光のパラディントウカと。⑥【挿絵】
翌日、チカとトウカは首都城エトスポリスに来ていた。
来る日も山篭りだった日々のチカには久しぶりの都会は楽しかった。
「まずは代わりの眼鏡よ。」
「メガネはいいよ。別に目は悪くないし。」
「そうは行かないわ。カンラーに会った時、眼鏡してなかったら無くしたとか盗られたとか思われるでしょ? 心配性で神経質な気があるから、あの人。」
「――まあたしかに。カンラーだし。」
チカを納得させ眼鏡屋に入る。
トウカはステータスグラスに一番似た物を探す。
エンジ色で太目のフレームの眼鏡――。
「これなんかそっくりね。掛けてみて。――どう?」
目に留まった眼鏡をチカに掛けさせる。
「目がおかしくなりそう。」
「ああそうね。度が入ってるから……。すいません、この眼鏡の度が入ってない物ってあるかしら?」
店員は「少々お待ちを、」と言い棚から同じフレームの度無しの伊達の眼鏡を用意した。
「どう? 掛け心地とかは?」
「うん、平気。問題ないわ。」
「……これならステータスグラスとそっくりね。じゃあこれにしましょう。」
トウカはエンジ色の伊達の眼鏡を購入し、チカはカンラーから貰ったステータスグラスをトウカに手渡した。
チカは伊達眼鏡を付けた。
単なる伊達眼鏡に替えたチカは急に違和感を覚える。
(あれ? 何か忘れてたような……?)
思い出せそうで思い出せないむず痒い感覚がチカを襲う。
(―――何かを、つい昨日までは憶えてた何かを……。)
チカの右手が急に痛む。
「何がいい?」
トウカが不意に声を掛ける。
「え?」
「この眼鏡の代わりによ。」
「あ! ああ……。」
(そっか、そうだった。ステータスグラスの代わりに何か買ってくれるって……。)
「ん~、別にわざわざ買わなくてもいいや。……じゃあトウカさんの持ってる物と交換で。」
チカが貧乏性と言うのもあるが、何処と無くトウカに悪いと思っていた。
それにチカのステータスグラスをトウカが欲した事が何となく嬉しかった。
初めてチカはトウカの力になれた気がしたからだ。
「遠慮しなくていいのよ。あら、少し心もとないわね。チカちゃん、ちょっとお金下ろして来るから待っててね。」
トウカは銀行へと向かった。
一人になったチカは銀行前の石のベンチの上に腰をかけ、考えていた。何を買って貰おうかではない。
思い出せそうで思い出せない何かを。
そしてこの右腕の違和感も。
しかし考えれば考えるほど分からなくなる。
―――何故ここにいるのか、居なければいけないのか―――。
広い場所で一人ぼっちになるような感覚……。
「お待たせ。チカちゃん、何がいいかしら?」
お金を下ろし戻って来たトウカに、急に声を掛けられチカは我に帰る。
「あ! トウカさん……。―――やっぱ別に新しく何か買わなくても……。そだ! じゃあその指輪で……。」
チカは咄嗟にトウカの右手中指に鈍く輝く黒い銀色の指輪を指さした。
「あら、御目が高いのね。これは〝ヴァンゲリング〟よ。昇天、麻痺、毒、眠り、ステータス弱体化……、属性魔法以外はほとんど防ぐ高耐性の指輪よ。……これがいいの?」
「え? そんなに? じゃあそれ辞めて……、そだ! ミスリルハンマーがいい!」
チカは慌てて武器屋のセール品のハンマーを指す。
装飾が派手ではなかったのでチカはそのヴァンゲリングがそんなに良いものだと思ってなかった。
今のチカでは全財産はたいても到底買えない値段の指輪なのは明白だ。
「いいのよ、それにチカちゃんはレベル低いんだし耐性付けなきゃ。それに貸すだけだから。眼鏡と交換中、ね?」
「……それじゃあ、借りるだけなら……。」
トウカはチカの左手の人差し指にヴァンゲリングを付けた。
指輪等付けた事がないチカには、慣れない左手の違和感がくすぐったかった。
トウカは「貸すだけ」と言ったがチカにはあげる気でいた。
それにステータスグラスをチカに返す気は毛頭無かった。
―――あれには何か仕掛けられている―――。
トウカはそう勘ぐっている。
心配性でお節介なカンラー=セウだが、自分にメリットが無いのにこんな贈り物をチカにするはずがないと分かっているから。
ステータスグラスはいずれは分解、解析するつもりだった。
そしてチカの新しい武具とポーション等の消耗品諸々……、一通りの買物を済ませたチカとトウカは昨日話したカレー屋『インドル』に来ていた。
「お昼~♪」
「たしかそこを右だったわ。」
しかしそのカレー屋インドルは閉まっていた。
「あら、今日は定休日だったみたいね。」
「そんな~。楽しみにしてたのに。」
「仕方ないわ、また今度来ましょう。今日は別の所で……、チカちゃん、何がいい?」
「えー、じゃあ肉系? ブ厚いヤツ。」
「……食べ物だと遠慮が無いのね。まあいいけど……。」
トウカはチカを連れ別の店舗へと向かった。
ここはトウカの地元、首都エトスだ。
これからいくらでも二人で来れる機会はあるだろう。また来ればいい。
チカはそう思っていた。
そしてトウカも。
その夜、チカは夢を見た。
天も地も分からない暗い宙に浮かぶ建物の中、チカは白く四角い廊下をふわふわと泳ぐ。
虹色の大きな星が見える。指輪を付けたような不思議な星……。
みんなは歓声を上げる。
希望に満ち、そして活気あふれた人々……。
しかし爆発と炎。それがチカを襲う。
――伸ばした何かを掴もうとした右手が炎に消えた――。
「ッ!!!」
チカは目を覚ました。
嫌な汗が噴き出している。
(夢…?)
夢を見た。
寝起きの悪い、嫌な夢……。
しかしチカにはそれはとても現実感があり、『忘れちゃいけない大事な何か』の夢だった気がした。
「おはよう、チカちゃん。……どうしたの?」
すぐ隣でトウカも起きていた。朝が来ていた。
「あ、いえ……。…おはよ……、ございます……。あー…、」
寝ぼけ眼でチカは言う。
トウカに今の夢の事を言おうとしたが、チカは止めた。
チカは所詮夢の事だしトウカに言った所で困らせるだけと思っていたから。
しかしその夢はチカの頭に強烈にこびり付き、残っていた現実の出来事だとは今のチカではまだ気付けもしないし、理解も出来ていなかった。
朝の身支度を整え、二人は食堂へと向かう。
今日もチカはトウカと修行に出かける。
(この修行に意味なんてあるのかな……。)
チカは思った。
レベルを上げるのは大切な事だと理解はしている。やれる事が増えるから。
しかしそれが何だと言うのか?
現実味が無い、まだ夢の中にいるような感覚。
右手が痛む。
いつもより右手が重い……。
(―――急なレベルアップで疲れているだけだ―――。)
チカはそう自分に言い聞かすと、モーニングセットのベーコンエッグをパンに乗せミルクで流し込んだ。
「チカちゃん、レベルも目標の15までもうすぐだし、今日からはホーロー山で一番強い『ドラレー』を相手にするわよ。―――強いわよ。気を抜かないようにね。」
「はい。トウカさん!」
チカは沈んだ気持ちを振り切り、空元気だったがトウカの前ではそれを振り絞った。
トウカのおかげでチカ自身、自分が一日一日着実に成長している事を実感していたからだ。




