第2話
踏み入れた街は一見すると普通の街。世間的な飲み屋と言うよりは「バー」と言った個人経営の店が多い街並み。人通りは新宿の本通りよりは少ないものの、ちらほら人の往来がある。
「一見普通ですよね」
「一見ね。でもお店の中はそういうのばっかりだから。ダーリン気を付けなよ」
「へい」
「さらわれたら生暖かく見送りますので」相変わらずドライな佑奈、助けてはくれないらしい。
「えっとお店の名前、何でしたっけ?」
「シャングリラ」
「シャングリラ、っと…」周りを見渡す勲。しかし今のところその名の看板は目に入ってこない。
「もうちょっと先だね、グーグルさんの地図だと」スマホ片手に真白が指示する。
「おっす」
摩訶不思議空間に入り込んで歩いている三人。すれ違う人を見るとまだミランダのように明らかにそうである人とは出会わない。ただ男同士歩いている人が多いだけ。女の子二人と歩いている勲の方がよっぽど目立っている。
「あら、ボク。ここは女の子とくる場所じゃないわよー」
「は、はい! すいません…」
すれ違いざま、がたいのいい中年男性に声を掛けられ、ついたじろいでしまう勲。その後も何度も同様のことを言われるが、その言葉に嫌味、妬みのようなものは一切含まれていない。純粋にからかっているのか、はたまたもう目が付けられているのか。しかし何かその掛けられる声は全体的に優しさがあるように勲には聞こえる。
「やっぱ、普通に見えてそういう人たちなんですね」
「なんだねぇ。ミランダねえさんみたいにわかり易いとこっちもわかりやすいんだけどね」
「まだ変身してないだけじゃないですか?」
「あぁ、なるほど。兄貴もあれ仕事用なんかな?」
最近『佑』状態の兄を見ていない勲。仕事上の格好であれば頷ける。だったら実家にいたのはどうなんだい? あの時はもうプライベートのはず。
そんなエンカウントを繰り返しながら店を探して早10分。なかなか見つからない。一旦立ち止まりスマホの地図を見返す真白。
「にしても、おっかしいな。お店見つからないよ」
「私も同じの見てるんですけど、今のところこの店構えは見てないですねぇ」
「ちょっと、もう一度その地図の場所行きましょう」今度は勲が先導して「目的地周辺です」の場所まで向かう。
そしてその場所、たしかに無い。
「ここのはずなんだけどなぁ」
「ちょっと失礼」真白のスマホを覗き込む勲。
「ふむ…。えっと」周りを見渡す勲。
「あ、これじゃないですか?」勲が指さす先には、普通に歩いていれば気が付かないレベルの狭い路地がある。その先に小さく見える立て看板の「シャングリラ」の文字
。
「あ、あった!」
「さすが町村さん。よくわかりましたね」
「なんとなくですけど。この街かなりコンパクトと言うか窮屈そうなので、もしかしたらって」
「よっしゃ、いくでー」真白が張り切って路地を進む。
そしてすぐにミランダから紹介された知り合いが経営する店『シャングリラ』のまえに辿り着く。
「ここ、だよね?」看板を再度見直す真白。
「うん、まちがいないですね」確信する勲。
「あやしいですねー。普通なら来ないですよねー」本音をぶっぱなす佑奈。そう見えるんだ、やっぱり。
「じゃあ、開けますよ」
勲がドアノブに手を掛け扉を開く。中にかかっているのだろうか、カウベルのような「カラン」という音と共に店内が三人の目に露わになる。こじんまりとした10席もないだろうか、カウンターだけのバー風の店構え。白熱電球が灯るちょっとだけ薄暗い店内。恐る恐る勲を一番前に見せに踏み入れる。
「こんばんわー。あ、あのミランダの紹介できたものなんですけど」
勲が恐る恐る声を出す。すると店の奥から一人の男性? が姿を現す。
「あらー、いらっしゃい。あなたたちね、ミランダのお知り合いっていうのは。なに、じゃあ君がミランダの弟さん? やだ、思ってた以上に可愛いじゃない」
「は、はい。そうです…」
この人が『ヨーコ・オノスキー』さんだろうか。まだ名乗っていないその人に対して身の危険をビシビシ感じている勲。