第5話
端の席に腰掛けたその男性は、慣れた様子でヨーコに注文を通し、カバンから本を取り出し読書を始める。真の常連のようで勲達のことは気にも留める様子はない。勲は何となくだがあまりかかわってはいけない、デリケートな空間だろうと察し、元の通り箸を進めることにする。
「やっぱ、ここに来るってことはそういう人なのかな」なーんてことは頭の中ではきっちり考えている。向こうから見ればこっちもそう見えるかもしれないが、両端でがっつく二人を見れば「じゃない」とすぐにわかる。
ヨーコがその男性に、つまみとグラスに入ったアルコールを差し出す。それを静かにつまみ出す。非常にゆっくり、大人な飲み方でグラスを揺らす。両隣にも見習っていただきたい。
「気にせずゆっくりしてね。いつもはもっと遅くに来る人なんだけど、今日は何だか早く来ちゃったみたい」
ヨーコが三人に小声で告げる。それに対して三人は無言で頷き食い続ける。
「あ、すいません。トイレってどこですか?」勲がヨーコに尋ねる。
「ああ、ごめんなさいね。一回外に出て左にいって。店の入り口の横にある扉よ」ヨーコが入り口の方を指差し示す。席を立ちトイレへ向かう勲。当然その際その男性客の後ろを通ることになる。なんとなくだがちょっと緊張してしまう勲。
「っと、すいません」
後ろを通り過ぎようとする勲。その時、勲の思い違いかもしれないが確実に意識的に視線を送られたように感じる。勲は反対に意識的にその男性から目を逸らす。得も言われぬ感情が襲ってくる勲。慌てて扉を開き外に出る。
「はぁ、今見られた、よね?」
息を止めていたわけでもないのに大きく息を吐き出す。妙な緊張感があったことだけは確か、なんだったんだありゃとトイレに行きつつ悩んでいる。
店に戻る。改めて男性客の後ろを通るが今度は何もなし。
「ダーリン、これのノンアルコールのシャンパンなんだって。ご馳走してもらっちゃった。飲む?」
「あー、僕は止めておきます。ああなると怖いので…」
「ああなる?」
「あ、いえ。気にしないでください」
大学の新歓での出来事を真白は知らない。この事実を知っているのは佑奈だけ。といっても、家に帰ってからあっさりばらされるので今黙っていても意味がないのだが。横では佑奈が笑いをこらえている。
「あー、美味しかった。ご馳走様です」
「いーえー。お粗末様」
「お粗末だなんて、とんでもない」
「そろそろお暇しますね。遅くなって他のお客さんのお邪魔になっても申し訳ないですし」
「えー、もっと飲んでたいー」真白が反逆する。
「ダメです。これ以上居座ったらヨーコさんに申し訳ないです」
「気を遣ってくれてありがとうね。またいらっしゃい、いつでも待ってるから」
「また来ます! 料理教えてくださいね!」珍しく張り切っている佑奈。勲を女装させる時以来か。
「はーい。是非」
「では、ご馳走様でした」
席を立ち出口へと向かう。ヨーコに手を振りながら向かい、そこにいるもう一人の客は今回は気に留めることなく退店する。そして外に出るやいなや、佑奈と真白が勲に言い放つ。
「狙われてますね」
「目、付けられたねダーリン」
「は??」何を言っているかわからない勲。
「なんのことですか?」
「鈍いなぁ。それでよく我々二人と付き合ってるもんだ」
「鈍いですねぇ。よく私たちと関係もてましたよね」
「よくわからないけど、ごめんなさい…」取り敢えず謝っとく。
「あのお客さん、多分だけどダーリン気に入ったよ」
「ええ、間違いないですね」
「…、え?」何を言ってるか訳がわからない様子。「まっさかー」と軽口叩いて否定したかったところだが、何となく思い当たる節があるためそれ以上何も言えない勲。
「面白いことになればいいんだけどなぁ」
「ですねぇ」
自分の彼氏はどうなってもいいらしい。楽しければ虎の穴だろうが戦場だろうがぶち込むであろう女性陣。
「取り敢えず、駅に向かいましょう…」
「あ、そうだ」
「今日はうちに来てくださいね。しばらくぶりですから、今週末くらいは」
「そ、それはありがたく」違う意味の身の危険を感じ、嬉しそうに返事をする勲。
二人に両脇から腕を掴まれ連行される体制になる。学祭やら何やらで忙しかった勲は、ひと月程度二人を構っていなかった。繁忙期も過ぎ今日の外出。この機会を二人が逃そうはずもない。そのまま御用、来た時とは一転ギラ付いた格好をした人が増加した二丁目を通り過ぎ佑奈邸へとお持ち帰りされる。