的に数千度にまで引き上げて防御する。言い方をかえれば、お前が意識を失ってさえいれば、危険だという感覚が働かないから、Nのオート防御は発動しない。そこで、お前一人をリリィとルーナにボコらせて意識を奪った後に、こいつをお前に打ち込んでもらう予定だったのよ。あいつら、お前一人に対しては強いんだぜ」

「……」

「リリィの音波攻撃は、お前が体温上昇でどうこうする前に効く。爆発みたいな強い圧力上昇が起こると、それは圧力増加を伴う波になって音速以上の速さで伝搬する。これが衝撃波だ。音響機器はフィンガークラッチを媒体に衝撃波が生み出せる。指で弾き出した音を相手の体内に浸透させて、『体内から衝撃波を発生させる』ことができる」

 音響機器は俺と相性が悪いらしい。体外の危険な物理攻撃に対してのみ発動する高温防御は、体内からの脅威に迅速な反応はできない。先ほどのマッチョウラン兵器の劣化ウラン弾を食らった時も、似たような状況だった。劣化ウラン弾自体は食らっても大したことはなかったが、体内に放射性物質や酸化ウランが浸透し暴れ回った際には身動きが取れないほどのダメージを負った。俺の肉体は、体内からの攻撃には弱いことを学習した。

「くわえて、ルーナは耐熱素材に特化した防御ができるから、お前の攻撃を受け止めることができる。あの二人のレイピアの先端は、霊石を素材にしているから、お前のオート防御は発動しない」

「なんで霊石を素材にしていると、俺の防御が発動しないんだよ」

「そこまで教える義理はない。ちっとはてめえで考えろ」

 篤史はため息を吐き、最後にぼやいた。

「だってのによー、この結果はあんまりだぜ」

 この男の計画にイレギュラーが混じったのだ。ファーストが俺の味方になって、2体の『殺戮機械少女』を撃破してしまった。だから、俺とファーストが二人きりになった不意をついて、邪魔なファーストを刺した。

「どんだけ俺に注射したいんだよ。お医者さんごっこか、コラ」

「遠からずってとこだな。打たれてみれば話は早いぜ」

 タバコをふかす男を前に、俺は熱放射の構えを取った。だが、相手は片手を突き出して制止のポーズを取ってくる。 

「あー、やめろやめろ。俺は、お前に『残りの分』さえ打てればいいんだ。無理にやり合う必要はねえ。痛いのは嫌だろう」

「おちょくってんのか、おっさん」

「気遣いなんだがなあ。おじさん残念だわ」

 俺は容赦なく熱放射を発動する。奴は愚かにもタバコを吸っている。当たれば、火種を通して大爆発を引き起こせるはずだ。逃げ場はな―――



「やめろって、おじさんは言ったからな。クソガキが」



 耳元で響いた声に、俺は思考が止まった。

 側頭部に衝撃が走る。俺の背中に回っていた男の、綺麗な回し蹴りが炸裂したのだ。

 攻撃を無力化、できない。体温上昇の防御が発動していない。

 意識を失いかけた俺は、ごろごろと転がっていくも、気合で立ち上がった。がくがくと膝が震える。必死に拳で太ももを殴りつけて、踏ん張り続ける。

 何だよ、今の一撃は。

 立っているのでやっとだ。そもそも、なぜ俺の体に打撃を与えられる。

「……遅ぇな。てっきり来るとばかり思っていたが、何だ。警戒して損したな」

「あ?」

「何でもねえよ。こっちの話だ」

 男は首の関節をコキコキと鳴らして、軽く腰を落とした。まばたきをしていないのに、一切男から目を離していないのに、男の姿が消えていた。

 カチャ、と音が聞こえた。刀の置いてあった場所だ。見れば、先程の場所に一瞬で移動しており、タバコを吸うために置いていた獲物を取った音がした。

(早すぎる)

 異常だ。あの早さは。ウラン兵器の男も相当に早かったが、慣れさえすれば光は反応できていた。移動のぶれとか、助走とか、そういう予備動作くらいなら俺も察知はできた。

 しかし、こいつは全く目で追えない。視覚の反応速度を圧倒的に超えており、脳に見ているものの情報が伝達されるより早く移動していると言える。脳の処理速度を圧倒する―――まさに神速だ。

「あんたが俺を狙っていることは理解した。だがな、納得いかねえことが一つある。あんたは何者だ」

 男はくわえていたタバコをぺっと吐き捨て、一言。

「『ナチスの一族』のリーダー」

「……意味分かんねえ説明してんじゃねえっ!!」

 スピードでは圧倒的に不利だ。敵うはずもない。だが、相手が純粋な肉弾戦しか攻撃方法がないことは分かる。俺は拳を高温状態に高め、全身の体温を上昇させる。

 一発もらって、カウンターで一発返す。殴られたときがチャンスだ。耐えて、何とか一撃だけでも入れる。

「来いよ、クソ野郎」

「おいおいおい。若いからって勢いで生きてんじゃねーよ。痛い目見るぜ」

「やってみ―――」

 ゴキボキメキィ!! と、骨の砕け散った音が体の中で響いた。気づけば、俺の脇腹に男の拳が深々とめり込んでいた。視界が真っ白になる。それでも、俺は無意識に右拳を真下に勢いよく振り下ろしていた。

 手応えは、ない。

 見上げれば、少し離れた位置にバックステップしていた男がいた。余裕の笑みを浮かべていて、俺の側頭部に右回し蹴りを決め込もうとしている。

「喜べよ。お昼寝の時間だ」

 まずい。

 もう一発くらえば、確実に意識が落ちる。

 ガァンッッ!! と、金属同士が衝突したような音が響いた。俺の目と鼻の先で、だ。俺と男の横に割り込んできた太くたくましい左足が、男の伸びきった右足と衝突して、俺にヒットする寸前だった回し蹴りを受け止めてくれていた。

「一つ答えろ」

 俺は、俺を助けたそいつの顔を見る。短い金髪をオールバックにした、筋骨隆々の白Tシャツにジーンズの大男。

「―――貴様は、マッチョか」

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