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第7話 暗明

 アリスは漠然と思考を巡らしながら、この窓の高みから眺め得る夜景に見入っていた。廃墟の敷地から遠く山の麓まで、住宅街の決して強くはないほのかな灯りがまばらに埋め尽くしていた。灯りは所々、道路に連なる車のライトや川の暗がりによって切り込まれ、大型店舗、パチンコ店、ホテル等のシルエットが点在した。そして少しでも視線を上げたならば、山の黒い影を境にして、また仄かな星の灯りが空を埋め尽くしているのだった。

ねえ、というアリスの呼び掛けが、数馬のまぶたに映った人物像を掻き消した。

「夜景が綺麗……」

数馬はつられてゆっくりと振り返った。彼の目にも、天と地の輝きに挟まれた世界が広がった。

数馬は、少女が傍らで窓枠から身を乗り出さんばかりであったのを見た。そして彼女の顔が、純粋に美しい夜景に喜ぶ女の子とはどこか違った表情であるのも見て取った。それはどこか哀しげであった。


「この灯り、一つ一つに誰かしらの家庭があるんだね。」

アリスは住宅街の灯りを指して言った。

「この灯り一つ一つにそれぞれの生活があって、毎日笑ったり泣いたり……絶望したり歓喜しながら生きてるんだね。」

彼女の言葉の意味が染みて来るのを、数馬は感じた。

「君は以外とロマンチストなんだね。」

「そうかしら」

とアリスは微笑を浮かべた。その態度に眉をひそめて数馬は言う。

「この灯り一つ一つに、人々の人生ドラマがある。一家団欒、楽しい時間があるかと思えば仕事や勉強に挫折したり、人間関係に悩んだり……。でも、それでも彼らは一生懸命に生きている。だからあの灯りは美しい。……君はそう言いたいんじゃないの?」

アリスは「んー」と唸るように考える。

「ちょっと違うかな……」

「ちょっと違う?」

「そう、ちょっと、ね」

あやふやのままはぐらかすように、アリスはそう言って笑みを浮かべ、数馬を上目遣いで見た。これらの仕草は数馬の内に、アリスへの興味を掻き立てるのに十分な効果をもたらした。彼は彼女を見つめ、静かに説明を待っていた。本当はそこまで喋るつもりのなかったアリスだったが、彼の求める視線が自然と彼女の口を開かせる。

「言ってみれば……この一つ一つの灯りが、まるでそこに暮らしている人の命のともしびのようじゃない? それも息を吹き掛けたら簡単に消えてしまいそうな程朧気おぼろげな灯り。」

そこまで言ってアリスは相手の反応を窺う。

「この人達は確かに一生懸命に生きている。毎日をそれぞれのやり方で、骨や肉を削りながら、心をすり減らしながら、ね。でも、いつの日にか、死が訪れるの。」

アリスはまた、ちらりと数馬の表情を伺った。

「それも確実に……だからはかなくて美しいの」

彼女の言葉は夜の闇に混じって儚げな和音となり、二人のいる暗い室内を巡った。

「そうなんだ。人ははかないものなんだ。」

青年のその囁きは、殆ど自分に言い聞かせるようであった。

「人ははかないものなんだ。人は弱いものなんだ。人はもろいものなんだ。……そして孤独なんだ。」

 彼は窓枠にそって立ち、遠くの方を眺めているようだった。アリスには、彼が地上ではないどこか――それがどこだかは彼女にはわからなかったが――を眺めていると直感した。

 広い夜空を雲がゆっくりと横切るような、焦れったい程の間があった。

「僕はここに死にに来たんだ。」

と、それがごく普通の会話であるかのように青年は喋った。数馬の心が造り出した少女との間の高い壁は、これまでの対話でいつの間にか崩されていた。

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