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ゴールド・フィッシュ  作者: 多紀
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4

「歩くよりバスの方が早いと思って久しぶりにバスに乗ったら、寝てるお前が乗っててマジ驚いたわ」

 俺はやはり眠っていたようで、乗ったバスでまた会社に戻り、それにたまたま乗ってきた佐藤に声をかけられ起きたのだった。

「はは…俺も…」

 運ばれてきたビールを豪快に半分くらい飲んでから、佐藤は俺をバスで見つけた時の話を昔のことのようにおもしろそうに話した。

「いや、もう、これは明日みんなに言わなきゃな」

「やめろよ、めっちゃはずかしいじゃん」

「はずかしいだろうよ! いや、でもそれよりおもしろすぎるから話したい!」

 そう言って、フライドポテトの山にフォークを突き刺し、刺さった大量のポテトを口に運んだ。

「…ま、こうしてふたりそろって店に入れたわけだからよかったとするか。こんなワイワイしてる店、ひとりで待つのもつらいもんな」

「もういいよ、なぐさめになってねえから…」

 うれしそうに佐藤は残りのビールを一気に胃の中に流し込んだ。俺も遅れを取り戻すようにグラスを空けた。

 佐藤との飯は楽しい。最近はたまにしかこうして飲みに行くこともなくなってしまったが、少し前までは真面目な仕事の話やバカ話をして、俺たちはいつも楽しい酒の時間を過ごしていた。

「そういや、お前、最近大丈夫なのか?」

「なにが?」

「何がって、体調とかプライベートなこととかだよ」

 こいつは楽しいうえに、面倒見がいい。本当にいい男だ。俺が女だったらきっと佐藤と付き合ったと思う。

「俺? 俺の体調は非常に良好。プライベートは、まあ、おひとり様を満喫してるっていうか。あ、来週好きなゲームが出るからそれが楽しみかな。こんなカンジだけど、どう?」

「『どう?』ってなあ。いいか、『大丈夫?』ってきかれるってことは大丈夫そうじゃないってことだ。大丈夫な奴に『大丈夫?』なんてきいてるやつ見たことあるかよ」

「それは分かってるよ。ごもっともだ」

「お前が話したくないって言うなら無理には聞かない」

「おいおい。話したくないっていうか、話すことがないんだよ」

 佐藤は俺を無視して近くを通りがかったスタッフにビールをふたつ頼んだ。

「こら、無視すんなよ」

「してない、してない。ただ、話すことがないなんてことはないんじゃないかと思ってさ」

「なんだよ、意味深な感じのこと言いやがって」

「こう言えば何か言うかなって思ってさ」

「バカやろう。ないものはないんだから言うことなんてねえよ」

 俺たちはビールを四杯ずつ、ピザやパスタをたらふく腹に詰め込んで、店を出た。寒くもなく暑くもない、いい気候だ。今ならフットサルくらいできそうなくらい気分もいい。ほどよく酔いもまわって、駅までの道のりで、俺は佐藤に何気なく気になることをきいてみた。

「なあ、佐藤。……“夢”って見るか?」

「夢? ああ、たまに見るけど」

「どういうの?」

「どういうって…。会社の夢も見るし、家族とかもあるし……あ、エロい夢とかは見なくなったかも…」

「大人になったんだな」

「そんなもんか」

 楽しそうに佐藤が笑う。俺もつられて笑った。

「あのさ、夢の中の出来事が現実で起きてたりしないか?」

 なんとなく気まずい気持ちもありながら、話の流れを戻した。

「へ? 予知夢とか正夢とかそういうやつか?」

「ああ、うーんと、まあそういうやつかな」

「うーん、そういうのは俺はないなあ。それってすげえよなあ。仕事に生かせそうだな。なに、お前そういうの見るの?」

 そうきたか。そうくるよな、この流れなら。酔っぱらっていてもこいつは話の筋をそらしたり忘れるタイプじゃなかった。

「ないない。あったらこんな人生歩んでないよ」

「なんだよ、それ。あったらどういう人生歩んでたんだよ」

「それは…」

 どういう人生を歩んでいたんだろう。いざ問われると答えが見つからない。

「まあ、お前がどういう人生歩んでたとしても、俺には会ってたんじゃねえかな」

「…やだ、佐藤…かっこいい」

「ほれるなよ」

「お前は頭もいいし人もいいし自信も持っててすげえよ。尊敬する」

「おいおい、なんだよ。もっとほめてくれていいぜ」

「バカやろう」

 話はだいぶそれてしまったが、それでもよかった。別に本気で質問したわけじゃない。もしかしたら、というほんの少しの好奇心だった。答えは分かっていたし、こういうやりとりになることも想定内だった。それでも、もしかしたら、と思ったのだ。

「心配しすぎてんのかもな、俺。いきなりお前がぶっ倒れたらって考えたらゾッとするんだよ。あの仕事量、内容含めて、お前がいないと不安で無理」

「大丈夫だよ、お前なら」

「お前のこと心配しながら自分の心配もしてんだな、俺。いい人ぶった気がして、なんかいやになってきた」

「なんだよ、それ」

 人は他人のことを自分のこと以上に心配することなどできない。俺はそう思っている。冷たい意味ではなくて、生き物の本能としてだ。それは至極まっとうなことで、佐藤の言うこともよく分かる。

「心配してくれてありがとうな。でも、俺、意外と大丈夫だからさ」

「そうみたいだな。しつこくきいて悪かった」

「いいんだ。ありがとうな」

 きっと俺が大丈夫ではないことをこいつは察している。ただ直接聞くのをやめただけだ。佐藤には悪いけれど、俺のことは静かに見守り続けてほしいと思った。こいつにむだな心配をさせないためにも俺は“大丈夫”にならなければならない。

 今日は眠れるだろうか。眠って、彼らに会えるだろうか。眠れなくなる原因をつきとめ、解決できるだろうか。解決するまでどれくらいかかるだろうか。俺は酔っぱらってたいして動かない脳をフル回転させながら、夢で聞いた季倫の話をもう一度思い出していた。


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