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敗者の街(番外編)

人生は大博打

作者: 譚月遊生季

……おっと、今日の客は俺だけか。邪魔するぜ。

マスター、今日はいつにも増して無口だねぇ。ま、とりあえず聞いてくれ。さっき恐ろしい目に遭っちまったんだ。

なぁに、することがねぇってんでフラフラ歩いてたらよ、黒いコートのガキに出会ったんだ。大人用のコートを着た、痩せぎすのガキだ。


「どうした坊や、迷子かい?」


俺にもあれぐらいの息子がいるからよ、気になって声をかけたらそいつ、妙に大人びた口調で喋り出しやがった。


「ああ、道には常に迷ってるぜ。旦那もそうだろ?」


随分とませたガキだと思ったが、まあ、ガキだからこそ変に擦れたやつもいるもんだ。そこは気にしねぇ。


「ところで旦那、俺とちょっくら勝負でもどうだい?」


久々に息子ぐらいのガキと遊んでやるのも悪かねぇと思って、うっかり誘いに乗っちまった。……これが大間違いだった。最初は勝ってたってのに、いつの間にやらこっちが負かされて大損だ。


……なんだよマスター。さっきから無視しちまって。どうせ大金でも賭けたんだろって馬鹿にしてんだろ?

ああ、そうさ。ポケットにいくらかあるから増やそうと思って賭けたら大負けだ。……だからこうやってあんたに金を無心しに来たんだよ。なぁ、いいだろ?死ぬまでにはツケで払うからさ、いくらか貸してくれよ。


……思えば、最初っから全然口を挟んでこねぇじゃねぇか。どうしちまったんだい。……ケッ、俺みたいなろくでなしに貸す金なんてねぇってか? 薄情だねぇ。そこそこ仲良くしてるつもりだったが、そんなに無視するほど俺が嫌になったってか?


「旦那、話はついたのかい?」

「……っとぉ!?坊主、いつの間に来やがった!?」

「……言っとくが、はした金なんざいらねぇぜ。そんなモンに意味なんてねぇからな。……俺も、アンタも似たもの同士ってこった」


マスター、何泣いてやがんだ。客の前で泣く阿呆がいるかよ。……マスター?おい、どうしたよマルコ。なに号泣してんだよ。


「……いつもなら、お前さんはここに来てくだらねぇ話をしてたんだろうなぁ。ちくしょう、いくらなんでもこんな早く死ぬこたねぇだろ。ちくしょう……」


……マルコ……?


「……やっぱ気づいてなかったか、旦那。幽霊になり立てで慣れてなさそうだったもんでね。ちょっくら遊んでやったのさ。楽しかったぜ?」


ああ、そうか。……死んじまってたのか、俺……。

何だ、じゃあ、ここの酒ももう飲めねぇのか。……ツケも払えねぇで、済まねぇなぁ。

……もう、あいつに釣った魚も食わせてやれねぇし、息子に漁を見せることもできねぇってか。海の男ってのは、ほんとにいつ死ぬかわかりゃしなかったってこった。


「おっと、嘆くには早ぇ。いい方法があるぜ。ツケを払うために、もういっちょ賭けてみるのはどうだい」


人がしんみりしてんのに、このガキは楽しそうなこって……。


「カモにしてんじゃねぇよクソガキ。お遊びなら他所でやりな」

「いいや、旦那。幽霊の賭け事で必要なのは金じゃねぇ。……生命力だ。理屈なんざどうだっていい。死に別れたダチ公に、息子に、嫁さんに会いたかねぇかい?」

「……随分と口がうまいこって。……分かったよ、今度こそ大勝ちしてやらぁ……!」


どうせ死んでんだ。これ以上失うものなんざねぇ。

……パーッとやっちまおうじゃねぇか。嘆いて死ぬなんてまっぴらごめんだ。


「……そう来なくっちゃな、旦那。人生は楽しんだもん勝ちだ」


ガキはニヤリと笑って、色あせたカードを配った。




***




空からしんしんと雪の降る朝、酒場を閉めた店主の男は、早足である女の元へと向かう。


「あら……? あなた、主人の……。どうなさったの?」

「これ……いつの間にやらカウンターに置いてあったんでさ」


メモ用の紙を差し出す。……そこには、赤黒い文字でこう記されていた。


『ツケの金は幽霊にすっかり取られちまった。……だけど、俺ァいい時間を過ごせたぜ。生きてる間も、死んでからもだ。元気で暮らせよ。嫁さんと息子も任せたぜ!』


かつてと何も変わらない乱雑な筆跡に、女の泣き腫らした目元にも笑みが宿る。


「……まあ、あの人……ツケを貯めていらしたの?」

「ツケっつったって、大した額じゃねぇでさ。いつもまとまった金が入ったら気前よく払ってくれるんで、いい客でもあったんですから……。……息子さんは寝てるんですかい?」

「ええ……泣き疲れてしまったみたいで。……でも、突然の事故なのに満足して死ぬなんて、ほんとうに能天気な人だこと」


ちらりと女が向けた視線の先には、永久の眠りについた男の亡骸が棺桶に横たわっている。

どこか安らかで、満足げにも思える死に顔は、笑っているようにも見えた。


「……アッディーオ、ジョルジョ」


男の名と挨拶を告げ、少年はひらひら手を振って立ち去っていく。

次の遊び相手も気のいい奴で頼むぜ……と、少年は願掛けのようにコインを空高く放り投げた。

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