第4章:一つだけお願いがあります。叶えてもらえませんか? いくらでも出します(第22話)
一人電車に乗り新宿へ向かう勲。男の娘の格好をするのも久しぶり。さらに言えば男の娘の恰好で電車に乗るのもメイド喫茶にバイトに行った時以来。しかし落ち着かなかったのは佑奈の家を出て少しの間だけ。電車に乗ってしまったらもうそんなのどこ吹く風。当たり前のように席に腰掛け電車に揺られている。
週末の上り電車は毎度のことながら空いている。すれ違う上り電車の混み方を窓越しに見るとホッとする。以前より女性の格好をするときの仕草が板に付いてきて、窓を覗くその姿さえ画になる。隣に座るサラリーマンはスマホをいじる手を止め勲に見惚れている。
佑奈から借りたカバンをひざ元に置き、黙って夜の車窓を眺める勲。
「はぁ」
一つ溜め息。頬に添えるその手がやたらとなまめかしい。もうこのまま二丁目で働けるんじゃないかというくらい仕上がっている。隣のサラリーマンはなんとか写メが撮れないものかと試行錯誤している。
「こちらチャーリー。ターゲットを視認しました。大人しく目的地に向かっている様子」
「こちらブラボー。了解した。引き続き監視をヨロシク」
どこからグリーンベレーの任務遂行中のような会話が聞こえてくる。その監視対象は勲。
「ん?」なにか殺気めいたものに気が付く勲。車両の中をキョロキョロと伺う。しかし特に不審な点はない。
「なんだろ。誰かに見られてたような気が」
隣のサラリーマンを見る勲。目が合ってしまい照れるサラリーマン。
「なんだ、この人か」と、納得してまた視線を元に戻す。
「こちらチャーリー。さすが感がいい。辺りをうかがってました」
「こちらブラボー。気を付けて。引き続き目を離さないように」
「ラジャー」
「にしても美人だな。悔しい」
「ホント大丈夫ですかね。心配になってきました」
「やっぱなんかいるな。ストーカーかな?」また視線を感じる勲。早く電車を降りてしまいたい。体を小さくして借りたカバンの中からスマホを取り出し何か見ている。指使いまで女性っぽい。
「なんだあの仕草。萌える」
新宿に到着する。電車を降りる勲。そして間違った出口に歩きだす。
「よし、予定通り。我々は先回りする!」
「いえっさー」
ノリノリで尾行していたのは当然佑奈と真白。こんな大イベントこの二人が見逃すわけもなく、勲に黙って変装して後を付けていた。そして新宿駅について勲が迷うことまで想定済み。シャングリラまで先回りして勲の様子を楽しむことにしていた。当然ヨーコには承諾を取ってある。
「いやー、ここまで予想通り動いてくれると助かるわー」
「なんかちょっと可哀想な気もしますけどね」
「試練だよ、試練」
「この後のことの方が試練ですけどね」
身バレしないように付けた眼鏡と目深にかぶった帽子はそのままに、一路シャングリラを目指す二人。勲はやっぱり西口に出ていた。
「よし、アルファと合流しよう」
「どこで待ってますか?」
「アルタ前」
「おk」
ブラボー、チャーリー。呼称としては二番と三番。そう一番が他にいたのだ。そのもう一人の人物と合流するために、佑奈と真白はアルタ前へとひた走る。




