第1話 廃墟
夜の暗がりの中に、その廃墟は暗灰色の姿を浮かべていた。その寂寞たる建築物は異様とも言える不気味さをそのモルタルの表面から醸し出し、人が寄り付くのを拒むのだった。
もしこのような時間帯に誰か脇を通る者があったならば、時々思い出したように吹く風によって、何かが軋む音に謂れのない薄ら寒さを覚えただろう。また廃墟を囲む無機質なフェンスは、一層人が寄り付くのを拒んだ。強い陰鬱な雰囲気を身に纏ったその廃墟は、深い森の中の忘れ去られた孤高の古城さながら、近寄りがたい風情と怪しげな静寂という鎧によってひっそりと守りを固めていた。
その様な訳で、本来ならば誰もこんな所へは好き好んで入っていこうと思わないだろう。ましてや、すっかり日が翳り、街の基調が闇へと転じた今の時間ならば尚更のことだ。
だがこの時、廃墟となったビルの一室には二人の人間が存在した。
二人のうちの一人は青年だった。彼の名を数馬といった。青年はこの日この時、“決して小さくない困惑”を抱いていた。その“決して小さくない困惑”の要因は、大まかに次の三つに分類できた。第一の要因は、彼、数馬自身が非常に重大な目的の為にここへ来ていたということ。第二は、誰も来ないと思っていたこの場所に訪問者、つまり彼の目的にとって思わぬ邪魔者があったということ。そして第三の原因――それはこの廃墟にいる二人目の人物にして彼の目的を阻害している人物。それが少女だったこと。しかも彼女は“アリス”と名乗る、少々普通の人とは違った感性を持つ、黒き衣服に身を包んだ少女であったということだ。




