鳴動の琥珀弓
東神殿に呼び出しを受けて到着したヒイロは、案内場で用件を伝えて待っていた。
異界門の主の宝箱から入手した弓を売る予定の挑戦者と会う日である。
【等級について】
等級とは魔物からドロップした素材のランク。またはアイテムの・武具の価値を指す。
下から順番にE<D<C<B<A<A+<Sの順となる階級に分かれている。
最下のE等級は私が来ていた動物の皮から作られたレザー系統の装備や、銅製のショートソード等がこれに当たる。
大体銀貨1枚当たりが相場の価格。
D等級は青銅や鉄など、Eに比べて少し品質が上がった製品が多い。
実際にE級からD級は初心者にオススメする装備として敢えて安めの価格に調整、設定されている。
これ等の製品は価格が銀貨2~3枚となり、装備を敢えて更新しない挑戦者もいる。
C等級に入ると、僅かに魔力の帯びた素材や、鋼鉄製の代物が対象となる。
鋼鉄製の武具は重いが、防御力は並外れて高く耐久性も優秀だ。
特に防具に関して重戦士や騎士の装備に好まれて使われる事が多いが金貨10枚からなので金喰い虫となる。
しかし鋼鉄製の武器に関しては、切れ味や耐久性を考えると、腕に覚えのある挑戦者は必ず1つは持っている。
鋼鉄製の防具を使わない大概の挑戦者は魔物を狩る事に慣れてきた所で、浅い階層の異界門で入手した魔物素材を中心に、武具をオーダーメイドする。
魔物素材を使った武具も優秀で、運が良ければ低位の異能が付与された代物を手に入れる事もある。
実力を高めてどんどん装備を更新していき、ベテランの域に達していくそうだ。
しかし、この領域まで来ると装備類はやはり金貨が必要となってくる。
この装備を身に付けられる挑戦者は、一人前として見なされている。
B等級と判定される代物は、素材であればレアドロップといった滅多に出ない魔物素材に当たる。
また存在自体が稀少な魔物もレアな素材を持っている事が多く、その素材で作られた武具は有能な異能が付与されている事が多い。
金属に至っては魔力を帯びた金属がその対象に当たり、鉱物が採取出来る異界門や特定の魔物のドロップ品が有名だ。
有名な代物として魔力を帯びた銅を魔銅、銀を魔銀と呼び、魔銅は魔力はあるものの含有量は最も少なく、単体だけでは魔力を宿す武具として向いていない。
逆に魔銀は魔力を魔銅よりは豊富に有して浸透性は高く、攻守共に優れているのだが、単体では圧倒的な強度不足で武器として使うと耐えようのない金属だった。
その両方の欠点を補うために研究され、[魔銅銀]と呼ばれる新種の合成金属は神殿都市で開発された金属だ。
更にこれより上位の魔力を帯びた金属も異界門に存在しているが、入手は非常に困難で滅多に手に入らない。
因みに【白騎士】の異名を持つトップクラスの挑戦者は、<白鉄>と呼ばれる稀少金属を存分に使った全身装備を持っている。
それを集められるだけ凄腕の技量と、財産を持つ挑戦者としての意味合いを込められて白騎士と呼ばれるようになった経緯を持っていた。
この装備にかかる費用は金貨数百枚相当である為、B等級の装備品を持つ事が一流の挑戦者の証だと言われている。
因みに異界門の宝箱から入手出来る品もB等級からのアイテムや装備品となり、あの金貨250枚のする<完全火耐性>の異能が付いた全身マントもB等級だ。
A級からの素材は、全て異界門の主を討伐しないと入手できない。
その異界門の主は最低でもA等級からなり、A等級品はまず市場に出回らない。
ニーズホック商店の特別な店舗か、オークション行くかの稀少な品でしかお目にかかる機会はない。
A+等級となればどれだけの価値になり、その更に上のS等級はどれ程の魔物を倒せばその等級に当たるのだろう??
私の想像を遥かに絶する魔物に違いない。
そんな事を考えながら待っていると案内係が迎えに来てくれて、神殿長屋へと通された。
そこにはイッサー神殿長と1人の男性が待っていた。
男性は頭にバンダナを巻いて、此方を見つめていた。
ん?バンダナ?
最近見掛けたような……。
よく見れば知った顔だった。
「やあ、良く来てくれたねヒイロくん。此方が弓の買い取り希望の……」
「デュークさん、ですよね?」
髪は整えられて不精髭も剃って見当たら無いけど、間違いない。
その証拠に男性はニカッと笑った。
「お、正解。久しぶりだなヒイロ。
相変わらずの無表情ぶりだな」
どうやら神殿長の知り合いの挑戦者とは<蜜蝉の小森>で知り合ったデュークさんだったようだ。
「おや、知っていたのかい?それなら紹介は早い。
この人はデューク・ムラサメと言って実家の道場の師範も勤めながら、挑戦者を続けている変り者だよ」
「はっはっは、若。変り者たぁ酷いな、否定はしないけどよ」
「デュークさん、確か弓持ってませんでしたっけ?短い弓」
「ありゃあな、昔ヒュージバイパーっていう大毒蛇の魔物とアサシンバードっつう鳥型の魔物の骨素材を組み合わせて一流の職人に作って貰った良い弓何だが……威力が物足りなくてな。
強い魔物相手には心許なくて、前々からもっと強力な弓を探してたんだぜ」
デュークさんの愛用している短弓に使われているヒュージバイパーは、牛をも丸呑み出来る程大型の蛇で、噛まれたら麻痺をする蛇毒を牙から注入してくる危険度の高い魔物だ。
もう1つのアサシンバードは、翼の羽ばたき音がしない程1枚1枚の羽が大きく、最も感知が難しい鳥型の魔物だ。
知らない内にサイレント・キルされる事から多くの挑戦者から恐れられている。
どれもが討伐の危険度が高い魔物で、デュークさんの実力の高さを表している。
白く滑らかな手触りの骨弓は優秀な職人の手によって完成した時に、<照準上昇>の異能が付いた扱い易さでは断トツの弓だと言う。
少なくとも威力に置いても素材が耐えきれる限界調整がなされている。
これ以上の弓になると作るよりも、威力を求めて壊れやすくするか、他にデチューンして総合的な性能を落として特化する弓を作るしかない。
異界門産の宝箱の中身の弓や、異界門の主からの青い宝箱から出てくる弓からならば、現代よりも進んだ製法で作られた段違いの性能を持つ弓が多いそうだ。
これまでも弓の話はあったそうだが、吹っ掛けられる事が多く、断念していた。
そして異界門の主産の宝箱から出てきた弓ともなると本来ならばオークションになる所だが、今回伝のお陰でいち早く紹介して貰えたと喜んでいた。
イッサー神殿長から今日という日を伝えられて、非常に楽しみにしてきたとの事。
和やかな雰囲気と共に、あの<蜜蝉の甘露>で作られたお菓子を持参していた。
小さく丸いお菓子を口に入れると、中の蜜がとろっと溶け出して、シャクシャクと心地良い感触と合わさって、何とも言えない幸福感に包まれた。
「美味しいお菓子をありがとうございました。どこのお菓子職人の方ですか?今度買いに行きたいです」
と、尋ねるとデュークさんは爆笑して、イッサー神殿長は微妙な顔をしていた。
2人とも知り合いなのかな?
材料が手に入らないと馴染みの客にしか作らない職人さんだそうで、店売りはしてないとの事……残念。
山吹色の弓と主のドロップ素材の鑑定の結果を教えて貰った。
最初は主のドロップ素材からだ。
【地殻蝉の肩外甲殻 】 A等級素材
空を飛ばず、地中の樹液や貴重な鉱石を主食とする異界門の主<地殻蝉>
体内で合成された成分は特殊な外甲殻として生まれ変わり、鋼の強度を生み出した。
また金属と違い外甲殻の内輪には衝撃吸収の内膜が張られており、衝撃にも強く軽量。
「こりゃあまた……凄え素材だな」
「流石異界門の主のドロップ素材だね。それに肩外甲殻だけで一抱えもある大きさだ。
これは加工すればもっと強度が上がるかも知れない。前衛から後衛まで欲しがる良い鎧の素材になるね」
2人が驚くのも無理はない。
私も凄く驚いている。直ぐにこの素材で鎧を作成したいけれども……不安材料が2つある。
先ずはこの素材を扱える人間がいるかどうか。
稀少な素材を無駄なく、きちんと扱うにはかなり腕前と豊富な知識を持った人間が必要だ。
そして、鎧とするまでの加工費や製作費だ。これが1番の問題となってくる。
その事をイッサー神殿長に相談すると、扱える人間には心当たりが有るそうだ。
流石は神殿長!!
ぱぁ~と顔が明るくしていると、横でデュークさんが若干面白くなさそうな表情をしていた事に気が付かなかった。
そして問題のお値段を聞いてみると……やはり聞きたくなかった答えが返ってきた。
元々、異界門の主の素材なんて貴重で稀少なモノを扱う為には、未知の素材を扱う人間を独占する為の高額な人件費が必要となる。
また、今言った特別な手間暇と高価な薬剤を用いた加工料。
それに施設使用料なども諸々を含め、前例を踏まえて、しめて大金貨8枚はかかると思っていた方が良いと教えて貰った。
それでも少なく見積もって……の話だ。
10枚くらいは余裕を持っておいた方が良いと言うアドバイスは頭から抜け落ちていた。
金貨にしたら鎧だけで最低800枚の価値がある。
目眩がしそうな金額だった。
トントンと肩を軽く叩かれて正気に戻った。
そこにはデュークさんが苦笑を浮かべていた。
「おいおいヒイロ!まだ弓の性能や売却価格を聞いてねぇぜ?
しっかり現実に戻ってこい。なるべく高く買い取ってやるから……さ」
その言葉に少しうるうると目が潤んでしまった。
その様子を見て、何故か慌てるデュークさんを尻目にイッサー神殿長が弓の説明を始めた。
【鳴動の琥珀弓】 A等級 武器 魔核弓
異界門の主<地殻蝉>の宝箱から入手された弓。
永い年月を経過した純魔琥珀と呼ばれる超貴重素材で作られ、中央に埋められたコアが手に持つ者に様々な恩恵をもたらし、遠くの敵も難なく射ぬく威力を発揮する。
装備者の生命力を大幅に高める<生命力増強>
装備者の感覚・神経を研ぎ澄ませる<感覚全強化>
魔力を溜め込み、変換して強大な一撃を放つ<鳴動弓>
異能が3つも付与されている。
どれも有能で、しかも最後の異能はデュークさんが射手にとして希望していた異能だった。
イッサー神殿長が下したこの弓の売却価格は大金貨20枚分だった。
異界門の主から出現した稀少な武器であること、異能が強力で3つも付与されていること、それらを総合的に加味した値段との事だった。
大金貨20枚!!
感極まって言葉が出ないデュークさんだったが、やっと絞り出すように言葉を発した。
「異界門の主……これ程の性能の弓とは、流石に恐れ入ったぜ。
ヒイロ、俺に売ってもらえるか?」
えっ、大金貨20枚だよ、買ってくれるの?
そんな思いで真剣な表情で此方も返す。
「知らない人間より、知ってる人に使って欲しいじゃないですか。
勿論売りますよ。むしろ買って下さい。
それに装備もボロボロでして……売らないと何も買えないんです」
シリアスな雰囲気が台無しだ。
イッサー神殿長は手を口にあてて、噴き出しそうな顔で笑い声を堪えているようだ。
「真面目な表情で言うもんじゃねぇよ」
と台無しにされた張本人は苦笑しながら言葉を発した直後、真摯にゆっくりと、深く深く頭を下げた。
「これ程の弓を売って頂くこと、射手として誠に有り難うございます。
本当に感謝致します」
普段から想像出来ない丁重丁寧な態度に慌てるが、顔を上げたデュークさんは笑顔だった。
「ヒイロ……お前全然表情変わってねぇよ。少しくらい反応しろよ」
「いや、これでも充分慌ててますよ」
「そうなのか……そう言われたらそう見えてきたぜ。
困惑してる……か?何となくお前さんの表情がわかってきた」
おお、ようやく私の表情が無表情から卒業出来る可能性がある。
それを喜ぶ前にデュークさんから話しかけられた。
「それとなヒイロ。お前さんも挑戦者なら武器には興味ないか?
それも、とびっきりの剣が有るんだが、見てみないか?」
その発言を聞いた神殿長が何故か驚いてデュークさんを見ていた。
思いがけない提案をされて、不思議に思いながらも頷いたのだった。




