第50話
「よいしょっと」
また勲が目を閉じて意識を失っている。目の前には佑奈と真白。どうやらまた催眠を掛けられる状態にして遊んでいるようだ。椅子に腰かけてその姿を二人眺めている。そしてなぜか隣にはリリィがいる。
「別に女の子にスルだけじゃなくて、何でもいったものに変わるコトできマすカラネー」
かけた催眠のことを二人に説明している模様。通信講座で取得したものがまさかここまで深くかかるものなのだろうか。説明を聞いている二人はみじんも疑っている様子はないく、完全に勲を玩具にしている。
「ふーん。ってことはだよ」勲の前に移動する真白。
「淡谷のり子になーれ」パンッと手を叩いて催眠をかける。しかし何も起こらない。
「マシロ、それじゃイタコデース。死んだ人降ろせる訳じゃないデスよ」
「なるほど」勘違いしていた模様。
「例えば鳥になれとか、犬になれとか。そういうのなら大丈夫デス」片手にはテキスト。それに書いてあることを読んでいるリリィ。それでよくかかったね…。
「ふむ。じゃあ…」じっと勲を見る。
「ホモになーれ!」
「パァン!」と、大きな音が部屋に響く。そして目を見開く勲。
「あ、あれ?」
「おはよーダーリン」
「あ、真白さん。おはようございます」
「突然だけど、ホレ」
目を覚ました勲に向けて、突然上着をめくりブラを見せつける真白。佑奈はちょっと驚くが、それ以上のことはせずその光景を見ている。リリィは横で紅茶をすすっている。
「ホレホレ。大丈夫、揉む?」
「…、どうかしましたか?」それを目にした勲だが、特に反応はなく冷めた様子で返事を返すのみ。
「欲情しない?」
「しませんよ。真白さんだって知ってるじゃないですか。僕はホモだって」
「かかってるーー!!!!!」改めて驚く二人。
「こここ、これならいけるよ佑奈!」
「大丈夫そうですね、これでデートできそうです!!」
催眠にかけて、何らかの方法でデートにこぎつけることができれば。まさか成功するとは神も思っていなかっただろう。リリィはにこにこその光景を眺めているだけ。ネットにこの事実を挙げれば、この通信講座爆売れするんじゃなかろうか。
「ねぇ、ダーリン。来週辺りデートしない? 割りと稼ぎが良くていい男がいるんだけどさぁ」
「中村さんのことですか? それなら行きますよ。あぁ、そういえば返事してませんでしたね」
「じゃ、じゃあ今のうちにヨーコさんに連絡入れといた方がいいんじゃないかなー」さっさとアポイントを取ることを勧める真白。
「それもそうですね。ちょっと連絡入れておきます」
何の疑いもなくスマホを取り出しヨーコに連絡を取りだす勲。あまりのスムーズさに、佑奈と真白が顔を合わせてあっけにとられている。
「かかりやすいタイプなんですかね、町村さん」
「純粋なんだよ、田舎者だし」田舎に失礼。
「はい、連絡終わり。どこいけるのかなー」ニコニコとデートの行き先を想像している勲。ぱっと見恋する乙女のよう。
「そ、そうだねぇ…」
「そろそろ元に戻しましょう。えい」また佑奈が手を叩く。そして毎度の如く意識を失う勲。
「これで既成事実は作れたから、後には引けないね。なんか少し申し訳ない気もするけど」
「自分で言ったことですから。ちゃんと実行してもらいましょう」
「ねぇ佑奈」
「はい?」
真白が佑奈に耳打ちをする。「しょうがないですね。でもちょっとかわいそうですし、それくらいなら」と、ちょっと顔を赤らめて返事をする。
「よし。それじゃあ…元に戻れー!」
「はっ! あれ、僕どうかしてました?」元に戻る勲。
「いや、どうも」口を揃えて答える二人。
「あれ、リリィさんいつの間に。お久しぶりです」
「マッチー元気でしたカ? 大変だろうケドファイトねー」
「は、はぁ」よくわかってない勲。
「じゃあ、私はコレでドロンするアルよ」そういって沖波邸を光の速さで撤収するリリィ。取り残される勲。
「なんだったんだろう…」あっけにとられている勲。
「町村さん」
「ダーリンよい」
「はい?」
「今日は泊まっていってください」
「今日は三人で寝るのだ」
「…はい?」
空白の数十分、何が何だかわかっていない勲。部屋の隅には遊んでいたカードゲームがとっちらかったまま。テーブルの中央、一番上にめくられているカードには、勇ましい軍人が「ふざけるな! オレのケツをなめろ!」と叫んでいる姿があった。意味深。




