魔王の進軍
そして魔王は進軍を開始した。
一人で。
「いやー今日はいい天気だなー!」
魔王は今海の上を歩いていた。
一人で。
これには深い理由がある。
経緯はこうだ。
一時間前、魔王は魔王軍の参謀シュムトに勇者を討伐すると告げた。
「人族共に魔王の怒りを買ったらどうなるか叩き込みに行く!シュムト!魔物を大量に集めといてくれ!俺は行ってくる!」
そう言い残すや否や、魔王さんは洞窟を飛び出していった。
「一人で敵国を相手取るなんて正気の沙汰じゃないんですが。。。どうせ死んでも何処かに配置してある依り代に身を移すでしょう。」と溜息をつく参謀などいざ知らず。
そしてそこから海まで走ると水面に手を垂らす。
「魔王の名において命ずる。大海の支配者レヴィアタンよ、今一度、この世に顕現し、姿を現すが良い!」
しかし何も起きない。
「魔王の名において命ずる。大海の支配者レヴィアタンよ、今一度、この世に顕現し、姿を現すが良い!」
しかしまたしても何も起きない。カラスが上空を飛び回り鳴いている。
「魔王の名において命ずる!大海の支配者レヴィアタンよ、今一度、この世に顕現し、姿を現すが良い!」
しかし何も起こらない。
魔王様はぷっつんした。
「仏の顔も三度までだ!早く起きやがれ!この堕落的愚龍!レヴィ!」
その手から一瞬の内に青い魔方陣を展開すると、そこから壮麗な目を奪われるような美しい水龍が神々しい光に包まれ出現する。
そしてその水龍が魔王の方へと向いたと思いきや、それは口を開いた。
「何してる!今我は安らかな眠りについておったのに!何故起こすこの野郎!」
「何でお前が出てくんだよアタン!俺が呼んだのはレヴィだ!」
「悪いな!レヴィは今寝てんだよ!あいつなんかお前が前回冥界へ連れて行った時から引きこもっちまったんだよ!」
「それは帰した後にお前が冥界以外の暗黒世界の話を聞かせて怯えさせたからだろうが!」
両者の間に火花が散る。しかしそれは片側から一方的に切れた。
「で、何の用だよ?」
レヴィアタンの片翼、アタンが話を切り出す。
「あっちの人間の大陸に向けて氷の橋を造ってくれ。」
苛立ち混じりながらも、用件を述べる魔王。
「運ばなくてもいいのか?」
「歩いてこの新しい体を色々試したい。」
「あ。そういや確かに前と体が違うな。」
「という訳で頼む。なるべく人族に気付かれないようにな。」
「わあったよ。」
そして海の主は身の周りに青白い渦を発生させると、口から水面の数ミリ下を水平に凍らせ、あっという間に大陸へと繋がる橋を造り上げた。
「じゃあな。レヴィによろしく言っといてやるよ。」
「おうよろしくー!」
最初の剣呑な雰囲気は何処に行ったのか。
完全に放課後、学校帰りに分かれ道で「また明日なー」と言って別れる中学生のような空気である。
そしてアタンと別れた魔王は歩き出した。
そして現在に至る。
「らんらんら~ん!早く着かないかな~!」
魔王様、早くも遠足気分でいらっしゃる。
「で~は~、魔法検証と行き~ましょ~!」
魔王様、気楽な感じに霊魂操作を始めていらっしゃる。
「え~、霊魂強化、霊魂状態付与、霊魂破壊、霊魂転生、霊魂交換、その他諸々効果あり!調子は最高でございます!」
勿論、魔王様が自分にこんな魔法をかける訳がない。
特に霊魂破壊なんぞ自分にかけたその瞬間死ぬし。
魔王様が流石に自殺なんぞする理由が皆無である。
だから、魔王の通り道に白目剥いて水面に浮かんでいる魚がいても誰も疑問を持たないのである。
「さて、どう勇者さんの所に行こうか。」
魔王らしく正面突破しようか、それとも暗殺していこうか、迷う魔王様。
奇襲には長けている(隠れて霊魂破壊すれば大体瞬殺)が、それだと少しつまらない。
取り敢えず霊魂魔法で自分の魔族の魔法力が高い魂を人族の物に偽装する。
そして取り敢えず偽名よーい!
「これからは勇者の情報収集をする為に冒険者に偽装してウオマと名乗ろう!」
。。。
それでどうする?
取り敢えず海の魔物倒しながら進むとする。
暇なので。
海竜が出てくる。ぶっ飛ばす。
クラーケンが出てくる。ぶっ飛ばす。
巨大鯨が出てくる。ぶっ飛ばす。
肉を回収し、食べる。
ん~っ!美味しい!
そして道程を半分程移動した所。
魔王様はふと思い出してしまった。
そういえば冒険者名乗るならせめてギルド証が必要では?と。
取り敢えずの目標はギルド証入手!
そしたら情報収集がてら今の大陸を探索しようか。
そして魔王はゆっくりゆっくり海の上を歩いて行った。