火の魔術師ヒートと。①【挿絵】
「ビーフケバブのM、スパイシーソースのトマト抜きで。」
ここはランササの町。この大陸での始まりの街。チカは呑気にいつもの屋台で買ったいつものケバブを食べながら狩りに行こうとしていた。
「バーチャルでもやっぱ味がするし満腹になるのはいいやなー。さーて、モガルでも狩るかー。」
芋虫型のモンスター『モガル』。討伐最適レベルは3。いわゆるザコである。が、倒しやすい割りに経験値と取得ゴールドが高かったのでチカは好んで狩っていた。
街の近くの森に入る。チカはモガルを探した。
モンスターは倒すと倒したプレイヤーの照合がなされ、経験値の入手とこのバーチャル内の銀行にゴールドが自動的に振り込まれる仕組みになっていた。
「今日のノルマは5匹ってとっかなー。」
チカは残ったケバブを口に押し込むと、武器のこんぼうを左手に装備した。
「チカさん、だね?」
「おぶッ!?」
チカの目の前に突然現れたのは背丈2メートル、細い、骸骨のような外見の魔物だった。
(アンデット系? こんな強そうなモンスターが? こんな最初の辺に現れるハズがない!)
「ああ、いきなりで驚かせちゃったね。私は『カンラー=セウ』。『ウンエイ』から派遣された監査員みたいなモノで……。」
カンラーが言い終わるより早くチカはこれが強い魔物と判断! 一目散に逃げ出した!
「ちょっと待ってチカさん! 私は怪しい者じゃなくて! ウンエイから派遣されたッ……! カンラー=セウって言う者で……ッ! ま、待ちなさいって!!」
その骸骨もどきは追ってきた。チカは逃げる! 森を抜け一目散に街へと! 街にモンスターは入って来れない。そう決まっているから。
「ちょ…待ッ…! せァッ!!」
その骸骨もどきは手にしていた杖をチカの足元めがけ投げた!
「ぐふおッ!?」
チカの足がその杖にもつれ、転ぶ!
「もう! モンスターじゃないって……! 私ッ……! ウンエイから来たッ……! カンラー=セウって言う者でッ……! チカさんにお話があってッ………!! て言うかモンスターならチカさんの名前なんて知らないハズでしょッ!!」
息を切らせながらその骸骨もどきはチカに歩み寄る。
「あ…! ああ、そう…。そっか! ……じゃあ何で追いかけて来たのよ?」
「チカさんがあんまり勢いよく逃げるから………。」
「まあ2メートルの見た目アンデットが追いかけて来たら普通逃げるよねー? で、誰だっけ? あたしに何用?」
「だから! 『ウンエイ』から来た『カンラー=セウ』で、チカさんに話があって派遣されて来た者だよ!」
「ああ、『運営』からね。だってでかいナリして追いかけて来るから。えーと、甘露セロリだっけ?」
「……カンラー=セウです……。」
「あー、うん。それが何の用?……ハッ!!」
脱兎!
「ちょっと! 何でまた逃げるの!? チカさん? ちょっと! 待って! 待ッ……、せァッ!!」
投擲!
「ぐふおッ!?」
捕獲!
「もう! 何でまた逃げたの!?」
「モンスターじゃないなら借金取りか家賃取立ての大家からの差し金かと思って。あんた運営だし。怒られると思って……。」
「借金!? 大家!? 何? チカさん借金と家賃滞納してるの!? いくらぐらい?」
「う~ん、家賃3ヶ月分と諸々で、……まあ全部で2000Gぐらいかな?」
「2000!? しすぎよ! あなたまだレベル5じゃない!」
「まあまあ、この世界じゃ1日30Gもあれば贅沢しなきゃ暮らせるんだから。固い事言いっこ無しよ~。」
「……暮らせてないじゃない……。」
「いいじゃない、こんなバーチャルなゲーム、自由にやっても。どうせ私、リハビリも兼ねた暇つぶしでやってるんだし。あ、カンラーのグラフィックもっと親しみやすいもう少しかわいくした方がいいんじゃない? これじゃあまんま敵キャラだし。」
「え? 何て?」
そのカンラーの表情がこわばる。
「だからそんなガイコツみたいなアンデット系とかじゃなくて、クマとかネコみたいなのに…、」
「いや…、そうじゃない。バーチャルなゲームとかグラフィックとか…。」
「あ! いや、別にこのゲームにケチ付けたわけじゃないわよ? 良く出来てるし。ただカンラーのそのグラフィックは無いって話だけ。あれ? もしかしてカンラーってお助けキャラだけど後半モンスターのデータ流用? 独自グラフィック用意してもらえなかった系の?」
「………現実の記憶持ってる人がまだ居たなんてね………。」
「現実? 記憶?」
「いや何でも……、実は! 新規で始めた人に今キャンペーン中なんだ! このアイテムをプレゼント中!」
カンラーは大げさな動きで懐から何やら小箱を取り出しチカに渡す。受け取ったチカはその小箱を開けた。
「何コレ? メガネ?」
「うん、でもただの眼鏡じゃないよ。これは『ステータスグラス』! 敵や味方のレベル、属性、ステータスや何かが全部分かっちゃう優れモノなんだ! さらに装備してると盲目や眠り、混乱なんかも防いでくれる耐性付きでね、さらにさらに! 全ステータスが何とプラス5に! …これをチカさんにプレゼントしにね。」
「あー、そうなんだ。どうも、どうも。何コレ? けっこうありがたくない?」
「ありがたいよー。ささ、早速装備してみて。」
「うん。」
チカはステータスグラスを装備した。
「あれ…?何かぼんやしりてきた…。」
「ああ、レベル5のチカさんには少し重い装備だったかもね。少し休んだらマッチングすると思うよ。それまで休んでたら?」
「ああ、そう…す……る…………。」
言い終わるが早いかチカは気を失うように眠ってしまった。5分、10分もすれば目が覚めるだろう。
「…ちょっと忙しくなりそうかな…。」
カンラーは眉をひそませた。カンラーは自分の管轄内で問題が起きるのは嫌だった。何も無かったかのように、事は穏便を済ませたかった。それ以上にこの世界の秩序を守りたい、守らなければならない立場でもある。だから現実世界での記憶があるチカに『現実世界の記憶を封印するプログラム』をステータスグラスと偽り付加価値を付け手放せないようにさせチカに渡した。
しかしそれだけでは不安だった。所詮ステータスグラスは応急処置。何らかの拍子にチカの記憶が戻ってしまう可能性もある。チカ一人だけならまだいい。チカがこの世界で決起し、それを起点にここにいる全員の現実世界の記憶が蘇ったら?
―――この世界も、ここにいる人達も終わる―――。
チカに対するもっと高度な記憶のプロテクトを要した。ここまで明確に現実世界の記憶を持っている者は今は居ない。完全に人々の記憶を封じたこの世界で、どうしてこのチカにここまで明確な現実世界の記憶を持って来れたのか?
カンラーは考える。ならばこの世界からチカを追い出し、ここに二度と来れなくするのは?
(いや、それは出来ない!)
チカもカンラーにとって守らなければならない仲間だから。
(完全に現実世界の事は忘れてもらおう。それがここにいるみんなのため、いや、僕の仕事だ!)
プロテクト完成までの時間稼ぎをする。チカが現実世界の記憶を思い出せないようにだ。それにはもっとこの世界に浸かってもらわなければならない。どうするか? それはこの世界で、チカ自身に自主的に進んで動いてもらう事が一番だろう。
(しかしどうやって?)
ならば足手まとい同士を出会わせよう。トラブルが多くなれば現実世界の事を考える余裕も無くなる筈だ。
カンラーは冒険停滞者リストを呼び出した。いわゆる登録はしているがこの世界であまり積極的に行動していない人間のリストだ。
「…う、…うん?」
「ああ、チカさん。急に気分悪くなったみたいだけど大丈夫?」
「あ? ああ、カンラーじゃない……。どしたの? ……ああそっか、このメガネ渡しに来たんだっけ?」
「そうだよ。で、どう? その眼鏡、『ステータスグラス』の性能は?」
「うん、いい感じよ。便利だし。もう手放せない感じ?」
チカは寝ぼけ眼であくびをし、その眼鏡を上下させもてあそぶ。
「そりゃあ良かった。……ところであの……、……ふ…船の、………エンジン………、どうなった?」
「船? えんじん? あたしまだ船なんて持ってないけど?」
「ああ! ちょっと勘違いしてたよ。そう、船なんてまだまだ先だったね……。…それよりチカさん借金してるんだってね? 2000Gだっけ?」
「う…、うん、まあ…。」
「私が肩代わりしてもいいよ。」
「え? マジで?」
「マジで。でも一つ条件があります。このリストにある人達を冒険に連れ出してほしいんだ。」
「何それ? 何のリスト?」
「うん、冒険停滞者リスト。クリア・クラウン取る意思が薄い、と言うかやる気が無い人のリスト。いわゆる冒険拒否児リストってとこかな?」
「うわ、何それダッサ! ブラックリストじゃん。」
「……君もそのブラックリストに入ってるんだけど……。」
「え? マジで?」
「マジで! だから私が来たみたいな所があるし。」
「えー、マジでかー。で、どうすりゃいいん?」
「このリストの人達とパーティを組んで冒険に出るの。」
「このリストの人達? このブラックリストの中から? うっわ!」
「『うっわ!』じゃなくて! もう、人を選べる立場じゃないでしょ! チカさん、あなたまだレベル5じゃない。えーと…、まずはそうだね…、この人! 『魔術師ヒート、属性は火、レベルは18』!!」
「18? もっとレベル低い人いないの?」
「いないよ、この人がチカさんの次に低レベル。」
「マジでかー……。」
「マジで! さ、チカさん、行くよ!」
チカは乗り気ではなかったが借金の肩代わりを受け入れ、カンラーに連れられ、その魔術師『ヒート』の住む家へとやって来ていた。




