第6章:僕、イケる! とか自分で思ったらおしまい(第36話)
徐々に一般参加者のカメラマンが集まってくる。下では志帆、というよりは今はイイチコになっている。彼女が来客の相手をしている。佑奈と真白は隣の部屋で、結局衣装に着替えている。アマネの三人が時が来るのを待っている。勲は一人、部屋に備え付けられている大鏡で、自分の姿を全身くまなく見まわしている最中。
「…ふーん」後姿を見て呟き。
「…うむ」正面を見て唸り。
「…キャハ」成り切って一言。
「はっ! イカン、なに見惚れているんだ僕は」我に返り、男に戻る勲。
扉越し、下の階から談笑している声が聞こえてくる。少し気になった勲は部屋の外に出てばれない程度に下の階を覗いてみる。そこには、すでに7~8人のカメラマンと思われる人がいるが、当然だが勲の知った顔は一人もいない。佑奈と真白はどうだろう。もしかしたら一人くらいいるのだろうか。気付かれる前に改めて部屋に姿を隠す。
「あの人数の前に出るのか。緊張するなー、さすがに」
手のひらを顔に当てようとするが、何かに気付いたようにその手を止める。そういえば佑奈から「化粧が付くのであんまり顔を触らないように」と釘を刺されていた。着ているのが黒いタイツのため、化粧が付いてしまうと余計に目立つ。
「割と気遣うな、この恰好」
扉をノックする音が聞こえる。外から「もしもーし」と真白の声。返事と合わせて扉を開く勲。
「おまちー」
中に入ってくる真白。コスプレ衣装に身を包み終えたその姿、久しぶりに見る。
「なんか、久しぶりですね」
「確かに。バイト先の服はしょっちゅう見てるだろうけど、コレ系のは見せるの久しぶりだね」
「やっぱり、化けますねぇ」
「それをいったらダーリンもだ。よっぽどすごい。嫉妬するほどに、ぐぬぬ」
勲の姿を見て悔しがっている真白。比べるところが違う気がする、なんて思っているが口に出すことは控える勲。
「お待たせしましたー」
「やほー、町村くんどんな格好かな?」
続けて佑奈とアマネも部屋に入ってくる。
「げ、ちょっと町村くん。ハンパねぇ出来だなおい」
勲の格好を見るなり驚き後ずさるアマネ。ベテランレイヤーすらたじろぐほどの完成度。まず一枚といわんばかりに、スマホを取り出しカメラにその姿を収めている。
「ちょ、やめてくださいって…」
「何を言う。どこに出しても恥ずかしくないじゃないか。喋り方さえ気を付ければ神すら騙せるぞ」
「僕にその意思はないんですけどね…」
「さて、ここからが本番ですからね。今日は女性として押し通してください。絶対にボロは出さないでくださいね。わかりましたか?」
「出したら人生狂いそうなのでトコトンやりますよ」
「その心意気やよし」
覚悟は決めた。今からどの程度かかるかわからないが、襲い掛かってくる数名のカメラマンを騙しきる。それが本日の命題。大学のレポートよりよっぽど難しい。
階段を上がってくる音が聞こえ、部屋の扉が開く。
「みんな、準備いいかな?」志帆が呼びに来る。
「はーい」
「じゃあ、先に挨拶だけでも。って、町村君すげぇなおい」全員同じことを言っている。
「あの、そういえば僕、なんて名乗りましょう?」
「よしこでよくない?」アマネがほくそ笑みながらそう言う。
「さすがにそれは…」
「そういえば、考えてませんでしたね。さすがに『ユウナ』が二人は変ですし」
「んー、適当に考えよう」
三人が考え出す。5秒ほどの沈黙。そして出た答えは…
「やっぱよしこ」
「よしえ」
「よしみ」三者三様の答え。安直すぎる。
「どれもこれも酷過ぎます…」
「こういうのってパッと思いつかないもんだよねー。町村くん自分で決めて」あっさり匙を投げるアマネ。
「結局ですか」顎に手を当て数秒。答えはあっという間に出る。
「『イサミ』にしておきます」
「無難、かな」
「本名もじっただけです。捻りなんてありません」
「よし、じゃあ今日ここではイサミちゃんだ。みんな間違えないように」志帆から気合いを入れるような一言が入る。
「よっしゃ、いくかー」
意気揚々と部屋を出る三人。その後ろをコソコソついていくイサミ。心臓の高鳴りはハンパない。イベントと違って確実に自分に視線が集まる。群衆に紛れることができないため以前よりよっぽど緊張している。
「みなさーん。さっき話していた飛び入りの皆さんでーす。紹介しますねー」
階段の上から下の階に向かって志帆が叫ぶ。そして一気に数名の視線がイサミ達に集中する。
「おー!」と、感嘆の声。その中には今のところ「ん?」といった感じの疑念のニュアンスは混じっていない。
「は、初めましてー」
イサミ、堂々のデビュー。ここから数時間のコスプレ男の娘修行が始まる。




