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ゴールド・フィッシュ  作者: 多紀
9/22

8 gold-fish

「醜いのはきらい。お前はもういらない。顔を見せるな、気持ちが悪い」

 ある日突然、姫は僕にそう言った。

「こいつを捨ててこい」

 何人かの大きな人が来て、僕の体をつかんで、姫の部屋から引きずり出した。大きな扉が閉まる瞬間に見えたのは、かわいいかわいい僕の姫の後ろ姿だった。


 僕は、悪夢を食べるときにだけ姫の部屋から外に出て、食べたら帰ってきて、姫と遊んだ。姫を背中に乗せて庭を飛んだり、たまに人の姿に変身して一緒にゲームをしたりした。姫は定期的に生まれて成長して死ぬことを繰り返していた。僕はそんな姫を何度も何度も迎えて送ってを繰り返していた。僕はひとりじゃない、ずっと姫と一緒にいるし、姫は生まれ変わっても記憶が残っていたから、ずっと思い出を楽しむことができた。僕たちは大親友で、お互いを大好きだった。

 何回目の姫だったのか覚えていないけど、姫は僕を嫌いになった。

 昔の悪夢は少し苦かったけどおいしかった。たくさん食べたら姫に褒められるし、世界の平穏にも役立っているってきいていたから幸せだった。

 時代が変わるにつれ、どんどんと悪夢が不味くなっていった。内容は悪魔や鬼に襲われるとかの架空の生き物や出来事ではなくて、同族から蔑まれたりいじめられたり、自死を考えたり、殺したり殺されたり、そういうものに変わっていった。口に近づけるだけで吐き気を覚えた。それでも、たくさん悪夢を食べた。それが眠りを守ることだと姫が言っていたから。いっぱいいっぱい食べた。気持ち悪くなっても、吐かないようにがんばったし、涙が出てもこらえて、喉が痛くなっても飲み込んだ。

 おいしくない夢を食べ続けたせいか、僕の体は徐々に変わっていった。こんなに大きくてきれいな緑の竜は見たことがないと誰もが口をそろえて言ってくれていた姿は、どす黒くかさかさの醜い首長の肉の塊になっていた。人に変わっても、やはり醜くかった。それでも姫は僕のことを嫌いになんてならないと思っていたのに、何度目かの姫の気持ちはふいに変わってしまった。

「舌を切ってから捨ててこい。声もおぞましい」

 突然部屋から追い出された僕は、僕自身に何が起きたか分からなかった。帽子を深くかぶった男が大きな檻に僕を入れて、どんどん遠くへ運んでいくことだけは確かだった。ごとごとと車輪が動く振動が定期的に体をゆするので、僕はそれに合わせて歌を歌った。舌がなくなっていたから、歌に聞こえなかったけど、僕の頭の中では、姫と一緒に歌った思い出の曲が鳴っていた。

 着いた所は一度も来たことがない、まったく知らない所だった。薄暗く、寒く、不気味だった。けれど、いつも食べている悪夢に比べたら全然怖くなかった。檻からゆっくり出て振り返ると、帽子をかぶった男がこう言った。

「お前は捨てられたんだよ」

 僕は舌を切られてしゃべれなくなっていたけど、パクパクと口を動かしてなんとか伝えようとした。分からないようだったので、人の姿に変わって、もう一度口を動かしてみた。

「『…姫は…お腹が痛いのかな…』? お前、ここまでされて姫の心配をしているのか?」

 どうやら伝わったようなので、そのままゆっくり口を動かして、今の思いを伝えてみた。

『姫は、きっと、新しい遊びを、思いついたんだね』

 帽子をかぶった男は眉間にしわを寄せて、唇を噛んだ。

「違う。姫はお前を捨てたんだ」

『僕は、いっぱい悪い夢を、食べた』

「そうだ。お前の働きは誰もが知っている。お前なくして、今のこの世界の平穏はない」

『姫は、ほめてくれた、僕は、いい子だって』

「……」

『もっと、悪夢を、食べたら、いいのか』

「…違う。お前は…姫のわがままで捨てられたんだ」

『姫に、会いたい』

 帽子の男はもっと強く唇を噛んだ。血がにじんでいて、痛そうだった。

「お前のように悪夢を食べられる生き物はこの世界に存在しない。この世界の均衡を保つ重要な役割を持った唯一の存在だ。姫はそれを知っていてなお、お前の醜さのみを見て、捨てたんだ。でも、お前が重要なことは誰もが知っている。お前が美しい姿だったときも、悪夢の質のせいで姿が変わっていったことも、みんな知っているんだ」

 僕は褒められているのかもしれない。うれしい。

「俺はお前をこんな風に捨てる姫を許せない、汚い悪夢を見る者が許せない」

 言葉が強い。突然怒り始めたみたいだ。やっぱり僕がおかしなことを言ったのかもしれない。

『怒らないで』

 僕は悲しい顔をしないように、気を付けて声をかけた。

『僕は、姫に、会いたい』

 ぼろぼろと帽子の男の目から涙がこぼれた。僕は変なことを言ってしまったのだろうか。傷つけてしまったのかもしれない。

「…お前をもとに戻そう…ゴールド・フィッシュ…」

 帽子をかぶった男は僕をぎゅっと抱きしめてくれた。彼は“空須”と名乗った。


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