第57話
慌ててメニューで顔を隠すイサミ。
「ん、どうかしたの?」当然その行動に気付いて声をかけるミランダ。
「い、いえ。特に何ってわけでは…」
「男の人ばっかりで緊張しちゃった? 大丈夫、ここにいる人たちは男だけどみーんな男狙いだから」
「でしたねー…」
メニューの上から目だけ出して、視線の先にいる人物を改めて確認する。中村だった。
(なんでこんなところにるんだよー。ってテリトリーだから別におかしくはないのか…)
むしろ勲がここにいる方のがおかしい。中村は根っからの二丁目の住人。別にヨーコの店以外で食事をしたり飲んでいても何らおかしいことはない。幸いにもあまり撮影の類に興味はないらしく、カウンターに腰かけてグラスを揺らしながら店員と会話をしている。
「イサミちゃん、何か食べたいものある?」
「ああ? えーと、ハンバーグとか…」ファミレス池。
「ないわよ」
「ごめんなさい。じゃあミランダさんにお任せします」
「はーい。じゃあマスターおねがーい」指を鳴らして店主を呼ぶミランダ。
(なるべく短く済ませてここを出てしまいたい…)
下手なことが起きぬ内、中村がこちらに気付く前にこの店、この街を出てしまいたいと切に願う勲。いつも大体よくない方向に事が運ぶ勲。しかし今日に限っては、スタッフバリケードなどもあり、うまいこと中村からは隠れたまま、時間にして30分程度同じ空間にいながらお互いを認識することなく時間が過ぎていった。
そして、先に中村が退店。店にはほかの客とミランダ一行が残る。
「ふー」大きく息を吐くイサミ。
「どう、おいしかった?」
「え、はいとっても」
食事に満足した一息と勘違いしたのかミランダが尋ねる。それに答えるイサミ。
「じゃあ私たちもそろそろお暇しましょうか。マスターご馳走様」
事務的なことをスタッフが行い、ミランダたちは退店する風景を撮影してまた二丁目の街へと戻る。
「さて、次は向こうね」イサミの肩をがっしり掴んで離さないミランダ。
「へーい…」
撮影はこの後終電が無くなるまで続いた。勲は最後までしっかり付き合うことになり最終的にタクシー代をもらい自宅へと帰ることになる。実はその撮影風景を中村に気付かれていたことも知らずに。
「あー疲れた…」
タクシーの中でぐったりしている勲。まだイサミのまま。
「お嬢さん、二丁目なんかで何してたの? あんたみたいなかわいい子が行くところじゃないよ?」
「いえ、ちょっとテレビの撮影に捕まっていまして」
「へぇ、何の番組?」
「えっと…東京ミッドナイトとかいったかな?」
「あー、あのオネエの人がやってる番組か。アレ面白いよね」
「そりゃどうも」身内を褒められたのでついお礼を言ってしまう。
「ん?」その返しに不自然さを覚えるタクシー運転手。
「あ、いいえ。ですよねー、私も見てるんですー」
何とか逃げ切るイサミ。下手に会話を続けるとボロが出てしまう。ちなみに当番組、テ○東ということでキー局こそ少ないが、大人気番組のため地方局がこぞって買い取り放送しているため、勲の全国デビューは待ったなし。それに気づくのは数か月後。
勲は会話をなくすために必要もないのにスマホに目を落とす。すると気付いていなかったメッセージがある。
「あ、すいません、目的地変えてもらっていいですか?」




