第9話 間隙
――こう結論を出したからには、僕はこれを証明しなくてはならない――
その『証明』が意味するところは、アリスに分かりすぎる程分かった。つまり、彼は……
「そう、僕はこの思想を証明するために、この命を終えるんだ。」
彼女の予感を数馬が代弁した。彼の声は衝撃をもって彼女の内に響き、体中を駆け巡って浸透していった。
「言うなれば、僕はこの思想のために死刑台に上がるんだ。この思想が僕を、そこに至る最後の階段を押し上げるんだ。いや、この思想が断頭台そのものって言ってもいい。これこそが僕の命を断つんだ……。」
この哀れな若き思想家は、少なからず興奮していた。彼のすぐ隣で、アリスはその熱を肌で感じた。
「素敵……」
それはたった一人の聞き手の、率直なる感想だった。熱くたぎった青年思想家の興奮は、黒衣の少女にも伝搬して、それは堰を切ったように溢れ出した。
「あなた! 素敵! 素晴らしいわ! そんなことの為に死ぬなんて! あ、いえ。別にあなたの思想を否定しているんじゃなくって……。むしろ感動してるの。まさか死ぬ理由がそんな……そうことだとは思わなかったから。」
アリスは瞳を潤ませて、数馬がちょっと驚くくらいの恍惚とした表情を見せた。思った以上の少女の反応は数馬を喜ばせた。
「ありがとう。君にそんなに感激して貰えて嬉しいよ。とても光栄だ。」
そう言いつつも悲しみをどこかに宿してこう続けた。
「……僕の死も多少は報われる……」
若者の口から漏れたその言葉は、アリスに背筋に鳥肌が立つ程の感銘を与えた。下瞼によって食い止められていた一滴は、この一撃によって遂に流れ出した。普通の人には理解し難いことかもしれないが、ここが彼女の感動の“ツボ”なのだ。そのたった一言に凝縮された儚さ、悲哀、死の影こそが、先に出てきた彼女の求めていた『特別なこと』なのだった。
そして暫く、二人の間に奇妙な空気が停滞した。
不思議とそれは、二人の微妙な心理状態を表わすかのようだった。高潔たる青年の“死”を祝福し歓喜をもって迎えようとする心と、常識で見れば意味がないであろう若すぎる“死”を惜しみ拒絶する心。この相反する二つの心情の混在だった。
彼らは、隔たりあるこの二つの心情で揺れ動いた。一方でそれを称えたかと思えば、また一方においてそれを戦慓した。これは各種宗教において大いなる命題である、『“信仰”か“猜疑”か』という問題と似ているとも言える。兎も角二人は、この両端の心の間隙で絶えず揺れ動き、板挟みになっていたのである。




