第30話
「僕!? デート?」
「やっぱ覚えてないか」
「なんで我々が代弁しなくちゃいけないんでしょう」
やはり忘れている勲。代わりに聞き届けてくれた三人から聞いて初めて知る。
「えぇー!? 終わったと思ったのに…」
「男の娘の格好でデートしてほしいんだって」
「しかもそれ!?」ホント何も覚えていないようである。
「えー…。まいったな」
「いいじゃん、一日くらい」サラッと言われる。
「他人事だと思って簡単に…」
あの日で一大事は終了していたと思っていたが、状況は違った。自分が覚えていないだけでまだ続いていた。寝耳に水。さてどうしたものか。頭の中は完全に白紙。
「デートプランはこっちで練っていいっていわれてますから、楽ですよ」
「まぁ、それなら…。って、そこは問題じゃないですよ。えー、またー…」
その「また」が会うことに対してなのか女装することに対してなのか。どちらかはわからない。どちらもかもしれないが。
「私たち土下座までされちゃったんで、いいってことにしておきましたから」
「え!?」善処だがすでにOK判定。逃げ道はない。
「それと、明日なんですけど。撮影会行きますよ」
「え!?」もいっちょ別の切り口で切り込みが入る。
「撮影会って、何で僕が? え、前みたいなイベントですか?」
「いや、ねえさん主催の個人的な撮影会。だから心配しないで、万人の目には晒されないから」
「あぁ、なら…ってちがーう!!」忙しいな色々とこの男も。
「衣装ももう準備できてますから安心してください。大丈夫、いつもお世話になってるので私と真白で衣装代は出しました」
「変なところで気を遣っていただいて嬉しいやら悲しいやら…」
退路は断たれた。もう従うしかない。久しぶりに一人街へ繰り出し本屋巡りと人間観察でもしようと考えていた勲だが、あえなく終了。諦めて地震からそっちの話題に乗っかることにする。
「デートのことはわかりました。で、明日の撮影会で何するんですか?」
「女子力磨き」
「…ん?」当然の疑問符。
「こういうことらしい。女の子として参加して、明日のカメラマンを全て騙しきる。まぁ前のイベントとやること一緒だよね。その、デートの希望ってのが、町村君の女の子としての姿でしてほしいらしくてさ。だったら徹底的になり切ってもらおうじゃないかと、このお二人の考えなわけよ」志帆が端的に説明してくれる。
「あー、納得です。したくないですけど」
「もう、昨日なんか男の娘の格好してるくせに、完全に男出してるじゃん。見ていて悲しかったよ我々は」嘆く二人。
「あれは、なんというか。自分を誤魔化すための苦肉の策というか…」
「やるなら完璧にせい」コスプレイヤーのサガとでもいうべきか。佑奈と真白はそれでは納得できないらしい。
「というわけだ」志帆の通訳終了。
「…。僕、東京に来て大学生やってるはずなんですけど」
「ま、趣味の一つだ。楽しもう」両肩をポンと叩かれる。
「兄と同じ道だけは死んでも辿りたくありません…」
寄っていってるのは確か。後は覚醒するかしないかの問題。
「じゃあ、そういうことで。私そろそろ帰るね。明日朝9時くらいには迎えに来るから、準備よろしくね」
「はーい。ありがとうございます」
「すいません。なんか巻きこんじゃって」志帆に詫びる。
「いいよ。君らといると飽きない、楽しいから」
にっこりほほ笑んで返してくれる志帆。世辞なんかではない、心からの言葉。妹分の二人と、少なからず好意のある勲。志帆の中では、既に気の置けない友人としてこの三人は据えられている。人柄とは自然に人を集めるものである。
志帆が部屋を後にする。その後まもなく勲も同様に一旦帰宅の途に就く。帰り際、あまりに落ち込んでいる風に見えたのか、二人から「怒ってる?」なんて聞かれた勲。「それはないですよ」と、こちらも嘘では出せない笑顔を二人に向ける。少しやりすぎたかもと感じていた佑奈と真白は、心の曇りがとれたのか、帰り際の勲に飛びつき抱き着く。やはりこの男、幸せ以外の何物でもない。




