第34話
20分ほど車を走らせて、目的のスタジオに到着する。閑静な住宅街の中にある、一軒の少し周りより大きめの家。車を降りて見知らぬ街に降り立つ勲。
「凄いですね、これ全部スタジオなんですか」
「うん。ハウススタジオだから、どこで何撮ってもいい。場合によっちゃそういうビデオの撮影もある」志帆からの説明が入る。
「…なるほど」
「じゃあ、ちゃっちゃと準備しよう。あと1時間もしたらお客が来ちゃう」
スタジオに足を踏み入れ、リビングへと向かう。すると大きく開いた窓の外には、小さいながらもプールが備え付けられている。
「プール?」
「ああ、ここは珍しいけどね。付いてるところもあるよ」
「へー」
こなれた感じの女性陣と比べ、初見の勲は物珍しそうにスタジオという名の家の中を見まわしている。周りは明らかに普通の住宅街。そんな中、少しだけ立派な白亜の壁の一戸建て。外から見れば何の変哲もない家屋で普通に人が住んでいてもおかしくないであろう外観だが、中は少し構造が普通と違う造り。それ用に改築されたのかどう七日までわからないが、暮らすにはちょっと「うーん」といいたくなる雰囲気。東京は狭そうで広いなぁ、なんて思っている。
「じゃあ、着替えだけど。女性陣は上がって直ぐの右の部屋。町村君はその奥の左の部屋使ってね」
「はい」
「じゃあ我々は、まずダーリンのセッティングしようかね」
「そうしましょう。後で私たちも着替えに行きますので」
「ダーリン?」アマネがいぶかしげに真白を見る。
「あぁ、私そう呼んでるの」勲を指差す。
「そう呼ばれてます」小さく手を挙げる。
「へぇ…」
冷笑というのかなんというのか、表現しづらい表情を見せるアマネ。そこでこの話は一旦終わり。カメラマンを残し5人二階へと上がっていく。カメラマンの彼は、何か色々物を取り出し撮影の準備に取り掛かっているようである。
「階段も、普通じゃないですね」変わった手すりを見て勲が言う。
「まぁそうだね」
「佑奈さん真白さん、こういうとこ使ったことは?」
「いんや、初めて」
「私も、イベント以外のこういう個人撮影は初めてです」
「アマネちゃんは、慣れてるよね」
「だねー。私はここも3回目くらいかな。イイチコさんに誘われて」
「はい、じゃあこっちが女性陣部屋。町村君奥のその部屋ね」奥の部屋を指差す志帆。そちらに向かう勲佑奈真白。
部屋に入ると、こちらも白い壁紙で、ベッドが一つだけ置かれた割と殺風景な内装。カバンを置きレースのカーテンを開けて外を見る勲。
「じゃ、さっそく取り掛かるか」
「町村さん、脱いで」
「早速過ぎますよ…」
両手をワキワキ、さっさと脱げと言わんばかりに手招きする二人。
「と、その前に。衣装出さないと。しわになっちゃう」
佑奈がカバンに目を向けて、中身を取り出しにかかる。衣装一式、その他小物の類。ベッドの上に並べていく。すると、一頻り出し終えたのだろうか、一旦手が止まる。
「ねぇ、真白」
「ん、なに?」
「ウィッグ持ってる?」
「え、ウィッグ? ちょっと待ってね」真白もカバンを漁り出す。そして、真白もカバンを漁り終える。その顔には少々「やっちまった感」がある。
「…ない」
「私も…」
「ん?」わかっていない勲。
「ヅラ忘れたー!」二人口を揃えて叫ぶ。
その忘れ物は今そこでわかっていない人間にこそ一番重要で死活問題なのだが。知らぬが仏とはこのことか。ペットボトルのお茶を飲みながらまだ不思議そうな顔をしている。




