第10話 陽光
この奇妙な沈黙を破ったのはアリスだった。ねえ、という彼女の呼び掛けに数馬が応じたのを聞いて静かに語り出した。
「私があなたの考えとその行動を認めてる……称賛しているっていうのは分かって貰えたと思うんだ。」
アリスは小さな頭を傾けて数馬を伺った。
「うん、その通りだよ。」
「よかった……。それが分かって貰えてないと、これから私が言おうとしていることの意味合いが変わって来ちゃうから。」
アリスはどこかためらいがちな様子だった。
「まだ私の中でうまくまとまってないから、ちゃんと伝わるか分からないんだけど。……でも、今言わないといけないと思うから言わさせてもらうね。」
数馬は彼女が何を言い出すのだろう、と思って思わず彼女を見つめた。そしてどうぞ、と促した。黒いブラウスに覆われた胸で深く一息つくと、アリスは以下のことを語り出した。
本当はこんなこと言うの、柄じゃないだけど……。実は私も人生は生きるに値しないって思ってた。とはいってもあなたみたいに論理立てた結果の結論とかでなくて……。直感? って言うのかな。兎に角、私も基本的にはそう思っているわけ。
でもね。(ここで少し間を空ける)それとは全く違った……(アリスは言葉を探している様で、暫し沈黙した)何と言うのかな、感情っていうの? そうゆうものも同時に私の中にあるの。
だからってさっき言ったことが嘘、という訳じゃなくて、どっちも私の中に存在する。どっちも本当に思っていることなの。
で、そのもう一つの感情っていうのはね……(アリスは再び言葉を選んでいるようだった)日常っていうのは、ささやかな喜びに溢れているっていうこと。例えば早朝。まだ、日が昇る前で、辺りは真っ暗。でもその暗闇は……とっても澄んでいるの。わかる? 私の言っていること? 長すぎる夜が、すっかり……純粋な黒に世界中を真っ黒に染め上げてしまった、って言うのかな。でも、そんな清らかなる闇の世界も、終わってしまうの。間もなくやって来る、太陽によって。徐々に薄らいでくる闇の世界。今まで、とっても強く圧倒していた黒の世界が、とっても儚くなってしまう瞬間。それはとっても僅かの時間。とっても僅かだけれども、とっても神聖な時間。神秘に満ちた時間。光は少しずつ少しずつ、本当にじれったい位のスピードで、その支配を増していくの。
そしてついには、両者は逆転してしまう。この時、闇は世界の半分より向こう側へと追いやられてしまう。今まで……我が物の顔で……世界に君臨していた闇が。とっても呆気ない程にね。
そのころになると、もう地平線の向こうには太陽が頭を出しているの。おはよう、みんなって言っているかのように……。ねえ、これだけの奇跡が毎朝起こっているんだよ。それも多くの人がまだ布団の中で寝ていて、それを全く知らない内に。これってとっても素晴らしいことだと思わない? だってそうでしょ? これだけの神秘が毎朝毎朝……ずっとずっと昔から……騎士が馬に乗って走っているとき、侍が刀を振るっていたときから……いいえ、いいえ、それよりももっとまえから……人が生まれる前から続いている。
そう考えると、私はとっても堪らなくなる。私はとっても叫びたくなるの。おはようさん、太陽! とかってね。実際は言わないんだけど、本当は言いたくて堪らない。変なこと言ってるけど、そうなの。だから心の中で出来る限り、本当にありったけの声で叫んでやるの。おはようさん、太陽! ってね(彼女はこの挨拶を実際に大声で叫んだ。少年を驚かせるくらいの声で)。それで……それで……私は……泣き出してしまう時もあるし……。別に何にも悲しい訳じゃないんだけど……そう、とっても感動して、泣き出すの。
だから……だから、それだけでも一日一日は生きるに値すると思う。だから、あなたの一日一日だって、きっと生きるに値すると思うの。だって……太陽は……皆に同時に訪れるんだから。あなたにも太陽は訪れているんだから。だから……だから……きっとあなたの一日一日だって生きるのに値する!
……それに折角あなたのような人に出会えた訳だし……会って直ぐにお別れ……それも永遠のお別れなんて……凄く寂しいな……。
本当はこんなこと言うのは柄じゃないんだけどね、とアリスは照れ笑いしながら話し終えた。




