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苦手な方はご注意ください。

妖桃奇譚―あやかしとうきたん― 第二章(声劇用台本3:1:1)

作者: 二階堂史城

声劇用台本(25~30分)



※演者さんの性別は問いませんが、キャラクターの性転換は不可。



【登場人物】


≪人間≫


志弦[しづる]♂13歳。真面目で、感情が表に出るタイプではない。

       歳の割に大人びた印象がある。




≪妖怪≫


絲[いと]♀雪女。半妖。見た目10代半ば。

     天真爛漫な少女。徐々に志弦に惹かれ始めていく。


故[ゆえ]♂かまいたち。見た目50代。

     絲の親代わりで、縁の参謀的存在。

     縁を恐れながらも慕っている。


縁[えにし]♂♀大天狗。見た目30後半。

      妖怪の長。人間を憎んでいる。

      過去に人間と何かあった様子。






--------------


<役表>3:1:1

志弦♂

絲♀

故♂

縁♂

N:






=======================================



【あらすじ】


人間の住む桃源郷―――桃花街(とうかがい)と、妖怪の棲む(いにしえ)の森。

彼らは棲み分けることで「表面上」は平穏と安寧を手にしていた。

…が、一部の妖怪は悪事を企て、人間に害なす存在として、忌み嫌われていた。

これは、そんなとある異世界に住まう人間と妖怪のお話。





=======================================






【漆】




N:―――5年前。

  志弦は病弱な妹の為、薬草を採りに山中の川辺に来ていた。


志弦M:これじゃあまだ足りない…。あ…向こう側にたくさんある…!

    っ!うわっ!!


N:次の瞬間、深みに足を取られ、志弦の体は流され始めた。

  徐々に速まる流れの中、川は深みを増し、視界が明暗を繰り返す。

  ―――と。


志弦M:滝…?!やばい…!落ちる!!


N:大量の水と共に一気に滝壺へと落ち、志弦の意識はそこで途絶えた。



◇◆◇



志弦:……ん…。


絲:あ…気が付いた?


N:そこに居たのは、白く長い髪の少女だった。

  少女は心底安心した様子で、花のような満面の笑みを見せた。


志弦:?!ようか…、ッ!!


絲:無理しちゃだめ。キミ、足を怪我してるんだから。


志弦:…手当て、してくれたのか…?


絲:うん。けど、びっくりしたよー。人間がこっちの森に来るなんて滅多にないもん。


志弦M:黒い、瞳…半妖…?森…、ここは古の森の中…?

    っ、あれ程母さんに近づくなと言われていたのに…。

    けど、どうしてこの娘は俺を助けたんだろう…?


絲:ボクは絲。ボク、人間に会ったの初めてなんだ!ねぇキミ、名前は?


志弦:…、(げん)だ。


絲:弦…、いい名前だね!


志弦:……。


N:志弦は咄嗟に嘘を吐いた。絲へ向けての警戒を解かぬまま、辺りを見回す。


志弦:滝の裏、か…?君は、この洞窟に一人で住んでいるのか?


絲:ううん。ここはボクの秘密基地…。嫌なことがあるとここに来て、

  滝の音を聞いたり、薬草を調合したりして過ごしてるんだ…。


志弦:…そうか。


N:絲の寂しげな姿が妹と重なった。俯く絲の頭を、志弦が撫でる。


絲:?!


志弦:あ…っ!すまない、つい…。


絲:…ううん、いいの。まさか撫でられるだなんて思ってなくて、びっくりしただけ…。


志弦:…君がもし苦しんでるのなら、…助けてくれたお礼じゃないけど、話くらいは聞くから。


絲:大丈夫だよ。苦しくなんてないし、お礼もいらない。

  …はい、これ。飲んで。


志弦:…凄い、色…だな…。これは…?


絲:痛み止めの薬だよ。一週間もすれば、足は良くなると思う。

  それまで看病するから、キミはここで大人しくしてて。


志弦:一週間?!そんなに待て…、痛ッ―――


絲:動いちゃダメだってば。いいからキミはそれ飲んで寝てて。ね?


志弦:……。


志弦M:一週間…、美緒が心配だ…。こんなところに一週間もいられ―――


絲:大丈夫!毒なんて入ってないから。…貸して?


志弦:え…?


N:絲は志弦から湯呑みを受け取ると、喉を小さく鳴らしてその液体を数口飲んだ。


絲:…ん。ボクは半分人間なんだ。だから、毒が入ってたらボクにも効くはずでしょ?

  …どんな理由かは知らないけど、早く帰りたいんならボクを信じて。

  …はい。


志弦:………、っ!


絲:わぁー…すごい飲みっぷりー…。


志弦:っ、まずい…。


絲:そりゃあ薬だもん。これでも、果物を入れて少しは調整したんだよ?

  …それより、服がもうボロボロだね。確か着替えがあったはずなんだけど…。


   (間)


  …あ、あった!はい、脱いだ脱いだ。


志弦:え…?あ…、うん…。


N:志弦は促されるまま、着物に手をかけた。

  ふと、絲の視線が志弦の左腕に注がれる。


絲:…桃の花?


志弦:…うちの家系は全員彫るんだ。一種の魔除けみたいなもの、だと思う。


絲:魔除け…、じゃあボクは悪い妖怪じゃないって事なのかな?


志弦:え…?


故:絲?()るかの?


N:不意に洞窟の外から声がした。

  志弦は咄嗟に手近にあった木の枝を握り締める。


絲:あっ、故さんだ!


故:やはり此処に()ったか、また何か言われ…、

  ほ?人間…?何故(なにゆえ)此処に人間が()る?!

  !!桃の、花…!!

  っ、絲や、これはどう云う事じゃ?!


絲:え、っと…川岸に流れ着いてたのを見つけて…怪我、してたから、…その…。


故:何を考えておるのじゃ?!縁様に見つかったらおぬしもこの小僧も殺されるのじゃぞ?!


絲:…っ、ごめんなさい。


故:今すぐワシが旋風(つむじかぜ)でこの者を街へ帰す。


絲:待って!!


故:待てぬ!この者を此処に残しておけばどうなるか、分かっておろう?!


絲:怪我してるんだよ?!それに膿んだり流行り病になんてなったらどうするの?!


故:……。

  くれぐれも見つかるでないぞ?縁様の眼を欺くのは気が引けるが…、この洞窟に結界を張ろう。


N:故が人間には聞き取れない呪文を唱え始めると、

  志弦は硝子の中に居るような、そんな感覚に陥った。


故:…これで(しばら)くその小僧は見つからん。縁様の眼も恐らく誤魔化せるじゃろう。


絲:ありがとう、故さん!ホントはどうしようか困ってたから助かっちゃった。


志弦:…あんた、何で結界なんか…。悪い妖怪じゃないのか…?


故:ふん、勘違いするな、小僧。何も貴様の為にこうした訳では無い。

  絲や縁様の為だ。


志弦:さっきから誰なんだ?その、縁様って…。


故:おぬしには関わりのない事。よそ者が首を突っ込むでない。


志弦:っ…。


故:…一つだけ、忠告じゃ。

  これ以上この場に居座り続けるのならば、おぬしの命はないと思え。

  悪いことは言わん。すぐにこの場から立ち去るが()い。


志弦:それは…、分かってる。

   俺だって、こんなところに油を売っている暇はないんだ…!

   俺には妹がいる…。病気なんだ!!

   俺が薬を持って帰らなきゃ、あいつは…っ!!


絲:ダメだよ!安静にしてなきゃ!ちゃんと歩けるようになるまで寝ててってば!


N:立ち上がろうとする志弦の肩をやんわりと押しながら絲が制止する。


故:…やれやれ。

  絲や、おぬしがこの者を助けたのは()い行いと言えよう。

  然し、相手は人の子…。一週間も此処にはおけぬ。わかっておろう?


絲:わかってる!!でも…っ。


N:洞窟内に緊迫した空気が流れる。

  ふと、志弦の腹の虫が音を立てて鳴いた。


志弦:あ…。


絲:っぷ、あははっ!お腹空いたんだね。ちょっと待ってて、木の実か何か採ってくる!


志弦:あっ、ちょ…っ!


N:言うが早いか、絲は洞窟の外へと駆け出していた。

  残された志弦と故の間に無言の緊張感が漂う。


志弦:……。


故:……。


志弦:……。


故:…おぬし、朱桃(しゅとう)()の者じゃろう。


志弦:え…?なんで知っーーー


故:小僧…もしも絲を傷付けてみろ、おぬしの命は無い。


志弦:……分かってる。


故:絲の身に何か起きた時は、容赦はせん。その家紋…縁様にも会わせる訳にはいかぬ。

  早々にこの場から去れ。さもなくば…ワシがお前を始末する。そのつもりでおれ。

  ではな。


志弦:あ…っ。


   (間)


絲:お待たせー!美味しそうな桃と(あんず)があったよ!

  …あれ?故さんは?


志弦:…帰ったみたい。


絲:…そう。あ、ねぇ!これ食べて!


志弦:…ありがとう。

   ……、…甘くて美味い。


絲:でしょ?この森の果物はみんなそうなんだよ!


志弦:…君達妖怪は、森の恩恵を受けてるんだな。


絲:うん!


志弦:桃花街ではあまり食べられないからな…。食べられたとしても、こんなに美味くはない。


絲:気に入ってもらえてよかった。いっぱいあるから、どんどん食べてね!


志弦:ありがとう、絲。


絲:あ…名前初めて呼んでくれたね!


志弦:…そうだったか?


絲:うん!今まで『君』って呼んでたじゃない。


志弦:……。


絲:ねぇ、弦。他に何か欲しい物ある?


志弦:…薬草が欲しい。俺には妹が居て、

   妹の為に薬草を採りに川に来ていて…それで流されて…。


絲:なんの薬草?


志弦:…桃仙花(とうせんか)


絲:それなら沢山生えてるとこ知ってるから採ってくるよ!


志弦:本当か?!助かるよ。


絲:そのくらいお茶の子さいさいだよ!今日はもう暗くなってきたし、ゆっくり体を休めてね。


志弦:……ああ。


N:こうして、志弦と絲は出会ったのであった。



◇◆◇



N:―――その日の深夜・桃花街。

  絲は志弦が書いた地図を頼りに、志弦の家の近くへと来ていた。


絲:確か…、ここだよね…。


N:絲は手にしていた小包と、志弦が書いた手紙をそっと志弦の家の軒下に置き、

  その場を立ち去ろうとした―――その時。


絲:…っ!やばい、見つかっちゃった!



◇◆◇



N:古の森ーーー絲が息を切らしながら滝の裏の洞窟へと戻ってきた。


志弦:絲?!どうした、何があった?!


絲:えへへ…、人間に見つかって…石、投げられちゃった…。

  大丈夫、こんな傷なんて薬つけとけばすぐに治るよ。


志弦:誰だ…?誰にやられた?!


絲:…弦が知らない人。街外れで、男の人に…。


志弦:……。


N:志弦はそれがすぐに嘘だと分かった。

  絲が顔を逸らし、言い辛そうにしていた事、

  何より、絲と話してみて少なからず嘘が吐ける性格ではないと思ったからだ。

  絲の気遣いに、志弦もそれ以上は言及出来なかった。


志弦:……悪かった。俺が怪我なんてしていなければ…、

   薬草を届けてほしいなんて頼まなければ、こんな事には…!


絲:いいんだ。薬草も、弦の手紙も、ちゃんと弦の家に届けられたんだから。


志弦:…!本当か?!


絲:うん!ボクだって、やればできるんだか…、痛っ!


志弦:絲?!


絲:だ、大丈夫!それより…その…。


N:絲は志弦に背を向けるとスルリと着物の右肩の(えり)を緩め、患部を含む白肌を志弦の眼前に晒した。

  その傷は大きく腫れ上がり、一部分からは血が流れ出ていた。


志弦:…っ、酷い、傷だな…。

   ぶつけられたものって、本当に石だったのか?


絲:あは、どうりで痛い訳だよね…。うん、暗がりだったからよく見えなかったけど、多分、そう…。

  えっと…、ごめん、弦。ちょっと恥ずかしいんだけど…、手…届きそうにない、から…。


志弦:え…?


絲:これ…薬…、塗ってもらえる…?


志弦:あ…、ああ…。わかった。


絲:痛っ!


志弦:だ…、大丈夫か…?


絲:ありがとう、弦。ごめんね、嫌な思いさせちゃった、かな…。


志弦:あ…、いや…。


絲:あ…、もう日が昇るね。

  ボク、ちょっと外の空気吸ってくるね!


志弦:あ…ああ…。


N:志弦の指先に、冷ややかな柔肌の感覚が(まと)わりついていた。



◇◆◇



N:それから、二日が経ったある晩―――志弦が眠りについている時。


絲:…あ、故さん!またご飯持ってきてくれたんだ!


故:なに、絲の為じゃ。このくらいどうと云う事はない。

  じゃが…、人間に関わっても(ろく)なことなど無いじゃろうに。


絲:うん…分かってる。縁様が人間を憎んでることも、

  このまま弦をここに置いておけないことも…。


故:…人の子を(かくま)う等、言語道断。

  おぬしもあの小僧も危うくなるのは目に見えておるじゃろ。


絲:…うん。


故:分かっておるならば早々にあの者をどうにかせねば…。


絲:殺さないで…!


故:絲が助けた者を容易くないがしろにはせぬ。…じゃが、どうしたものか…。

  幸い、傷の癒えはいい様子。明日にでもワシの力で家まで送り届けよう。


絲:…うん。


故:…嫌か?あの者と離れるのが。


絲:え…?


故:いや、何でもない。

  …そろそろ戻らねば。人間の臭いを(まと)わりつかせてしまったら、仲間から何を言われるやも知れん。


絲:…ごめんなさい。


故:謝らずとも()い。絲、くれぐれも肩入れするな。ワシはおぬしの身が心配なんじゃ。

  …また明日来る。


絲:ありがとう、故さん…。

  弦!弦!ご飯だよ!


志弦:……はぁっ、はぁっ、…っ。


絲:弦…?弦!!


志弦:…?


N:志弦はゆっくりと瞼を開き、(おぼろ)げな眼差しを絲へと向けた。

  その体は発汗し、一目で発熱している事が見て取れた。


絲:弦!待ってて!今、薬を―――


志弦:母、さん…。


N:志弦は弱々しく腕を伸ばし、絲の着物の袖を緩く握った。


志弦:大、丈夫…だから…。しばらく、ここに居て…。


絲:…うん。


N:絲は志弦の傍らに座ると静かに妖力を発動させ、枕を包む布を氷に変化させた。

  そして、自らの冷たい手を志弦の額に押し当てる。


志弦:…気持ち良い。


絲:落ち着くまで、こうしてるから安心して…。


志弦:うん…ありがとう…。


N:志弦は緩く微笑み、瞼を閉じた。心地好い冷たさに、徐々に眠気が差し込んでくる。

  間もなく志弦は、夢の中に身を投じた。


絲:弦…?寝ちゃったの…?


志弦:……。


絲:…ふふっ、おやすみなさい、弦。


N:額に当てた手はそのままに、絲は志弦の体に掛けていた布団を引っ張ると、

  志弦の寝顔を微笑みながらじっと見つめていた。



◇◆◇



N:―――志弦は、熱に(うな)されながら二日の時を過ごした。

  その間、絲は薬を調合し、志弦に飲ませたり、妖力を使って体を冷やしたり、

  足の治療をしたりと献身的な看病を続けた。自分の右肩の痛みも忘れて―――。

  志弦が古の森に来てから七日目の朝―――志弦は鳥の鳴き声で目を覚ました。


志弦:…ん、……?絲…?


N:そこには、志弦の腹に横たわるように眠る絲の姿があった。

  志弦は熱が出た二日間の出来事を、ぼんやりと思い出す。


志弦:看病、してくれたんだな…。ありがとう…。


N:志弦は絲の頭に手を伸ばし、さらりと髪を撫でた。


絲:……ん…?

  …っ、弦!大丈夫?!良くなった?!


志弦:ああ。大分体が軽くなった。ありがとう、絲。


絲:あー…よかったー…。すっごく心配したんだよ?


志弦:悪い、迷惑を掛けた。


絲:ううん、いいの。けど、びっくりしたよー。ボクのこと、母さん、って…。

  母様の前だと、弦もあんな顔するんだなー、って思って。


志弦:あんな顔、って…?


絲:そ、あんな顔。覚えてないならいいよ。

  それより、足の具合はどう?


志弦:…治ってる。


絲:ホントに?!よかった!


志弦:…、立てた…!


絲:すごい!すごいよ弦!ホント…よかった…!!


縁:絲、()るか?


故:駄目じゃ、縁様!!まだ絲は心の傷が癒えておらんのですから!


絲:縁様…?!っ!!


志弦:絲…!…っ。


N:隠れる場所もない洞窟の中、志弦は何か武器になるようなものが無いかと当たりを見回す。

  が、しかし、あるのは石ころだけだった。その石ころを手にし、身構える。

  

絲:だ、大丈夫ですよ、縁様!今日の夜には戻るので、もう少し此処にいさせてください!


縁:絲よ…。昨夜は満月であったろう。祈りの儀式を放ったらかしにしてーーーん?これは…身隠しの結界か?


故:っ?!


絲:え…縁様?!


縁:俺に隠したい何かがこの洞窟にはあると…、ふ、面白い。

  絲、まさかとは思うが…、人間を(かくま)ったりなどーーー


絲:し、してません!!


縁:ほう…。では何故斯様(かよう)な結界が張られているのだ?


絲:そ、それは…っ。


故:縁様、これは―――


縁:……。


絲:駄目です!縁様っ!!


N:着物の袖を掴んだ絲の手を無情にも振り払い、縁は洞窟の中へと入った。

  と、顔の横を石が飛んでいく。


縁:ほう…、威勢がいい小童(こわっぱ)よ。貴様、何故此処にいる?…絲に拾われたか?


志弦:…そうだ。


縁:ふふ…はーっはっは!!絲よ、面白い事をする!!

  まさか…お前がこの俺を裏切るとはな!!


故:縁様、この者はワシが―――


絲:違うんです!!縁様!!弦が川岸で死にかけてたからボクが―――


縁:この期に及んで庇い合いか?ふっ…、はーっはっはっは!!

  もう良い。お前ら皆殺しだ。


N:縁が手にしていた羽団扇を掲げると炎が一気に燃え盛った。


縁:ごみは…ごみらしく死ね!!


故:おやめくだされ縁様!!こんな場所でそのような技を使えば―――


縁:五月蠅い!!


故:ぐはっ!!……う…。


絲:故さん!!


志弦:…あんた、外道だな。


縁:…何?


志弦:あんた、絲の何なんだ?絲にこんな顔させて、何を考えてる?


縁:五月蠅いぞ小僧。


絲:やめて弦!


志弦:絲は命の恩人だ。その恩人の辛い顔なんて見たくない。

   …もう傷は治った。俺は、街に帰る。

   あんたにもここに居る二人にも、この森にも、一切危害を加えたりしないし、

   もう二度とここには来ない。…それでいいだろ?


縁:ふふ…ははははは!!小僧、己の立場が分かっておらぬようだな。

  お前の考えなどどうでもいい!!今すぐここで…死ね。


絲:やめて!!


志弦:絲!!危ない!!


N:縁の放った高速の炎の刃が志弦を襲う。

  絲が志弦を庇うように間に入ったが、志弦は絲の腕を掴んで引き倒すと腹部に裂傷を刻まれ、

  轟音と共に頭を強打しながら壁に叩きつけられた。


絲:弦…、弦…!!嫌ぁあああああ!!


志弦:……。


縁:小僧は死んだ。お前もこの事はさっさと忘れてしまえ。

  行くぞ。


絲:嫌…っ、嫌だ!!離して!!弦…っ、弦ーーーっ!!


N:絲は志弦に縋る事も許されぬまま、縁に引き摺られるように洞窟から出て行った。

  静寂。

  故はうっすらと眼を開く。


故:……、人…の、子よ…。

  ここに…来たのが、間違いじゃった、な…。亡骸だけでも…街へ帰そう…。


N:故はゆらりと立ち上がり、志弦に近付いた。

  ふと、志弦の眉が動く。


志弦:……う…。


故:…生きて、おるのか…?あの縁様の技を受けても、尚…。

  …ふ、運のいい小僧じゃ…。絲が助けたおぬしの命…、無駄にはさせまいよ…。

  先刻おぬしが言った言葉…、忘れるでないぞ…。

  …もう、二度と…、この森へは…来るではない…。

  さもなくば、ワシがおぬしを殺す…そのつもりでおれ…。


N:故は呪文を呟くと、指先に風を巻き起こした。それを大きく膨張させ、その上に志弦を乗せる。

  志弦の身体は宙へと舞い上がり、そのまま洞窟の外へと出て行った。


故:…さて、縁様のご機嫌取りに行かねば…。絲の事も心配じゃ…。

  …小僧が生きておった事は…、言わぬ方がいいじゃろうな…。あれだけ…、頭を強く打ったんじゃ…。街に着くまでに死ぬやも知れぬしのぅ…。

  然し…朱桃家の者が生きておったとは…。くれぐれも縁様には悟られぬようにせねば…。


N:故はボロボロの身体を引き摺りながら、洞窟を後にした。

  

   (間)


  その後、桃花街に無事送り届けられた志弦が奇跡的に完治に至った事は、森の住人たちは知る由もなかった。





―続く―



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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