第五章 馬屋の外で見る星空
これは、どう答えるべきか。
エキは知恵を絞って必死に考える。空から降ってきた者?だれか知らないやつに召喚された?わけわからなくビューっとこの世界に現れた?
これらのどれを選んで答えても、多分、炎は「嘘だ!」と反応してこないだろう。しかし、そう答えれば、前にアミレナに言ったことと違って、ますます疑われてしまうかもしれない。それに、中国も日本も、東の国だし、東のほうから来たと答えても、無難に見えるが、いや、そうでもないか…
考えに考えたあげく、エキは思い切って答える。
「それは本当です。私たちは東の方から来たのは間違いないです。」
炎に何もなかった。
ディアンとジョアンは目を合わせて、しばらく黙ったまま、ジョアンはまた質問する。
「エキ殿は、アミレナ嬢に、ここの冒険者を助けたと言っていたが、その冒険者の名を教えてもらえないか。」
そんな場に応じて作った名前誰も覚えられないだろう!と心の中で叫ぶエキ。
目の前の青年は顔色が悪くなり、唇を軽く噛む様子を見て、ジョアンは怪しげにもう一度質問する。
「その冒険者の名を、教えてもらえないか、エキ殿。」
早く!早く思い出せ!お前ならできる!お前、記憶力がめちゃくちゃいいだろう!
はい!終わった、全然思い出せない!
しかし、俺は絶対にあきらめないぜ、最後までふんばってやる!と決心して、これを言ったら捕まるつもりで口を開くエキ。
「アニット…バドゥルスレ….アミシエ…ツバサ…ラボイントモグ…シカリと言います。」
「アニット…バ…ツ…ラボ…難しい名前だな…」
名前を繰り返そうとするジョアンだが、なかなか言えなくて苦笑する。
ディアンも、軽く頷いて、炎に変化がないと示す。
まさか?やった..か?エキは地獄に落とされる心構えだったが、無事だと確認して、魂はすぐ天国に戻ったような気持ちになった。
しかし次に、ジョアンの質問は、またエキの心を地の底に落とした。
「その冒険者は、実在するか。」
次から次へとな…でも、今までの質問ですこしわかったことがあるぜ。その炎、多分、俺に効かない。まず最初に、どこから来たかという質問。俺たちはこの世界で、地理上東から来たのではないから、炎は本当に効くなら、すぐ反応してきたはずだ。
続いて、あの場に応じて作った名前、俺は二回も言ったが、そんな長い名前、絶対に最初と一致して言えるはずがない。でも、炎はまた反応しなかった。
多分、今回も…と心で思うエキは答える。
「その人は実在します。」
やった!やっぱり反応しない!これはまさか、俺のチート?つえー!
叫びたい気持ちを抑えて、エキはゆっくり呼吸して自分を落ち着かせる。
目の前にいる三人は見交わして、ジョアンは一息ついて質問する。
「これは最後の質問だ。二人はスパイや破壊活動など、国の安全や民の利益を害する目的でこの国に来たのか。」
「そんなこと断じてありません!」とすぐ否定するエキ。
「なるほど、これで終わりだ。すまないな、時間を取らせてもらって。」
ジョアンは立ち上がって言う。
「お二人は確かに、普通の旅人だとわかった。これからお二人はどうするか。旅立つか、このイブハニに残るか。」
「しばらく、ここに滞在する予定ですが。」
雰囲気が緩やかになって、引き締まった神経もリラックスしてきた。
「ではあす、衛兵隊に来てもらえないか、このイブハニだけじゃなく、ワランドル王国で活動すれば、身分証がないと大変だ。」
「ぜひ行かせていただきます。」
まさかすぐ身分証がもらえるなんて思わなかった。これは正々堂々生きていけそうだなと思うエキ。
「うん。」ジョアンはディアンに軽く頷いたら、ディアンの掌に燃えている炎はうねりながらすぐ消えた。
「衛兵隊は坊門のすぐそばにある。道はわかるか?」
「はい、道は覚えています。」
「では、失礼する。」
「また合おう、坊やたち。」ディアンは艶かしく微笑みながら、ジョアンと一緒に部屋から出た。
「あの…疑ってしまってすみませんね、お二人さん。」
アミレナは苦笑して詫びる。
「いいえ、そんなことないですよ。」
エキは頭を掻きながら言う。
「お陰で身分証もすぐ取れますし、正直私たちは知人を訪ねると言っても、今お金のない状態でなかなか旅立てません。ここに泊まっていただいただけで感謝したいです。」
「そうですか。では、お二人はこれからどうしますか?」
「よろしければ、お仕事を紹介していただけると助かります。」
「なるほどですね。今冒険者ギルドは人手足りない状態で、ここで働いていただいてよろしいですか。」
「おお!」
エキは合掌して言う。
「それはありがたいです!」
「では、遅くなりましたが自己紹介させていただきます。私はアミレナと申します、よろしくお願いいたします。」
「エキと申します・よろしくお願いいたします。」
何があったかわからないユーだが、「自己紹介」というキーワードを聞くとすぐ気が付いて慌ててエキの次に口を開く。
「ユー。ユーとも…申します。よろしく…お願いいたします。」
アミレナはにやっと笑って、何かを言いたかったが、ドアを叩く音が響いた。
「まだですか、アミレナ。」
中年女性の声が聞こえてきた。
「すみません、すぐ出ます。」
アミレナが答えたそばから、ドアが開けられて、グレーの麻の服を身に纏った中年女性が入ってきた。
「バニエントと申します。」
厳しい顔で二人に向かって話を続けるバニエント。
「エキと申します。」
「ユーと申します。」
軽く頷いて、バニエントは話を続けた。
「申し訳ないですが、二人は他のところに移動していただけないでしょうか。この部屋はすでに貸出していますから。」
「没想到竟然是马厩。
(まさかの、馬屋か)。」
背を壁にもたれて、夜空を眺めるエキ。
「不是马厩,是马厩的外面哦
(馬屋じゃなく、馬屋の外だよ)。」
ユーは大の字になって芝生に横になる。
夜風は涼しく、優しく照らす月の光に、遠くから聞こえてくる虫の鳴き声は人の心を落ち着かせる。
「你真的会日语吗?为啥我们现在要在外面睡啊
(お前本当に日本語ができるか?どうして今僕たちは外で寝なければならないんだよ)。」
「少废话。」
エキは一本の草をとって、ユーの顔に投げる。
「这已经是最好的结果了,明天去卫兵队拿了身份证,我们就可以堂堂正正地在这个世界生活了,你就偷着乐吧。
(これでも一番いい結果だぞ。明日、衛兵隊に行って身分証もらえたら、俺たちはこの世界で正々堂々に生きていけるんだ。嬉しく思え)。」
「所以最开始去卫兵队的话也不会这样吧,现在还好,要是冬天不得冻死啊
(だから最初に衛兵隊に行ったら、こんな結末にならなくて済むのに。今ならいいけど、冬だったら凍え死ぬかもしれないよ)。」
エキは答えず、ただ静かに夜空を眺める。
「那颗蓝色的星星,是地球吗
(その青い星、地球かな)?」
静寂を破って独りごとのように呟くユー。
「地球的话,离这里有几万光年。就算是想家,也太过遥远了
(地球だと、ここから何万光年もあるんだぜ。ホームシックになっても、ちょっと遠すぎかな)。」
「没想到留学变成了留世界?留星
(まさかの留学が留世界?留星?になるとは)。」
「哟西,我决定了
(よーし、決めた)!」
エキは体を起こして指で空を指していう。
「为了找到回去的方法,我要成为冒险家
(帰る方法を探すために、俺は冒険者になる)!」
まるで星空を抱きしめるように、両腕を伸ばして顔を空に向くエキ。
「活用外挂,成为世界最强
(チートを使って、世界最強になる)!」
「用挂成为最强一点意思都没有好吗…再说现在还不知道有什么挂呢
(チートで最強になるなんて全然面白くないけど…大体、どんなチートがあるかわからないじゃないか)。」
と、突っ込むユー。
「跟我一起喊啊
(俺と一緒に叫べよ)!」
「断る(我拒绝)。」
「没意思啊你,好好听着,我,要成为最强!
(味気ないなお前。よく聞け!俺は、最強になる)!」
「うるせー!静かにしろボケ!」
馬屋からの罵り声。