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巡りの星  作者: shishy
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もう一人の上司

 勤める会社がテナントとして入ったビルは比較的新しく、エレベーターロビーはピカピカに磨かれていて、海外から戻ってきたばかりからか、なんだか別の会社に来たようなよそよそしさを自分の中に感じた。

 エレベーターに一緒に乗り込んで18階のボタンを押したアサダさんに私は言った。


「あれ?アサダさん、間違えてますよ、会社は17階ですよ?」

 私の言葉を聞いたアサダさんはあっけらかんと言葉を返す。

「へ?何言ってるの、うちの会社は18階。だいじょぶ?」

「え?」


 困惑して言葉に詰まっていると、エレベーターはあっという間に18階に到着した。扉が開くと、会社のロゴと受付の場所へと誘導するサインが目に飛び込んできた。

「あ、あれ?いつのまに18階になったんです?引っ越ししたんでしたっけ??」

「ちょっと、まだ言ってる。うちの会社はずっと18階だってば。そんなことより、ほら、エレベーターから早く出てきなさいよ。」


「あ、は、はい」私はエレベーターから降りて、なお混乱している自分の頭を落ち着かせようと頬を手のひらでペチペチと叩いてみる。その様子を見たアサダさんはクスッと笑って、すぐに会社の入口に向かって歩き出す。私もその後に続く。

 

「・・・おかしいな、気のせいか。いや、でも・・・」

 未だ納得のいかずにぼやく私のことは気にとめず、アサダさんは会社の入口から入って、少し奥の会議室にまっすぐ向かっていった。私もこれからの会議に意識を向かわせなければいけないと、いつまでも気にすることはやめた。


「あの、今日の会議って、橋爪部長からどんなお話しがあるんでしょう。」

「さあね、実は私も未だよく判ってないのよ。」


 私の上司であるアサダさんの更に上司にあたるのが、橋爪部長だ。会社設立以来のプロパー社員で、25年間会社一筋、第一線で会社の屋台骨を支えてきたことから経営層から絶大な信頼を得ており、もうすぐ役員に昇進するというもっぱらの噂だ。非常にやり手であるのは間違いなく尊敬すべき人物ではあるが、部下にはとにかく厳しい。自分が何でも出来るから、部下に求める仕事の質がえらく高い。私も大声で怒鳴られたことも何度かあるし、周りの同僚からはオニヅメ部長と揶揄され恐れられてもいた。


「そうなんですか・・・。いやだな、部長の機嫌が悪かったらどうしよ。」

 私の心配ごとを聞いたアサダさんはまた意外そうな顔をして振り返り、首をかしげながら言う。

「あの部長が?なにいってるの、仏の橋爪部長の機嫌悪いところなんて、見たことも聞いたこともないじゃない。」

「ええ??それはないでしょう、アサダさん!こないだ一緒に怒られたじゃないですか!ほら、次世代サーチエンジンを実装したウェブキュレーションサイトの納品の手違いで大激怒。」

 「はい?その件は部長が一緒になってクライアントに謝ってくれて、必至に私たちをかばってくれたじゃん。クライアントも最後は笑顔で丸く収まったし。そのあとも飲みにまで連れて行ってくれて、私たちを優しくフォローしてくれたじゃない。」


「え?なんです、それ?」

「シッ!ほら、会議室に部長いるよ…!」会議室の目の前に立ったアサダさんは人差し指を口に当て、顔を私に近づけながら目を覗き込み、声を出す私をたしなめた。その時、不意にアサダさんの黒い瞳の奥に、私が今まで感じた事のない親密な雰囲気を感じ取り、混乱した私の感情はさらに大きく揺れ動く。


 アサダさんが会議室の扉を開けて中に入るなり、少しトーンの高めの声を上げた。

「おつかれさまです、橋爪部長、ただ今戻りました。」

アサダさんの呼びかけに、落ち着いたトーンの男性の、柔らかな声が返ってくる。

「おおアサダさん、お疲れさま。イナダ君もいるね。」


 その声の主は、当然私の知る橋爪部長なのだが、そこにいたのは私の知る橋爪部長ではなかった。いや、正確には、見た目も声も橋爪部長そのものであるが、そに瞳の柔らかさ、そして、その柔和な表情や仕草から感じ取れる人物全体の雰囲気からは、これまで、何度も鬼の形相で詰められてきたあの敏腕オニヅメ部長の面影は微塵も感じられず、包容力と思いやりに満ちた、なんというか、すごく暖かみに満ちた、理想の上司の姿そのものだった。


「ん、どうした?イナダ君。何を驚いてるの?」

 橋爪部長に問いかけられ、慌てて平静を装うように返事を返す。

「い、いえ、何でもありません橋爪部長。ただ今視察から、戻りました。」


 少し様子のおかしい部下の具合にも、穏やかな瞳の優しい笑みで応える、素敵な橋爪部長。「いやあ、悪かったね、海外出張中に突然呼びつけてしまって。」


 柔らかな声のトーンに影響されてか、私の心も徐々に落ち着きを取り戻していき、部長に応える。

「いえ、それほど大事な要件ということで、量子テレポーテーションで飛んで帰ってきました。」


「ふふふ、イナダくんったら、しばらくテレポートボケなんですよ。」すかさずアサダさんが付け加える。


「そうか、それはご苦労だったな、もう大丈夫かい?」気遣いの目を向けてくれる橋爪部長に対して、心配を掛けてしまったことに申し訳なく思う気持ちが突如膨らむ。これまでに抱いたことの無い感情だった。

「は、はい、もう、大丈夫です!ちょっとだけ、混乱してしまったみたいですが、すっかり良くなりました!」

 その言葉を聞いた橋爪部長は笑顔でうなずき、話を続けた。


「ホログラム通信ができるこの時代に、二人に直接話をしたいだなんて、驚いたろうね。しかも、イナダくんは海外出張中に呼び戻されてまで。」橋爪部長はアサダさんと私に交互に目を向ける。

 アサダさんもよほど、この素敵な橋爪部長のことを信頼しているに違いない。部長の問いかけに、なんだか乙女のように素直で潤った瞳で受け止めながら応える。


「ええ。でも部長のことですから、通信では伝えられらない、きっと大切なことをお伝え頂けるものかと思って。」


 アサダさんが少し頬を紅潮させているよう見える。ひょっとしたら、女性としてこの橋爪部長に好意を抱いているのでは無いか、とさえ感じる。


「そうなんだ。ホログラム通信は便利なんだが、大事なものが伝わらない欠点がある・・・」


 橋爪部長の柔らかな瞳にまっすぐに見つめられて、同性である私もなんだかドキッとする。少し間を置いて部長は続けた。


「・・・それは、私の熱意の温度だ」


 それまで柔らかだった部長の瞳の奥から、熱くて思い重力のようなものが生まれ、私とアサダさんの心をつぶさに捉えるのが、自分でも手に取るようにわかった。胸のドキドキが収まらない。

 アサダさんもすっかりその重力に呑まれているのが、雰囲気で判った。ちくしょう、なんて素敵ななんだ、橋爪部長・・・。

ご覧いただきありがとうございます。。。この物語は10万字を超え、只今完成間近。

100近い連続投稿になるかと思いますが、引き続きお楽しみください。

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