第1章:二丁目って、凄いとです(第1話)
「アンタは一度来るべきよ。社会勉強かねて」
「なんで行かなきゃいけないんだよ、そんな場所に…」
今勲は電話で兄である、いや姉である佑、もといミランダと話している最中。夏休み偶然温泉宿で出会って、実家に押しかけられて以来会っても話してもいなかった。久しぶりの姉弟の会話。以前から話していた「我が職場へ遊びに来い」と勧誘を受けている。
「真白ちゃんも行きたいって散々言ってるわよ。いつならいいですかーっていつも聞いてくるわよ」
「ホント仲いいね…」
「アンタほどじゃないわよ、寝た訳じゃないし」
「ちょ、その話どこから。って真白さんか」
「アンタ、最終的には一人に絞らなくちゃいけないんだから。二人に手出すと後から面倒よ、認知とか」そこまでなぜ知っている。身内に自分の性生活を知られるなんて、生き恥どころの騒ぎではない。今すぐ首を吊りたくなる。
「あ、アフリカ行こうかな、重婚認められてる…」バカじゃないの。
「ま、アンタの色恋沙汰に興味は無いわ。兎に角一度おいでなさいな、なに悪いようにはしないわ。三人分きっちり奢ってあげるし一生忘れられない夜にしてあげるから」
「言い方が恐ろしい」
「じゃ、そういうことで。真白ちゃんには私から連絡してくわ。アディオース」
といって勝手に電話を切るミランダ。
「あ、おーい!」反論できず仕舞い。
事の顛末はこんな感じ。ファミレスで軽い食事を終え、新宿の街の中を進む三人。週末の喧騒が徐々に緩くなっていく。最も栄えている繁華街からは少し離れた場所に目的地はある。そこも当然栄えてはいるが異質の空気と言って差し支えないだろう。歩き慣れない勲に歩調を合わせ歩く佑奈と真白。道中にある大型書店にはよく来るものの、ここまで奥まった新宿を歩いたことのない勲は、ここでもまたキョロキョロとお上りさんを表に出している。
「少し人通り落ち着きましたね」
「だね。こっちは飲み屋とか少なくなるし、多少はね」
「東京って面白いですね。もうちょっと一人で歩いてみようかな」そうしなさい、社会勉強です。
夜の新宿を人ごみと逆流して進む三人。しばらくすると人が減り、一気に歩きやすくなる。何か国境でもあるのか、見えない壁で遮られているのかと思うほど、人の感じも質も量も変わる。ポイントポイントに人が集う東京のエアポケットに入ってしまったような感覚に陥る勲。
「もうちょいだね。そこ渡って曲がればそろそろ見えてくる」
「へぇ、割りと近くにあるもんですね」
後ろを振り返る勲。そこにはまだ大都会新宿の喧騒が目に映っている。ただなんとなくではあるが、空気が違うことを悟り出す。そして最後の曲がり角を曲がると、目に飛び込んできたのは特に変哲のない街並み。しかし、本能的に勲は「空気が違う」と感じる。
「ここだね、二丁目」真白がスマホの地図を見たまま呟く。
「ここが、二丁目…」勲は得も言われぬ感覚に襲われる。それはまた一つ新しい人生勉強をすることになる、新しい出会いを授けてくれる場所。
「いっくぞー」
「おー!」
「あぁ、一人にしないでー!」
喜々として走り出す佑奈と真白。おいていかれる勲。