第31話
やることができてしまった。明日できるなら今日でもできよう。自宅に帰った勲は、シャワーを浴び一休憩したところで一人街へと繰り出す。電車に乗り吉祥寺まで、買い出しと街ブラ。因みに勲は方向音痴ではない。「東京音痴」、さらに言えば「初めての土地音痴」なだけである。先日のように、都会のど真ん中で初めて足を踏み入れる土地が苦手なだけで、一度行ってしまえば何とかなる。吉祥寺は既に「僕の庭」なんて、数ヶ月の田舎者が偉そうなことをいっている。
親からコートを買えと臨時の仕送りがあった。物持ちのいい勲、無駄遣いもそうしない勲。無理に送ってくれることもないのにとあまり余計に手を付けるようなことはしない。しかし今年の冬はどうも寒そうだ。一着くらいと、いつも隣を歩く二人に見劣りしない程度のものを探しに行く。
「ここ入ったことないや」
一軒の「ZA○A」と記載されたブランドショップに入る。ブランドにそう興味のない勲。しかし天性のセンスといえばいいのか、自然と見抜いてしまう。兄もそうだが、センスはいい。モデルやら芸能事務所にスカウトされるのも、顔だけではなく服のセンスもあってのこと。それが自然だから余計に困る。
「いらっしゃいませー」
店員の声が掛かる。それなりに店内は混んでいる。店内をぐるりと見まわし、メンズのコートの掛かっている棚へと向かう勲。
「んー…」
手に取りは眺め、手に取りは眺めを繰り返す。じっくり品定めをしながらカニ歩きでお気に入りを探す。
「すいません、試着してもいいですか?」
一着のコートを手に、店員に声を掛ける。店員に試着室へと誘導される。
「こちらでどうぞ」
「ありがとうございます」
カーテンを閉め、着ていたコートを脱ぐ。売り物のコートを見につけ鏡を見る。そしてすぐさまカーテンを開け店員に「ワンサイズ大きいのありますか?」と尋ねる。店員が別サイズを持ってきて交換。改めて試着する。自分が大きくなっていることに実感がない勲は、去年までのサイズでどうしても探してしまう。人間は成長するもの、服も成長する。
「ありがとうございます。これにします」
「ありがとうございます。他に何かご覧になりますか?」
「…じゃあちょっとだけ」
「ではこちら、レジにてお預かりしておきます」
目的のものは見つけた。少しだけ店内を見て回る。店内の一角で足が止まる。女性もののワンピースが展示してある。
「…」無言で手に取る。大丈夫、まだ変態ではない。
「佑奈さんと真白さんだったら、どっちに似合うかな?」脳内で着せ返している。ちょっと妄想。
「真白さん、こういう感じじゃないしな。裕奈さんかな、まだ」裕奈らしい。
「…僕に入るかな?」はい変態。
「プレゼントですか?」不意に後ろから女性店員に声を掛けられる。慌てる勲。
「あ、いえ。自分に…!」
「自分?」聞き間違えたか。そんな表情で勲を見る店員。
「いえ。自分の彼女にどうかなーって…、はい」
「あぁ、そうでしたか。でもこれ丈はありますよ。今のお客様くらいの伸長でちょうどいいかもしれませんね」
「はい、ですかね…」
さすがに買うことはせず棚に戻す。コートの会計を済ませ店を後にする。さて、予算が少し余った。ついでに他の店にも寄ろう。吉祥寺のアーケードへと歩を進める。




