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ゴールド・フィッシュ  作者: 多紀
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 目の前がゆっくりと明るくなった。閉じていた瞼を開けると、見覚えがあるようなないような雰囲気の部屋の中だった。直に床に横たわっているのか、肩甲骨あたりと尻とふくらはぎに硬い感触がある。視界がはっきりしてくると、無数の穴が開いた天井が見えた。少し目を動かして周りを見てみると、どこかの学校(小学校?)の教室だと分かった。昔、天井の穴の数を数えてる奴がいたなと思い出したりした。懐かしさとどうしてこんな所に横たわっているんだろうという疑問が覚醒を手助けし、俺はゆっくりと体を起こした。

「あ! 目が覚めたみたいだよ!」

 突然、元気な女の子の声がした。他にも誰かいるのだろうか、その誰かに俺の状況を伝えている。ここには俺以外にも誰かいるのか。それよりここはどこなんだ。

「えと…ここは…?」

「君の夢の中!」

 とんでもなくハイテンションな金髪ボブカットの少女が横たわっている俺を見下ろしている。おそらく二十歳未満、ショートパンツから健康そうな長い足が伸びている。

「はじめまして、私は宇サギ(うさぎ)! よろしくね!」

 女の子はぐいと前のめりに自己紹介してきた。キャミソールからはみでそうなたわわな胸が俺の鼻先で揺れた。

「ねえねえ、一条は季倫に会ったんでしょ? どうだった? かっこよかった?」

「あ、ああ…かっこよかったよ…」

「わ! やっぱり~! どこが一番かっこよかった? 顔? 髪? しぐさ?」

「え、ええと…」

 元気な質問攻めにあいながら俺は座り直し、宇サギと名乗った女の子越しに周りを見渡してみた。やはりどこかの学校のようだったが、黒板と天井から吊るされたテレビ台とそれに乗ったテレビがあるだけで机と椅子はひとつもなかった。

「一条。お久しぶりです。……と言っても二日ぶりくらいでしょうか」

 宇サギの後ろから、銀髪の美青年が顔をのぞかせた。この前、夢で見た電車の中で出会った季倫だった。

「…また会えるとは思ってなかった…。こんなに鮮明に同じ人が出てくる夢を見ることってあるんだな…」

 季倫は優しく微笑んだ。

「今日は何でもきいてください。あなたの中で起きていることですから、あなたには知る権利があります」

「俺の中…?」

「そうです。あなたの中の出来事ですから」

 季倫がそう言うと宇サギがにっこりと微笑み、ふたりはそろって俺の前に座った。

「…念のため…単刀直入で申し訳ないんだけど、これって夢…?」

 ふたりが座るなり質問を投げかけた。ここにいられる時間がどのくらいか分からないので、できることは早めにしたほうがいいと思ったからだ。

「そうですね、夢です。眠りの中にはいますが、眠りの中で起きている状態です」

「なんか難しいな…。てことは、俺は眠れてないってこと?」

「いえ、眠っています。ゆるい眠りではありますが」

「ああ、ゆるいってやつね。でも寝てるんだ」

「一条は眠りに隙がありすぎなんだよねー」

 宇サギがポケットから何やら取り出し、口に放り込んだ。お菓子だろうか。もぐもぐと口を動かし、うれしそうだ。

「こら、人と話しているときに」

「だってー、お腹空いたんだもん」

 はあとため息をつく季倫。ふたりはどういう関係なのだろうか。この質問は後に回そう。

「俺は…その…どういう状態なんだ? 前に会ったとき、『一年前から徐々に眠りを食べられてる』って言ってたよな。てことは、俺のこと、その頃から知ってたってことか?」

 季倫はじっくりと俺を見て、言葉を選びながらゆっくり答えた。

「…あなたの状態は非常に珍しいのです。あなたのような方には初めて出会いました。過去に例がないため、我々が現時点でお話できるのは一部予測ですがほぼ憶測です」

「うわあ、曖昧…」

「仕方ないだろ。お前、変なんだよ」

 知らない声が突然会話に混ざりこんできた。声の方を向くと、フード付きのロングコートを着た青年が窓枠に寄り掛かって立っていた。俺と同い年くらいだろうか、真っ青な髪で鋭い目をしている、見た目だけで判断するならば絶対ケンカしたくないタイプだ。

斗影とかげ。いたんですか」

「いたんですか、じゃねえよ!」

「遠慮してたんだよねえ~、人見知りだから」

「違うわ!」

 なんとなくではあるが三人の関係は分かった。仲はよさそうだ。

「あの…俺の状況が珍しいってことは分かった。けど、どう“珍しい”のかが分からないんだけど…」

 憶測でもなんでも知りたい。初めて季倫に会った日の不思議体験を解明したいと思った。

「季倫に会ったあの日、俺は現実で座っていた座席と違う座席で目を覚ました。この夢と現実、どうなってるんだ?」

 三人は顔を合わせ、それぞれ様子をうかがっているようだったが、すぐに季倫が口を開いた。

「まずは我々と現状についてお話しましょう。その方がきっとお互いに理解が早いと思います」

 季倫の言うことはもっともだった。今の俺は圧倒的に情報が少ない。ここが夢であること以外、何も知らないのだ。一昨日の不思議体験の答えは現実にはない、こちらの世界にしかないだろう。解決しなくても死なないような話ではあるが、ここは自分の性格上はっきりさせておきたい。

「面倒だと思うけど聞かせてほしい」

「気になさらずに。少し長くなりますが、質問はこちらから促したときにのみしてください。話がとぶと分かりにくくなるかもしれませんので」

「わかった」

 長めのプレゼンテーションだと思えば大丈夫だ。質問は頭の中で整理しておいておこう。季倫の説明は一度聞いているから、なんとなくタイミングの想像はつく。

「では始めます」

 そう言うと、季倫は俺の方に向き直り、ストーリーテラーのように語り始めた。


 体感時間約30分ほどの説明の内容をまとめると、おおよそこういうことだった(自分がつくづくサラリーマンだなと思う。頭の中で資料の土台を自然に作ってしまう)。



<この世界(夢)>

■場所

現実:起きている状態

水面:現実と夢の境目。普通はたどり着かない。夢遊病のような状態。(←初めて季倫と鈴目に会った所)

夢:普通の眠りの場所。覚えている夢はここ。(←今ココ)

深夢しんむ:深い眠りの場所。無意識の中。ここで起こることは眠っている本人は知らない。


■勢力(?)

・<トップ>姫:季倫たちを取りまとめて、安定的な眠りを保つ役割を持つ

  →眠りが短かったり質が悪くなれば、自分たちが生きる世界の環境が悪くなるため環境保持を目的に動いている

・<トップ>ゴールド・フィッシュ:人の眠りを食べて生きている化物(?)

  →もともと悪夢を食べて眠りの質を高めるものだった(獏みたいなもの?)

  →鈴目という手下を使って眠りを奪う

※どちらも互いに存在を認識している。

※情報はどちらもトップに集約されて、末端まで伝達される。誰かの仕入れた情報はまずトップが知り、適宜自分の仲間たちに落とされていく。


■問題

ゴールド・フィッシュが眠りを奪っている事実が発覚。さらにゴールド・フィッシュ勢が水面にまで上昇し、必要以上(致死量?)の“眠り”を奪い始めている。

【発覚事件】一年近く前に俺の夢で鈴目の存在が確認され、ゴールド・フィッシュが眠りを奪っていることが発覚。俺以外にも被害者多数。(ただ、コンタクトがとれているのが俺だけ)


■解決方法

現時点では、監視と鈴目を適宜駆除することのみ。原因が特定できていないため、根本的な解決方法は見つかっていない。


■その他

・奪われる“眠り”は、夢の中で何かの形に姿を変えているらしい(それを鈴目が奪ってゴールド・フィッシュに運ぶ)

・季倫たちは“シーカー”と呼ばれている夢を守る戦士(的なもの)

・夢の主と言葉を交わしたのは俺が初めてらしい(夢に出てきても、交流することはなかったらしい)



「うーん…」

 懇切丁寧な季倫の説明を頭の中で再度さらって、何か他に聞くことがないか探してみる。黒板に図まで描いてもらったというのに、理解しきれているのか自信がない。

「一条は真面目だねえ~。私、初めて夢の主としゃべったけど、みんなこんななのかな?」

「こいつ特殊なんだろ? 他は違うんじゃねえの?」

「斗影、他の人としゃべったことないでしょ?」

「お前だってそうだろ。つうか、接触するわけないんだよ、本来なら」

 心配そうに季倫が俺を見ている。黒板を凝視して頭の中を整理している姿は、この世界の住人には珍しい光景なのだろう。他のふたりは飽きてしまったのか、適当なおしゃべりをしながら俺たちの次の動きを待っている。

「…一条、大丈夫ですか…?」

 動かない俺を見かねて、小声で季倫が声をかけてきた。

「あ、ごめん…。おおかた理解したよ。俺だけの問題じゃないってことも」

 俺は立ち上がって、三人にこう言った。

「こんなこと言うと冷たく聞こえるかもしれないけど、これは俺にとってはただの夢だ。ゴールド・フィッシュと君たちの関係は、俺には知る由もない。だけど、このまま眠りを奪われ続ければ、現実の俺にも影響が及ぶことが分かった。俺は、俺の夢の中で、俺自身、そして君たちの世界を守りたい。お互いの利害関係は一致しているはずだ。協力しよう。まあ、俺に何ができるのか分からないけど…」

 三人はまた顔を合わせ各々の表情で探り合いをしてから俺を見て、強くうなずいた。

「ありがとう、一条。あなたの勇気に感謝する」

「まあ、お前のことでもあるからな。協力するしかねえだろうよ」

「協力! いいカンジ~!」

 静かだった教室がぱっと明るくなった。俺も三人も、この状況を受け入れられるかどうか不安だったはずだ。だが、“協力”という言葉で取り急ぎは双方よい方向に向いたようだ。安心した俺は、今回最後の質問を投げかけた。

「あともうひとつ質問させてほしい。俺以外の、他の人たちの中にも、君たちがいるのか?」

 笑顔だった季倫の表情が最初に会ったときの凛とした表情に変わった。

「はい、おります。私たちはすべての人の中に、その眠りの均衡を保つために存在しています」

「私たち、こう見えて忙しいんだよ~。一条だけにかまってられるわけじゃないのよ~」

 宇サギがぷーっとふくれて俺の肩を小突く。斗影がその腕をつかんで自分の方に引き寄せ(これ以上小突かないようにしてくれたのだろう)、さらに説明を加える。

「夢を見る生き物すべてを横断して行き来し、俺たちの世界を守っている。老若男女、貧富、国籍、人種、種類も何も関係ない。眠るものみな平等だ。ただ、出会うことはない。お前は特殊だ」

 平等。久しぶりに聞いた言葉だなと思った。

「…夜が明けてきました」

 季倫が目を細めて俺を見た。銀髪が透けて透明に輝いていた。

「夜が…明ける…?」

「お前が起きようとしているってことだ。現実の夜明けと意味は異なる」

 斗影の青い髪が透けて青いガラスの糸のように見えた。初めてきちんと顔を見たが、季倫に負けず劣らずの美青年で右目は深い緑、左目はザクロのように赤かった。

「じゃあまたね、一条!」

 宇サギががばっと飛びついてきた。頭を抱え込むように抱きつかれ、両目にやわらかい胸の感触を感じたところで、俺の意識はふわりと消えた。


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