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第6話 孤独

 反対方向を向いて並んだ二人の間には、先程アリスが口にした不吉な言葉の余韻が中空を漂っていた。

――誰かの死だとか――

アリスが発した言葉の響きと眼差しが、数馬の頭でリフレインしていた。

 彼女は何かを知っている。少女の言葉の響きと意味深げな目付きから、数馬はそう判断せざるを得なかった。どうしてかは知らないが、この『アリス』と名乗るふざけた名前の少女は、俺の秘密に何か感付いたようだ。問題はどの程度のことを知っているのか、またどうやったら彼女を追い払えるか、ということだ。

 暗さで満たされた部屋の空虚を見つめながら、数馬はそう考えた。しかしながら、窓辺に手を付いて憂愁の夜に眺めいる漆黒の少女を見ていると、彼の目論みは到底実現不可能なように感じられた。彼女の身に纏う黒は、動かしがたい何かを感じさせたのだった。数馬の胸で軽い苛立ちと仄かな炎が沸き起こった。

「それは何?」

その言葉にはそんな彼の気持ちが批判的な口調となって、包み隠さず塗り込められていた。

「それって?」

だが、アリスはそんな数馬の心情には一切気付いていない声色だった。

「その格好……その服のことだよ」

「ああ。これね。」

彼女は自分の着衣を一瞥いちべつした。

「これはビジブル……」

数馬にはアリスの返答の意味が分からず、問いたげな表情を作った。アリスは直ぐに彼の疑問を察した。

「Gothic And Lolitaゴシック・アンド・ロリータ

アリスはわざとらしくネイティブな発音で言ってみせた。ああ、と数馬は納得の声を上げる。

「ゴシックロリータ……ゴスロリってやつだね……。いわゆる……メイドさん?」

数馬の疑問に、アリスは無邪気な高笑いを上げた。そして

「違う違う。メイドさんとは全然違う。」

と可笑しさをこらえて否定した。数馬には、そうなんだ、と相づちを打つしかできなかった。それがどういったものであるかも、なんで彼女が笑うかも分からなかった。つい先程あった彼女への怒気も、その乾いた笑い声に掻き消されていた。数馬を下から覗き込みながら、アリスは勿体ぶって語りだした。

「ゴシックロリータはメイドさんなんかとは違うよ。全然別なもの。私は別に誰かのお手伝いとかしないし。ゴシックロリータはゴシックロリータとして一つのジャンル……って言うか文化なんだよ。サブカルチャー?って言うのかな。だからゴシックロリータをメイド服とかと一緒にしないで欲しいな。」

皮肉を含んでそう言い切った。数馬はまた相づちを強いられることになった。そんな数馬にはお構いなしに続ける。

「でもね、それを分かってくれる人は少ないの。」

数馬は、小柄な少女の横顔に物悲しい影を見た。それは人に見つめられることを忘れられた真夜中の三日月のような、どこか寂しい影だった。

「この服ってね、一見優雅で豪勢に見えるかもしれないけど、ある人達には見えないの。ううん、そうじゃなくて。視覚では見えるんだけど認識されないって言うのかな。本当は見えてるんだろうけど、無かったことにされるの。電車とか乗っててね、ちらっと一瞬見るんだけど、何事も無かったように直ぐに顔を背けられる。それが結構あるんだ。で、それって陰口されたり批判的なことを言われるよりも堪えるんだよね。ああ、私ってこの人達にはいないことになっているんだなー、って。分かるかな? この気持ち……」

「人っていうのは孤独な生きものなんだよ。」

数馬は何故自分の口からそのような言葉が出たのか分からなかった程、それは自然と声と成って出てきた。アリスの少々驚いたような黒い眼差し、彼自身に張りついた空気が言葉の先を促した。

「人は、それほど他人には興味が持てない生きものなんだよ。だから、自分に理解できないものは排他しようとする。自分の生活や思考からね。人ってのは、そうゆう悲しい生きものなんだよ……」

僕やおそらく君自身をふくめて、と数馬は締め括った。そうなんだね、とつぶやき夜景を見つめながら、少女は物思いという海に沈んでいった。

 そうなんだ、と青年も青年で心の中で溜め息混じりに吐き出した。彼の瞳に、ソファーに座ってテレビを見る人物の背が映し出された。それは彼の父親だった。時間のすれ違い。言葉にしてしまえば、たったそれだけの理由だった。でもそれは決定的な理由だった。『父さん』。彼を最後にそう呼んだのはいつだったろうか……。







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