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異界門  作者: タロー


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古代樹の守護蟲 エピローグ


ヒイロが<古代樹の守護蟲>の異界門から帰還してから直後、病院で眠り続けた。




その数日後、目を覚ました。




目を開けた時、真っ白な天井が見えた。


「ヒイロさん」


聞いた覚えのある声の方向を向くと、泣きだしそうな、嬉しそうな表情をしたエレナの姿があった。









【経緯として】





帰還した際、【帰還の間】で待ち構えていたエレナに保護された。




先に帰還したデュークやアルディ、イッサー神殿長は1階の<異界門の間>へと向かっていた為その場にいなかった。

閉鎖されている<古代樹の守護蟲>の使用状況を確認する事でヒイロの生死の安否確認をしつつ、可能なら直ぐに救助へ向かう手続きをしている最中だったからだ。


しかし手続きの最中に、<古代樹の守護蟲>の異界門の使用人数が0になった。


異界門自体が消え、新しい異界門が表示される。


その突然の事に珍しくイッサー神殿長も呆けた顔を見せていた。


程なくして2階に残してきたエレナの使いからヒイロ帰還の連絡が入り、3人は慌てて2階へと戻ってきた。



既にエレナの手によって気を失っていたヒイロは全裸状態から全身を掛け物で覆って保護され、手の空いた職員で担架に乗せられる。


すぐに隣の東神殿内部の医療室へ運ばれていた。


正常に呼吸はしているが、呼び掛けても意識が戻らない。


診察してくれた神官医からは体の異常は余り見られないとの事。

安静もかねて経過観察の為に入院する。





精神的に深い眠りを欲していたヒイロの身体は、完全体となるべく【器】の調整の為に数日間を必要としており、こんこんと眠り続けた。








そしてやっと目が覚めた時に、偶々エレナが当番として付き添っていた日だった。


ヒイロを見届けたあと、エレナは東神殿へと戻っていった。



午後から神官医の診察を問診を受けた後、連絡を受けたイッサー神殿長が見舞いに来た。


「やあ、ヒイロくん。結構な間眠り続けていたようだが、体調はどうかね?」


「お見舞いありがとうございます。今の所、特に不調はありません」


「なら結構だよ。病み上がりの君に聞くのは申し訳ないんだが、帰還門の使用と私達が帰った後の間の約10分間、何があった?

解る範囲で良いから答えて欲しいんだよ」


10分間?


驚いた事に、ヒイロの帰還時間はイッサー神殿長とアルディ、デュークが帰還門を使って帰還してから10分も経過していなかったようなのだ。





実際ヒイロとしてはまだ混沌した意識の中にあり、「気が付けば此処にいた」「解らない」と繰り返すだけだった。








しかし、記憶にうっすらと残る異界門絡みの変な()を見た内容は覚えいたが、その事は黙っていた。




暗黒の空間の中に現れたニーズホック・センチピードとの戦闘。


【天夜叉】の異能を全て引き出した事。


朽ち果てそうな搾り滓のような芽が、何とか発芽する度に何度も踏み砕かれ、生き残って再生しても燃やされ、時に運なく食べられた事もあった。

そうやって執拗なくらい何度も何度も死と再生を繰り返し、気の遠くなる果てにようやく辿り着いた。


踏み潰されて死ぬ度に芽は伸び、根は強靭になっていった。

燃やされれば生き残る為にひたすら耐える事を覚え、食べられれば体に毒素と耐性を身に付けていく。


そこまで成長した茎が呆気なく折られようと、蕾を育て諦めずに何万回も繰り返した果てに咲いた真っ赤で美しい緋色の花びらの華。


それはまるで、真綿に水が吸収していくような解放感と共に体が生の喜びに満ちた瞬間だった。



夢でありながら、何とも現実的で不可思議な体験をした。





幻だったかのようにあやふやな記憶。


しかし、胸に刻まれた紋章のように見えるクッキリとした痣があった。

良く見れば、あの緋色の華のようにも見える。


裸で帰還してからエレナさんには見られたかも知れないが、余り気にしてない様子に思え、特に何も聞かれなかった。


少し安心している。


幸い、胸元はいくらでも隠せる場所。


胸が大きければより注目も集めたかも知れないが……幸いな事に私は控えめで美しいカタチの胸である。

まぁ、異性も同姓も余り興味を引く部分ではないだろうと思う。


秘奥の紋章。何故かあの痣にそんな名前をつけた気がする。

あの痣が出現した事で私の全てが変わったように思えてならないわ。







他にも理解してない訳の解らない出来事を話しても、頭がおかしいと思われるだけだと感じた。

だから後で整理してから相談出来そうなら、イッサー神殿長に改めてしてみようとヒイロは考えていた。












イッサーはそんなヒイロの様子をつぶさに観察していた。

困惑している度合いから嘘は言っていないように思えるが、本当の事も言ってないように感じる。


だが実際に10分程しか経過してない状況で、あの超巨大級の魔物であるニーズホック・センチピードは倒せるだろうか?


イッサー神殿長はギフト持ちのヒイロならば有り得るのかも知れないと……とも判断した。

だが、いくらヒイロでも天夜叉の異能も使いこなしていない状況で短時間では勝てたとは思えず、その考えを頭の隅に追いやった。


他にはヒイロだけ【帰還門】が正常に働かなかった理由は不明だが、こうして帰ってきた以上は時間差で働いたのだろうと結論付けられる。

後はヒイロの2つ目の呪いである<禁じられた内扉>は、現在鑑定したイッサーだけが知っている情報であり、それしか納得のいく理由がないからだ。





何故<古代樹の守護蟲>は攻略が済んでいないのに消失したのか?

疑問と共に説明のつかない不可解な出来事は尽きない。


聡明な東神殿の神殿長たるイッサーでも、今回の件に関しては情報が足りず、読めないでいた。











<古代樹の守護蟲>の異界門の消失について、そもそも固有の異界門の存在自体が詳細な情報として判明していない。

期限とされている1ヶ月の目安も、神殿がこれまでの攻略されていない異界門が消失するまでの月日の平均的な統計だったので、その異界門にとっては正確ではないのも事実。



結局は1ヶ月未満で消失した異界門の件は前代未聞だが最終的に【大神様の奇跡が遣わされた気紛れ】として片付けられた。






そう言った理由が重なり、謎の多い今回の出来事は判明しないまま未解決の流れになる。

調査は続けていくが、前例もないので未解決のまま今後も調査は進まないと思われる。







ヒイロが目覚めたとの連絡を受けたデュークと共に、パーティーを組んだアルディも見舞いに来てくれた。


2人はイッサー神殿長の勧めもあって、今日から検査入院するそうだ。


互いの無事を喜びながら、デュークは例のお菓子職人さんのお菓子を見舞品として持ってきてくれ、蜜とカラメルを合わせたプディングで、全て異界門産の素材で作られたある意味高級品。



アルディは滋養に効果があるとされるサッパリとしたハーブティーの茶葉を持ってきてくれており、デュークの見舞い菓子を皆で食べながら、簡単なお茶会をする。


あれから2人とも検査入院のあと、神殿の体力回復ポーションを併用した治療で傷もなく回復し、一足早く日常へと復帰していた。








因みにヒイロの装備していたマッドウォーリアの剣。

これはどこにも見つからず(異界門自体がないので仕方のない)、いつ無くしたのかも記憶になくて解らない。


<壊れ剣マニア>の由来の剣だったのに……と泣く泣く諦めたのだった。




他にも同日に無くしたとされる<古代樹の守護蟲>で使用した<弱毒耐性>の低位異能指輪と、一般神殿兵士の女性装備の損失はイッサー神殿長がヒイロの代わりに弁償しておいてくれていた。


既に借金が金貨1200枚もあるヒイロに弁償させるのはちょっと酷だと感じていたし、何より借りを作る機会だとも思っていたちゃっかりなイッサー神殿長だった。


ユニークな存在になると予見していたイッサー神殿長にとって、ヒイロは未知でこれからも興味の尽きないお気に入りの人物の1人だ。


そう考えながらも、ヒイロが困っていたら手助けに入る神殿長は充分お人好しなのかも知れない。
















今回の件でニーズホック会長は<古代樹の守護蟲>の攻略断念を余儀なくされ、非常に悔やんでいたが次に現れた時の為に備えるのだと言っていたそうだ。



そして孫娘のメイアはニーズホック商会から忽然と姿を消す事になった。





ニーズホック会長には両親の元へ一時的に帰ると言付けて、神殿都市を出ていったそうだ。

専属メイドのシャリアも連れていったとされているが、遂にメイアの愛想を尽かして神殿都市から出ていき、慌てたメイアが連れ戻しに向かったとも噂されている。


他にもニーズホック商会の店員の数名と幹部がメイアに付き添い、配置換えがなされる予定だと言う。





突然の異動と移動。

最初の内はメイア派が後継者の内部争いに負けたからだとか、色々と噂もされていたが1ヶ月も立てば誰もそんな事を噂もしなくなる。



本当の所は誰も知らない。







その当時者達を除いては……。













ヒイロが退院した夜、見計らっていたタイミングでメイアの専用メイドであるシャリアが接触してきた。

彼女は鍵のかかったヒイロの寮部屋に潜んでいる状況だった。






ヒイロの感覚はかつてないほど研ぎ澄まされていた。


記憶には残ってはいないが、古代樹がヒイロに施した幾千幾万と繰り返されてきた生死は本来生物が持つ感覚を高め、体の細胞レベルにまで異常を感じ取れる程だった。


「何か?」


そう声をかけると、少し驚いた様子のシャリアの気配を感じる。



しかし動こうとはしない。

此方が気付いていないとでも思っているのだろう。

再度、シャリアが潜んでいる場所に声をかけた。





この行動に驚いたのはシャリアだった。

此方を確信している声掛け、間違いない。


(どうやったのかは知らないですが、この私を感知している?)


多少の動揺も表情に表さずに、敢えてゆっくりと、余裕を持って出てきた。




「ヒイロ様、ご機嫌よう。

この度は退院おめでとうございます。


貴女にはご用件が解っているのではありませんか?

再び病院生活を送りたくなければ、貴女のお持ちになっている代物を此方にお渡し下さい」



「何の事?私は貴女に渡せる物は何も持っていないわ」



「ご冗談を。貴女様について調べはついております。

<蟲の天敵>で御座いましたか?初めてお聞きしましたが、上位?スキルをお持ちでございますのね。

それがあれば、可能性は低くとも消失した異界門の理由に繋がりますわ」


それに……と続ける。


「ヒイロ様のスキルは魔物に対して非常に有効であっても、人に対しては効力を発揮できないとか?

確か黄級(イエロー)のラッツ・ヒューストン様と対戦して良い勝負ながらも敗れたと聞き及んでおりますから」



不完全な情報ながらどうやら私の事を調べ上げてるのね。


しかし、<蟲の天敵>はスキルではなくギフトである。

この存在自体、どこでどう情報が漏れたのか……ラッツとの対戦は兎も角、この情報は神殿でも秘匿されている筈なのだ。



やはり神殿内部にニーズホックの手の者が紛れているのだろう。


黙って答えないヒイロを、了承と判断したシャリアは、


「明日、ニーズホック商会にてお待ちしております」



ヒイロの返事も聞かずにそう言い終えて、シャリアは消えるように神殿寮を後にした。



誰とも知られず寮内に潜入された事といい、シャリア本人のスキルも去ることながら、協力者がいる等して根回しがなくては寮内には入れない。

シャリアの態度に、今日は誰もヒイロの部屋にこなかったと認識されていると暗に物語たっている。


これでは例え不法侵入を訴えたとしても、誰も証言はしない。

恐らくは偽装のアリバイを証言する人間すら用意して対策してあるのだと、ここまでの手際の良さを見て判断した。









悔しい。もうヒイロに出来ることは少ない。


しかし、私1人では元々何も出来ないのだ。


深夜帯でも構わない。

気軽に頼れる存在ではないが、神殿都市で最大の理解者でもあるイッサー神殿長へ相談に向かう決心をした。


イッサー神殿長は神殿都市内に豪邸がある。

しかし、基本的にそこに家族を住まわせ、本人は実は神殿寮で暮らしていた。



神殿長にしか判断出来ない案件が緊急に舞い込んだ場合を想定して、神殿から家まで連絡の距離が勿体ないからだと言う。

実際にイッサーが神殿長に就任してから何度かそういった重大な事例が発生した為、昨年から寮へと泊まり込みを開始していたのだった。


流石に寮内でも神殿長の住む部屋には一般神殿兵士による警備体制が引かれている。


深夜帯ではあったが彼等にアポイントメントを頼むと、追い返される事なく神殿長へ判断を仰ぎに行ってくれた。


これはイッサー神殿長がヒイロがギフト持ちだと判明してから、何時如何なる場合でも取り次ぎせよと厳命していたお陰であった。


そうとは知らないヒイロは応接室へ案内され、イッサー神殿長が来るのを待った。


20分程経過したのち、イッサー神殿長は応接間にやってきた。

少しゆったりとした衣類に身を包んで、クールなイケメンが少しくずれて柔らかい印象が加わっていた。

急いでシャワーを浴びたのか、髪はしっとり濡れており、清涼感のあるハーブ匂いが立ち込めた。

別のソファーへと座らせたイッサー神殿長は、深夜に訪れた用件を尋ねた。




先程あったシャリアとの接触に、手に入れた素材を渡せと脅されたやり取りを説明する。


その際には、病院で思い出せた不可解で奇妙な夢の体験をこの時伝えた。




覚束無いながらも全てを話すると、イッサー神殿長は項垂れた。

口元を抑え、プルプルと震えてきたかと思うと、顔を上げての大爆笑が始まった。


深夜であろうと暫く笑い声が止まらないので、警備の兵士がどうしたのかと心配したくらい大きな声だっだ。

一頻り笑い声が収まると、指で涙を軽く拭きながら答えた。


「も、もっ、最もらしい顔で何を言うかと思えば……ヒイロくんは私の想像を超えてくる」


「……何もそこまで笑わなくても良いでしょう」


「いやはや申し訳ないね。

それなら明日、私も君に同席するとしよう。どうやら原因の1つに此方の不手際もあるようだしね」



イッサー神殿長には話を聞いている内に、ヒイロの情報を提供した神殿関係者の目星を付けた。


2年程前に北神殿で出世を繰り返し、幹部にまでのしあがってきた小太りの男の顔が浮かぶ。


丁度その時よりニーズホック商会の会長から指名を受けて、神殿側からの顧問として紹介された時期と重なった。


(ニーズホック商会は近年希に見る発展を遂げた。

恐らくは何代か前からの会長から権力を強めようと神殿内部をじわじわと侵食し、掌握しようとしている計画を企んでいた筈だろう。

流石に大神殿に関しては何も掴んでないだろうが、東西南北の神殿にはそれなりの影響を持つスパイが育ってきているのだろうね。

ニーズホック会長は此れを期に神殿内部から切り崩そうとしたか?まあ……その程度の情報など、此方が何も気付いていないと思っている?

それとも何も出来ないと踏んでいるのか?

だとしたら……何も弁えぬ救いきれない愚か者だとしか言いようがないな)


「全く遺憾だよ。度しがたい」


大いに笑った後のイッサー神殿長の顔は、これ迄見た事がない程、怒りに満ちていた。

その目線だけで即座に心臓が停止しそうな程、凍り付いている。



怒りを向けられていないヒイロからしても、その顔をさせた内通者に同情する程悲惨で恐ろしい表情であった。


2人は簡単な打ち合わせを含んだ話し合いの後、それぞれの部屋へと帰った。


明日は決戦である。








そうして迎えた翌日。


昼前にニーズホック商会へお邪魔する事にした。




ヒイロが店内に入り従業員に声を掛けたのだが、従業員は「申し訳ありませんが、青級(ブルー)程度の挑戦者が買える品物は此方にはありません。お帰りは彼方ですよ?」と、マトモに取り次ぎもせず、馬鹿にした表情で対応してきた。


この店員の対応には中にいた他の挑戦者も顔をしかめていたが、気にした風でもない。

しかも、他の店員までもが見て見ぬ振りをしてあからさまに馬鹿にしている表情をしていた。


そんな中でもヒイロが重ねて何か言う前に、聞きなれた安心する男性の声が聞こえた。



「おやおや、此方を呼び出しておいてその態度は頂けないね。

それとも会長がお客に対する指導する内容が変わったのかな?

人ではなくランクを見て、接客態度を変えて対応するように……とでもね?」



その言葉に対して目を吊り上げる店員は、生意気な口を聞いたのは誰かと思い、見つめた。


その視線の先には、荘厳な神殿長を示す服装をしたイッサー神殿長しかいなかった。


流石に神殿都市の神殿長の顔を知らない者はいない。

慌てて顔色を変えて取り繕うが、イッサー神殿長はきつい態度を変えない。


「今日私は東神殿の重要な客人であるヒイロくんの付き添いで来たんだ。

でも、おかしいな……これはどういうことだい?いつの間にかお店のルールは変わったようだね。

挑戦者は青級だろうが、例え金級だろうが丁重にもてなして接客をする。

これは挑戦者だった初代が決めた商会のルールだった筈だよ」



「ほら、悪いと解ったのなら謝罪しなさい。

私とヒイロくんに……教えられないと解らないのかい?

こんな簡単な事を教えてあげたのにまだ出来ないのかな?」




普段はしないニヤニヤ笑いで、思い切り悪態をついて煽りまくっていた。




対応した従業員は顔色が蒼くなったり、赤くなったりと忙しそうだ。


恐らく、ここでヒイロへの嫌がらせを指示されていたのだろう。


「随分とまぁ蔑ろにされて……どいつも全員、人としての教育がなってないね。

有り難う、丁重に気分を悪くさせて馬鹿にするのがこの商会のやり方だと教えて貰ったよ。

ニーズホック商会には礼儀を弁えた人間はいないようだね」



慌てて神殿長へ謝罪すると共に、ヒイロもろとも奥の間へと通された。



ヒイロがイッサー神殿長を連れてきた事に対して、完全に予想外だったのかメイアとシャリアは苦い顔をしていた。


「ご機嫌ようメイア嬢。今回は私も関係あるのでね、同席させてもらうよ。構わないだろう?」



さて、本題だ。


ヒイロの言い分はこうである。


あの異界門でニーズホックの名の付く魔物と戦い、素材を手に入れた。

しかしそのニーズホック・センチピードの素材は商会に売る必要がない……と答えた。


何故なら、ヒイロはニーズホック商会が出した依頼を受けた挑戦者の対象とならないからだ。

依頼は受け取っていたのだが、それは直前で参加内容を変更され、青級(ブルー)には援助もなく、依頼対象とならないと宣言したのはニーズホック商会側だったからだ。


しかも、その発言に対しデュークは証人となっている。


それは誤魔化しようのない事実だった。



現にヒイロは神殿長達に付いていっただけの存在である。

どういった経緯かは説明しないが、<古代樹の守護蟲>でヒイロが一人でニーズホック・センチピードと相対し、手に入れた貴重な素材なのだ。


本人に売る気がないのに、ニーズホック商会の渇望する素材を渡す義理などない。


そう主張しても何の問題ない。


それを踏まえて昨夜の脅しには屈しない事を伝えた。



素材を持っていない癖に嘘を付かれたと思われるのも癪なので、事前にイッサー神殿長に<上位鑑定>して貰っていたニーズホック・センチピードの素材の鑑定書だけを紹介側に提示した。










【ニーズホック・センチピードの多千脚】 A等級素材



古代樹に集まる魔物を主食としている超巨大な異界門の主<ニーズホック・センチピード>

古代樹の恩恵を受けた体は膨大な魔力を蓄え、脚部1本の長さは1mを優に超える。

その脚は柔軟さと堅牢さを備え、優れた構造で力を分散させ、超重量を支えていた。











この説明文を見たメイアは驚愕の余り、顔色が蒼白に変化した。

シャリアから、ヒイロではなくもしかしたらイッサー神殿長達が異界門の主を倒しているかも知れないと囁かれていたが、メイア自身は全く本気にはしていなかった。


寧ろこの場にヒイロを呼び付け、言い掛かりをつけて神殿都市からヒイロを追い出す気でいたのだった。





「嘘よ、あんたのような青級(ブルー)に異界門の主素材なんて手に入らないわ。

その素材の鑑定書も全くの偽物で出鱈目よ」


その言にイッサー神殿長は表情を固くした。


「ほう、ではメイア嬢は鑑定した我々神殿を信用出来ないと仰るのかな」



「そ、それは……そうよ!

神殿もその女とグルになってニーズホック商会を陥れようとしているのよ」



「それは酷い言いがかりも良い所ですな。神殿とニーズホック商会は良い関係でありたいとお互いの信頼関係も構築していた筈です。

我らが一方的に嘘をついて陥れようと等とは……その発言、取り消しには出来ませんよ!?」


凄まじい威圧感がイッサー神殿長から吹き出る。


「ヒッ!!」



怖じ気づくメイアに対して、シャリアが横から援護する。


「イッサー神殿長様、お嬢様は少しお疲れで、錯乱しておられるのです。

此方の発言の不手際もありましたが、決してニーズホック商会は神殿と事を構えたいとは思っていません」



どう言い繕うか考えいると、ガチャリと不意に応接室の扉が開かれた。


入ってきたのはニーズホック会長その人だった。

入ってくるなりイッサー神殿長に頭を下げ、ヒイロの目の前で膝を付いた。


「ヒイロさん、この度は孫娘と商会の者が行った不手際をお詫び致します」




と、謝罪し、絨毯に頭を擦り付けた。



「お爺様、何をなさっているのです!」



それを見て慌てたメイアとシャリアが駆け寄り会長を立たせようとすると、2人を見上げた顔を赤く、荒い口調で怒鳴ったのだ。




「この馬鹿者めが!

お前達……儂が何も知らないと思っておったのか?」



「大旦那様、どういう事で御座いましょうか?私共には全く心当たりが御座いません」


苦い表情になった会長は、諦めたように会話する。


「商会側からの東神殿への内通者の存在。そして今回の出来事やヒイロさんへの脅迫ともとれる行動……だ」


メイアは言われた事が理解出来ないのか、両手で頭を抱えながらヒステリックに叫ぶ。


「そんなの……こんな事、今までもしてきたわ!

お爺様、何で今になって言われなきゃならないのよ」


開き直ったメイア嬢の言葉に苦々しい表情を浮かべた会長は、悲しそうに言葉を繋いだ。


「お前達が今まで好き勝手していたのは知っていた。

孫可愛さに何も口出しせず、教育しなかった事を今ほど後悔した事はない。

それ故に、決して神殿都市では手を出してはいけない存在に手を出したのだ」


そう言う会長は悲壮感が漂っている。


「メイア、シャリアよ。

ヒイロさんは只の変わったスキル持っている御方ではない。

……お前達が考えている程、決して蔑ろにしていい存在では無いのだよ」




ギフト・ホルダーには色々な特典がある。


ヒイロが都市に来たばかりに説明された特典以外にも、ギフト・ホルダーの人権を守る措置が取られるのだった。

その強力過ぎる力が神殿に向かないようにする事と、他へ勧誘される事を防ぐ為である。

神殿都市で最高機密として秘匿されているが、ギフトは非常に稀だが遺伝する可能性があるのだ。

少なくとも1人、ヒイロ以外に存在している者はそういった経緯でギフトを発現させたとても希少性の高い者だった。



【異界門】を有する神殿都市にとってはギフトの存在は他に変えようのない特別な存在なのだ。

その為、害しようする勢力に対して神殿は排除する事を躊躇わない。



今回の件にしても、不穏分子として前々から何名かの候補を上げていたイッサー神殿長は、あえて内通者を泳がせ然るべき時に捕らえる予定だった。

しかし、昨日のヒイロからの相談と情報で即座にそのプランを変更した。

昨日の間に密かに捕らえられた内通者は、神殿の神官長補佐という地位の高い者だった。


この件を皮切りに早朝にニーズホック会長邸を訪ね、秘密裏に交渉を済ませたイッサー神殿長はなに食わぬ顔で、先程顔を見せたのだった。




たった1日でイッサー神殿長は動き、根回しを済ませた。

本当に誰にも気が付かれぬ内に対処を決めた手腕は見事としか言いようがない。




会長の話からシャリアは自分達が取り返しのつかない過ちをした事を痛感した。

まさか神殿側からここまで迅速に動かれ、手を回されていようとは思わなかったのである。



ヒイロに関しても神殿都市に招かれるくらいには珍しいスキル持ちくらいにしか考えなかった。

しかもヒイロがこの都市に来てからの数ヶ月の経緯と行動しか集められず、強硬な判断しようにも情報が少なすぎた。

逆に少ない情報しかないのであれば、対した存在でもないと侮ってもいた。


それにヒイロに関しては、神殿内部の内通者はそこまで詳しい情報は知らなかった。



その思い違いが今回の出来事を起こしてしまった。


例え知っていたとしても、メイアの態度を見ていたら無駄だったと思うが。




「今回お前達の軽挙でニーズホック商会は神殿都市からの退去を命じられた。

だが、1つだけ条件を飲めば退去はせずとも良い事になった」


苦渋の目でメイアを見つめる会長を見れば、シャリアはどのような条件か思いつく。

暗い表情を浮かべながらもメイアの手を握り、会長の話を待った。


「シャリアよお前が思った通り……メイアを神殿都市から永久追放する事だ。

しかも72時間以内に退去する命令書が届いておる」


「えっ嫌よお爺様、私はまだ赤級(レッド)になったばかりなのよ」


「そうです。いくら何でもその条件はお嬢様にとって過酷過ぎます。

今追放されたらお嬢様はニーズホック商会の後継者として見なされません。

大旦那様とて何れだけお嬢様がニーズホック商会の会長職に憧れていたかご存知の筈です。何卒お考え直しを……」


「黙れ!!……まだ事態を把握せず、そのような事を言っておるのか」


いつも孫娘に優しい祖父の顔しか知らないメイアは、酷く突き放された表情を浮かべた。

それをため息を吐きながら見つめる会長も悔しそうであった。



「息子は商売の才能はあったが戦闘の才能はなかったゆえ、挑戦者にはなれなかった。

その故、メイアが挑戦者となった時何れ程嬉しかったか解るか!?

……ニーズホック商会を潰さぬ為にも、黄級の者を養子とし、メイアと結婚させる他最早手はないのだ」



その条件を飲めば、ニーズホック商会は会長が存命している間の存続を許され、後継者問題もその間に何とか解決出来ればいい。

また即刻退去ではなく72時間の時間の猶予とニーズホック商会のとり潰しは免れる……これは温情措置だった。



しかし、そんな事もメイアには通用しない。



「嫌よ嫌よ、これのどこが温情なのよ。

何で私がそんな理不尽に扱われなきゃならないの。

絶対に嫌。神殿の言うことなんて無視すればいいのよ。

ニーズホック商会のお陰で神殿都市が潤っているのよ。むしろ無くなったら困るわよねぇ」


怯えつつも、イッサー神殿長に向かって挑発的に言い放つ。



「……良く話し合われると良いでしょう。こちらの決定は変わりませんので。

それから誤解されているようですが、神殿都市にとってニーズホック商会の代わりはいくらでもあります。

メイア嬢は知らないかも知れませんが、神殿都市にあるこの1店舗だけで、他国全ての店舗を合わせても売上金が有るのですよ?

それを知っているからこそ、会長は此方に対して深く頭を下げている事実をお忘れなく……ね」



そう言い残してイッサー神殿長はヒイロを連れて出ていった。





項垂れた会長は、メイア達に必要最低限の指示を出す。


重ねてメイアには神殿都市を出立する準備を整えておくように通達する事も忘れない。

一気に老け込んだ会長はそのまま寝込んでしまった。




あれからメイアは事態を回避する為に即座に行動に移した。


まずは北神殿に戻り、お姉様と慕う北神殿長に頼ろうと会いに行こうとしたが……面会は叶わなかった。

北神殿の入り口にて止められ、今後の出入り禁止を告げられた。

メイアの部屋の荷物も纏められて外へと放り出されてあった。



次に頼ったのは小太りの男の神殿内通者。

しかし此方はとうに行方が知れなくなっていて、誰に尋ねても誰も知らないと答えるばかりであった。

最初からそんな人物はいないとまで答えられ、メイア達を不審者扱いされる始末だ。



全てが自分達が振り撒いた種であっても、自業自得と言う言葉はメイアの中の辞書にはない。







「こんな事になったのも……全てあの女が悪いのよ。ヒイロ、ヒイロ、ヒイロ、ヒイロォォォ!!」




ニーズホック商会の部屋で呪詛のように喚き、物に当たり散らす様子のメイア。

奇行に走らぬように他のメイド達に任せ、シャリアは今自分の出来る最優先と思われる行動をとる為にある場所へ向かった。









神殿長と共に帰ってきたヒイロは寮の部屋の中に入る。


夕御飯を食べて風呂へ入り、ベッドに横になった。

暫くして、部屋の閉じられていた鍵扉が音もなく開いて、忍び寄る影に襲われた。




勘づいていたヒイロは、首に突き付けられるナイフを最小限で避けたので、あっさりと空を切った。


逆に襲撃者の手首をそのまま捻ろうと掴むが、即座に反撃にしようとした裏拳をかわす為に手を離した。


対峙した相手はフードを目深く被っていたが、ナイフを持ったその影はシャリアで間違いなかった。



「……この間と違って気配は完璧に消していた筈。

教えて下さい、何をしました?

何故 青級(ブルー)程度に私の存在が感知されるのです!?」


シャリアの疑問に答える義理もなく、ヒイロは直ぐに大声を上げて助けを呼んだ。


すると外から複数の人間が駆け付けてくる音が響く。

予め配置されていた兵士達にシャリアは手際よく拘束された。

駆け付けた人員の中には仮面の戦士、アルディの姿もあった。


彼等は寮内の警備に関して従来の一般神殿兵士ではなく、より精強な上位の神殿兵士を配置させられていたのだった。

一般神殿兵士で黄級相当の実力があり、その上位であれば例え元緑級のシャリアと言えどもそうそう後れはとらない。


今回最優先されるのはヒイロの身の安全。

予想された襲撃に対し、幾度も安全策を重ねるように上級の神殿兵士の派遣を大神殿へ強く要請しておいた。

それはイッサー神殿長の手の平で泳がされ、何重にも仕組まれていた罠に引っ掛かったシャリアはどう足掻いても無駄な結果に終わる結末しか無かった。





これまで人知れずニーズホック商会の障害を屠ってきた裏の暗殺者の顔を持つシャリア。


ヒイロの情報から予めイッサー神殿長はシャリアが忍び込んでくるであろう事は予見していた。

シャリアは元 緑級の実力を持った挑戦者だし、索敵と暗殺に特化していた情報も入ってきていた手強い相手だ。

現役こそ離れているが、ニーズホック商会の厳選された特別装備を与えられている程に対人特化した戦闘能力を有している。


押収した装備には【静寂の衣】と呼ばれる一切の物音を立てない異能が付与された闇夜に紛れる服装や、履いていた靴は【アルビオンブーツ】と呼ばれ、移動速度を急上昇させる異能が付与された1品だ。

どれも金貨数百枚は下らないB等級相当の一流の代物で、只の一介の暗殺者には持ち得ない装備品だったのだ。









襲撃は防がれ、寮の部屋から連れ出されていくシャリアの後ろ姿に声をかけた。



「貴女達が最初から何もしなければ、ニーズホック商会は素材を手にしていたのに……バカな事したわね」



そう一言放つとシャリアはキッと睨んで振り向く。しかしその険しい表情が少し困惑したモノに変わった。




「今回の依頼変更で青級は支援を受けれず、依頼料も貰えません。

それで素材を渡したら何も報酬は有りません。

それなのに、貴女はどうしてニーズホック商会の依頼を受けられたのですか?」



「私がこの依頼を受けようと思った理由?

それは、最初お会いした会長さんが親切にご馳走してくれたお茶が美味しかったからだけよ」



「まさかそんな理由だけで」








そのまま会話して立ち止まる事もなく、連行されるシャリアの後ろ姿に今度は声を掛けず、黙って見送ったヒイロ。




元 緑級のシャリアの襲撃は<古代樹の守護蟲>に挑む前のヒイロならば、寮内に侵入された時点で間違いなく殺されていただろう。


たった数日の差でしか無かったが、運命はヒイロに微笑んだのだった。








この出来事を1つ貸しとしてイッサー神殿長は処理してくれた。


そして、デュークも外で待機してくれていて、万が一にもシャリアを逃さぬように見張ってくれていた。

またシャリア以外にも不審と思われる人物の拘束をしてくれていたのだった。



ヒイロが神殿都市に招待されてから3ヶ月。

預かり知らぬ所で様々な人が動き、助けてくれた事実を感謝した。









その後、神殿はニーズホック商会は表向きの存在は許された。

しかしヒイロの暗殺と神殿内部のニーズホック商会の内通者を摘発した事により、会長は引退に追い込まれる。



今回の事で商会は完全に信用を失った。


例え口に出さずとも、あの現場を見ていた挑戦者達は気が付いただろう。


ここからニーズホック商会が輝きを取り戻すのか、それとも地に埋もれ消滅するかは誰も解らない。



ヒイロはこれからも異界門に挑戦していくだろう。

新たに手に入れたチカラと絆を大切にしながら……。


そう、まだ始まったばかりなのだから。

ちょっと初ザマァ要素に挑戦してみました。


私には難し過ぎるかも知れません。


でも、書いてる時は楽しかったかも知れません。

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