肆 番人蝶との決着
今回、長めです。
神殿に所属する中でも上位者会議が終わり、帰っていく一行。
その中でも荒々しく進む青年がいた。
「ふん、またあの小娘の話題か」
昨今異界門で主の討伐を果たした特定の挑戦者の名が度々話題に上がる。
しかも、攻略困難な異界門の主を、たった1人で討伐したという。とんでもない快挙、偉業である。
武具の性能に頼り、偶然運良く主を倒した小娘め。
金髪の青年は自らを見下ろす。
鍛え上げられ引き締まった身体に、上位神官を表す神官衣に身を包んでいた。
青年は現役で異界門を攻略する神官の位を持つ騎士でもあり、戦闘時には祝福を受けた武具で身を纏い、数々の難しい依頼をこなした実績もあった。
上位の神殿騎士の方々ほどではないが、並みの神殿騎士を抜きん出た実力は自他共に認めている。
それは才能に溺れず弛まぬ努力をしてきた現れでもあった。
流石に主を討伐した事こそはなかったが、青年は自身の血筋や若さ、実力に対して、絶大な自身を持っていた。
何故神殿はあの小娘に強権依頼を出さない?
仮にも主を討伐するだけの運や力を有しているのならば、精々生かさず殺さず、使い潰してやる。
それこそ我々上位者が下等平民にかけてやる温情だろう?
そんなに有能な武具を初心者の青級なんぞに所有させてやっていることが、そもそも可笑しい話ではないか。
異界門の主を討伐こそすれば器も拡張される筈なのに、未だ青級。
才能がないどころの話ではないっ!!
そんな小娘ですらあの武器を持てば主の討伐が出来るのだ。歴戦の神殿騎士に貸与すれば……私ならばもっと効率良く神殿の力となる筈なのに……忌々しい。
主を討伐出来た小娘とて無敵ではない。
その証拠に訓練と称した模擬戦をした男に無様に負けたと報告があるしな。
才能のない小娘が異界門で死に、貴重な武具が置き去りにされはのは流石に忍びない。
私があの武具を使えばもっと貢献し、神殿長すらなることが叶うだろうに……。
やはり、貴族である俺が出るしかないようだ。
大神殿の会議にも無能ばかりが集まるようになった。
人権を尊重しろ、やれ無理強いは駄目だとばかりほざく、無能な神官どもの巣と成り果てた。
大局が見えぬ有象無象では仕方があるまい……さしあたっては後ろ楯となっている東神殿の長を封じるか。
直接動くには奴の影響力が強すぎるからな。
外で待機していた従者神官が寄ってくる。
「アウロ様、お疲れ様でございます」
「うむ、ご苦労。してサービャ。耳を貸せ」
と小声で何やら話すと、一礼したサービャはすっと駆けていく。
協力者を募り、まずは今後のことを相談するディナーを持ち掛けるのであった。
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最低限の戦闘で区画を渡り歩き、主がいるエリアに到達した。
3時間くらいは掛かった。エリアへ入る前に小休憩を挟み、戦闘で負った小さな怪我などを治していく。
赤や黄、緑の浮遊する球が木の実ように発光して通路を通して最後の間へと案内しているようだ。
辿り着いた先には青々とした葉が生い茂る樹々の枝が閉鎖空間を造り上げ、このエリアの空間の周りを囲み覆っている。
空からは一条の光が差し込み、ある特定の場を照らしていた。
光指す場は、木材で加工し自然との見事な調和を思わされる王座。
其処には綺羅びやかな紋様の蝶の翅を背部に纏い、変わった形状服を身に纏った妖精がいた。
まるで王子様のようだ。見たこともないけど。
身長は40センチほどでこれまでみたどの魔物よりも小さい。
長い髪を美しい王冠のように結い上げられ、顔の大部分はパピヨンマスクで覆われていて口元までしか分からない。
その頭部からは蝶のような2本の長い触覚が生え、こちらを優雅に見つめている。
この場に君臨せし主は、その体長よりも大きな翅を拡げ、主へと挑む無謀な侵入者をまるで歓迎をしているかのようだ。
蠱惑な口元を歪めつつ、優雅な動作で右手をかざした。
「あれが妖精郷の主?聞いていた話とは少し違うわね?」
咄嗟に眼前で大盾を構えたエリザベートは、買っておいた使い捨てで簡易鑑定が行える巻物を起動させた。
巻物に写し出されたのは主の名前だけだった。
【小英雄の番人蝶】
戦闘と同時に青々とした葉から次々と落下してくる者達がいた。
着地と共に地を軽く揺るがす彼等は、硬質な蛹を鎧のように纏った人型であり、翅らしきモノが背部に引っ付いている妖精【木目の疑妖精】。
ヒイロよりは小さいが1メートル近い体長であり、武装した集団が王を護るように立ちはだかり、細槍を用いて総勢30名以上が一気に攻撃を仕掛けようとしていた。
眼前に大盾を構えたまま、動かないエリザベート。滅多にない強張った表情が受けたプレッシャーを物語っている。
「これは……ただの主じゃない?小英雄だなんて魔王種級じゃないの」
「エリザベートさん?何ですかその魔王種級って」
「フフッ、こんな時にも冷静なのね。私をリラックスさせるために常識的な質問をぶつけてくるだなんて」
私もまだまだだわね、と簡単に説明を受けた。いや私、本当に知らないだけなんだけど。
そんな事は無表情に尾首にも出しませんが。
主には通常種<準魔王種<魔王種<大古王種<最古主級と、神殿側で大まかにランクが分類されている。
通常種では何組かの合同パーティーで狩る事も出来る。
1ランク上の準魔王種にもなると、途端に討伐失敗や下手すれば全滅することも珍しくないくらい難易度が高くなるそうだ。
今回簡単に言えは名前表示の前に通称が付くと間違いなく最低限でも魔王種級となるとのこと。
黄級以上を含めたパーティー構成で挑戦することが最低限の推奨される条件が魔王種級。
何故ならこのランクから自らの支配する領域では最大限の祝福を身に宿せるらしく、種の到達点とも言える個体を表すのが魔王種級なのだと言う。
当然強力個体過ぎて討伐履歴もかなり少ない……つまり天夜叉がドロップするくらいの高々難易度A+級が今回のお相手となる。
フムフム……?
と言うなれば、2人で挑んでいる私達って、とっても勇者ってことじゃない??
目前に迫る取り巻き妖精達を前に、まずは迎撃体制をとった。
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蛹のように硬い部分を避け、危なげなく眼や間接部を華麗に切り裂くエリザベートさん。
私は初見さんで刺突剣であるヘルガイア(天夜叉はここへ来る前にイッサー神殿長に頼まれ、預けてある)を扱い、獲物の切れ味の良さをいかしながらなます切りで死体を量産していく。
うん、この蛹様の妖精達も主の取り巻きだけあって弱くない。
でも、この妖精達も虫・蟲に対する補正が効いているからか脅威ではなさそう。
そんなこんなで蹴散らしたあと、更に変化は起こった。
小英雄の番人蝶は目を細めたのち、翅を震わせて手を横に切る。
その切り目が開き空と地の狭間より召喚陣が形成された。
順にその陣から火を操る妖精、暗闇の妖精、蜂羽妖精、霜の妖精、見目麗しき妖精、魔力でイタズラ罠を連発する妖精が現れる。
小英雄の召喚に応じて各フィールドの代表する妖精種が20名ずつここへと集い、100名の軍勢がヒイロ達に牙を剥いた。
ほうほう、これまではお遊びだったみたいなのね。
そんなお茶目な小英雄さんにはしっかり歓迎をしなきゃだね。
しかし見た目は虫要素なさそうなの多めだ。
召還されたのは殆どはガチ妖精ってやつかな??
目の前を埋め尽くす妖精の混合軍とも呼べる軍勢を前に、身体に目の見えない殺気がビリビリと迫る重圧。
久しく感じていなかった死と絶望の気配。
妖精種に対して百戦錬磨を誇るエリザベートとて、安らかならざる心境だった。
黄級の複数パーティーで当たれば何人かは犠牲は出るだろうけど、突発することは可能だと思える。しかし此方はたった2人。
切り抜けることが出来ても、ましてや初めて出会う妖精種の異界門の主が控えている。
本来なら神殿の調べではこの異界門の主は高確率で妖精種でも蝶型特有の通常種である【番人蝶】のような身体強化型か、魔法と魅了を主に使うタイプだった筈。
明らかな変調。この魔王種級は本来ならば大神殿の限られた者しか扱えないゲートから向かうしかない筈なのに……。
異常事態?それとも偶然?何かが起こり始めているのかしら。
そんな疑問も直ぐに吹き飛び、死地に対して、気持ちが萎縮して萎える経験は初めてだった。
それでも前を向いていれるのは、
「はぁ、幸いなのは隣に最高の相棒がいるってことだけかしら?」
「あ、結構余裕あるですねエリザベートさん。心強いです」
「……ヒイロちゃんこそ、さっきから変わらず余裕そうよ?」
【圧拳(凝縮した力を手の全体に宿す)】。
エリザベートが授かったスキルは、黄級到達時に派生へと進化し今の【圧拳】スキルとなった。
大盾を構え防御姿勢を受けるとき、一瞬の一撃にかける際には、大いに補助となる。
準備は万端。
さて、ヒイロは腰の刺突剣に手を掛けた。
初御披露目だよヘルガイア。
【封獄界】、いらっしゃ~~い!!
異能の使用を受けて鈍く発光した剣先を上へと掲げた。
▼
神秘的なこのエリアに不意に揺れが襲った。
ヒイロの周りから覆うように蠢く何かが地より顔を出す。
這い出るように飛び出てきた6本の金属の鎖だ。
鈍色でシャラシャラと自動に動いている。
「くぅ~、何か身体からごっそり抜け出た感じ……じゃ、宜しくね。」
場の空気にずっしりと重いものが加えられる。
それはそんな気がしている……ではなく物理的に。
空に浮く妖精達も困惑している。明らかに悠々と空を漂う空間が一変したからだ。
妖精達は翅を使い、空を舞っているのではなく、翅を媒介とした魔法を使うことで浮力を得ているとが解っている。
それが今では、まるで水中を自在に泳ぐことに慣れないかのような、必死に喘ぐ出来損ないの魚になった気分になっていることだろう。
更に次々と高速で地より飛び出す鎖は空を飛ぶ妖精達を絡めとる。
鎖に触れた妖精達は浮力を喪い、落ちていく。
迎撃のために火の球や霧を出そうとした妖精達は、何時まで立っても行使出来ない魔力に戸惑っていた。
この空間の周辺は魔力を乱す効果も備えており、時間が経過し体内に入れば入るほど積み重なっていく凶悪なデパプとなっていく。
次々に複数の小さな弱体化させ、次第に相手を無力化させる干渉領域を発生させた。
因みに6本の鎖の効果はまた別。
というか鎖が発生することも使用して初めて知った。自動的に鎖が敵を狙うことはもう既に判明。
あとは【封獄界】から発生した鎖に関して異能の1つとして挙げれば、触れるだけで効果があり、縛る時間が長ければ長いほど大きな鎖となって相手を封ずる効果を宿すって事だろうか。
また、封獄の名に相応しい効力を持つ異能は、ヒイロが解除しない限り永遠と続く。
恐ろしいのは主にも例外なく効力があるということだ。実際に番人蝶の支配領域で強化されている筈の取り巻き妖精達すら干渉するのだ。
これがA級とは言え、オールド・ウェポンの名を冠たることを知らしめる由縁。
唯一の異能を秘めたかの刺突剣は、封獄界の異能が全開ではないが確実に、負荷を与え続け嫌らしく効果を示す。
だが、例外的にヒイロが味方だと思っているエリザベートにだけは効果を及ぼさない。
「こんな隠し玉があったなんて……フフフ、淑女の一員としてとってもエレガントよ」
弱った妖精に対して冷徹に仕留めるエリザベートは、主への怖じ気を吹き飛ばす。
ヒイロも最初にエリザベートさんから教えられていた毒を撒き散らす鱗粉を放つ妖精を仕留める。
エリザベートさんは【耐性:毒(中)】のスキル持ちのため余り効いてない様子。
私はほら、かなり具合悪そうな顔色で優先的に仕留めていった。
予備耐性毒の薬を飲みながら、やっと耐毒ポーションですっきりと体内から毒を除去した。
召還された妖精が数を減らしていくのに、主は余裕綽々とした佇まいは変わらない。
配下が幾ら死んでも気にしていない様子で王座から眺めるだけで、ピクリとも動こうともしない。
これは配下を信じて、私達を殺せると確信している?それとも……?
戦場は様変わりしていた。
遂に大勢いた取り巻きの妖精は全て討滅した。
が、その直後に番人蝶は大いなる強化を果たした模様です。
まぁ、あれだけあらかさまだと、何かあるなんて丸解りだわ。
配下を持つ魔物だと取り巻きを減らしていく毎に強化されるタイプと、弱体化していくタイプが確認されている。
もともとの番人蝶の場合はデーターからして、間違いなく前者ね。
というか小英雄ってあるんだから、配下ごときっちり守りなさいよね!!
最大強化されたのか王子様然としたなりは潜め、新生羽化とも呼べる変貌を果たしていた。
実際に脱げた優美な皮が大きな蝶の翅ごとそこに転がっている。
肥大化した筋肉マッチョメンとなった番人蝶は体長が3メートルを優に超え、髪が前面へと伸びて最早槍のように鋭い。小英雄という存在に相応しくプレッシャーを放っている。
通常種を遥かに超えている強化具合から、流石に魔王な番人蝶だけある。
先程以上に増しておぞましく感じる圧力から、1級の挑戦者達が集まっても討伐は困難を極めるだろうと思う。
自身の強大な魔力を操る触覚を2本とも震わせ、声にならない叫びから、最終決戦が始まる。
因みに改めて言うけど奴は飛べない。
最大強化の際に蝶の象徴でもある大翅ごと優美な皮を脱ぎ去っていたからだ。
また既に鎖も2本巻き付けてある。躱しもしなかったし。
そのため、最大強化される前に封獄界に長く晒され過ぎたためか、エリザベートが肩幅ほどある大きな腰には2対の大鎖となって巻き付いて絡んでいるが、未知に対してもそれがどうしたと言わんばかりに、余り気にしない様子だった。
この状態でも人という種を圧倒する異界門の主の存在は本当に恐ろしい存在なのだ。
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番人蝶がこちらへ到達する前に持ち込んだアイテムを消費していく。
陽炎の如き性質でエリザベートの投げた霜の小斧を難なく躱して更に接近してくる。
(あの図体でなんて早さなのっ!!)
魔力を最大限、肉体強化に限定し魔法要素を取り払った肉体言語化した妖精の主。
放たれた一撃を自慢の大盾がいなす。
金属をどう叩けばこんな音が出るのか不思議な位、ひしゃげていく悲鳴音に受ける度に凹んでいく。
しかし、密度を高めた防御は受けるダメージは徐々に減らしていく。
「この大盾は伊達じゃ……ないわ」
【圧拳】で強化されているこの手でも、受ける度に指が軋み、反対側に折られそうになるのを必死に持ちこたえている。
ヒイロに狙いが行かないよう【集積】のスキルと【岩の守り】を併用してやっと受け続けることが可能。
しかし、守り続けているだけでは勝てないことは解っていた。
ヒイロの持つ刺突剣ヘルガイアの異能〈封獄界〉の影響のお陰で異界門の主とはいえ、かなりの支配領域の力と身体性能、異能とが限定的ではあるが封じることに成功出来ていた。
負荷重により視認出来るほどに押さえられたが、飛翔を最大速度へと強化された番人蝶は、逞しい腰へと巻き付いている2対の封獄の大鎖の負荷によって端から見ればネジ切られそうに絞まりながらも、驚異的な加速を続けた。
そして時間経過によって更にもう1本の大鎖が首へと巻き付いていた。
侵食し巻き付いた大鎖は徐々に絞まり、動きの制限に加え番人蝶の肉体の劣化を早めている。
その証拠に高速で殴り続ける拳や鎖の巻き付いている部分からは激しい出血と肉が削げ始めている。
鎖を解除することもなく、攻撃こそが全てでありこの事態を打開する策だと本能的に悟っているに違いない。
そんな状況下でもエリザベートが視界に捕え、反撃をここみるには速すぎたため、敢えて一撃を全力で異能〈岩の守り〉をフル稼働させてその身で受け止めた。
激しく加わる衝撃は1トンを軽く超え、吹き飛ばされないように全身を大いに震わせ、力の流れを逸らし続けた。
魔王種の主級を相手に、真っ正面からまともにやっても勝ち目自体は薄いだろうことは予測していた。
反撃の出来ない、壊れにくいサンドバックを叩くことが楽しいのか、自らの血で血塗れの番人蝶はニチャアと嗤い、醜悪な表情へと変化した。
苛烈な攻撃をエリザベートへと加えているが、拳は骨が見えてボロボロ。
腰も鎖の締め付けによってまだ内臓まで見えていないが、結構な削り具合で番人蝶の口元からは時折吐血がある。内臓にも少なからず損傷はあると思うわ。
まるで痛覚がないのか嬉々として番人蝶は攻撃してくる。
まるで戦闘狂ね……がっつくだけの男なんて嫌われるだけよ?
どちらかの肉体が朽ちるまで勝負……完全に分が悪い賭けになることは明白。
それでもここは私が受け持たなくっちゃ……ね。
エリザベートは常人ならば悲壮と絶望感が漂うこの状況下に己を奮い立たせていく。
▼
時間にして30分はたっていないだろうが、エリザベートにとっては丸1日にも匹敵するほど長く感じられた時間を戦い抜いていた。
遂に決着の時を迎えた。
互いにボロボロだったが、番人蝶の両腕は肉が削げて骨だらけになっていたものの、エリザベートの肉体を突き破っていた。
大量のエリザベートの出血が手を通して濡れ落ちていた。
岩の守りの耐久値をダメージが超えた事で装備は破砕し、番人蝶の必殺必中の鋭く伸ばされた両手刀は尖り骨となって大きな穴をあけ、エリザベートに大出血を起こす。
逸らし続けたせいで急所である心臓部からズレていた。あと僅か指3本分ほと横だったら受け止めていても一撃で即死だっただろう。
エリザベートの体内に喰い込んだ上腕部を離さないように、力を締め上げて抜けなくする。
口から喀血しながら、さらなる痛みと壮絶なダメージに、意識が飛びそうになるため、辛くとも喋らないと繋ぎ止められない。
「フフ、モテすぎるってのも考えものだわね……こんなにアプローチされちゃあ、頑張ら、ない訳にはいかないじゃない、の」
死に損ない。そう呼ぶに相応しい今の満身創痍の身体。
しかし、そうとは思えぬほど研ぎ澄まされた。
ふっと力を緩めた際に離れた番人蝶の胸元に、レイピアの一撃が躱しようもなく吸い込まれるように貫いた。
もともと番人蝶がベースとなった魔王種級の個体だ。
防御力は大幅に底上げされ最大強化されたとはいえ、元々はそんなに物理攻撃には強くないのだろう。
更にはヒイロのオールド・ウェポンの強力な異能で肉体は徐々に干渉を受けて朽ちていた。
巨大な肉体を保つことももう限界だった。
致命傷を受けた番人蝶は激しく身動ぎして、まだ勝利を諦めない。
防御を捨て、攻撃のみに特化したボロボロとなった番人蝶の妖精はエリザベートを仕留めようと足掻く様は異界門の主の名に相応しい。
(早くトドメ、を)
意思の力を結集させ、奥歯に仕込んだ最後の丸薬を何とか噛み砕く。
僅かな短時間だが活力を与えてくれる魔法薬の類いだが、ここぞと言う時に使うと決めていた。
一瞬で無理矢理漲った活力で、奇跡的に動いた右手で、番人蝶の垂れ下がる1本の触覚を握りしめた。
それが限界だった。
魔法薬であるためまだ効能はあるはずだが、余りにも蓄積された肉体ダメージが酷すぎて、薬の効能を超えて発揮することが出来なかったからだ。
(それでも、これで、)
エリザベートはかつてない脱力感に襲われ、力尽きたようにこれ以上動けない。
貫通し刺さったままのレイピアは、番人蝶の胸元から力を失い、ガランと落ちた。
最後までエリザベートの命を守り抜いて大破した大盾を離さず掴んでいる左手の指。
触れたりしただけでも絶えず激痛を発した。
守り抜いた代償にその左手指全ては折れ曲がり、大盾の取手に何と引っ掛かっているのが現状。
だからそのまま押し倒すように大盾に身体を預けた。
エリザベートを支えきれずにそのまま倒れた番人蝶は、大破した大盾に刻まれながらぐしゃっと潰され果てた。
押し倒すだなんて我ながら品のない……端ないことだわね……と、エリザベートは土気色の顔色も僅かに頬を染めた。
そして直後にドロップの発光がエリザベートの勝利を確信させた。
「がっつくだけの我儘王子様にはまだまだオネーさん達を口説くのは早かったからしらね。出直し、て、らっしゃっ、い」
(ヒイロちゃん、これが、主を倒すって、こと、なのよね)
(貴女は、生き、て。さ、高の、)
最期の時に思うのは、長年己の胸を支配していた暗い塊はドロドロに溶けて失くなったことを感じていた。
冷たく失われていく自らの命を感じながら、始めての勝利の余韻に浸るエリザベートは血溜まりの中で満足そうにそっと目を閉じた。
ヒイロもまたこの空間で敵対者と相対している。
お読み下さり、ありがとうございます。
もう残り4話となります。
が、纏めたり削ったり、加筆したりしてるので短くなるかも?です。
活動報告で報告があります。
あ、前話ですが1件いいねありがとうございました!




