第12話
「お願い? ヨーコさんが僕に?」お願いをされるようなことがあるだろうか。まだ一度しか出会っていない関係。そんなに深いことをお願いされるとも思えない。
「いえ、私じゃない。私のお客さん」
「お客?」ますます意味がわからない。
「この前お店に来た時、勲ちゃんたちと反対側に座っていた人、わかる?」
「あ」と、すぐに思い出す。
「ええ、覚えています。サラリーマン風の人ですよね」
「そうそう。うちの常連で『陽ちゃん』っていうんだけどね」名前も何となく憶えている。店に入って迎え入れた際、ヨーコがそう言っていた。しかしそこまで。トイレに行く際視線を感じるなどしたはしたが、あの狭い店の中で自然に発生しかねない行為。別段不思議なことはない。無いはず…。
「で、その人が何か?」
「勲ちゃんに会いたいんだって」
「ええ!?」店に響き渡る勲の返事。視線が集まる。恥ずかしくなり小声に変更して続ける。
「会いたいって、どういうことですか」
「はっきり言っちゃうと、ああいう場所だから当然そっちの人なのね。で、偶然あの日見た勲ちゃんを気に入っちゃったわけよ」
「そう言われても…。僕至って普通なんですけど。その人の気持ちに答えるのは申し訳ないですけどムリって断定できますよ」
さすがに勲はウルトラノンケ。美少女二人を侍らせている始末のエロ大学生。男にはこれっぽっちも興味はない。その顔立ちから高校時代に「お前なら…」みたいなことは言われたことこそあれど、体も唇も許したことはない。身持ちは固い。佑奈と真白に対しては緩い。
「よねー。それは話したの、あの後。お店に来てたから一瞬そうなんじゃないかって思ったみたいなの。でも普通の子で彼女もいるわよってちゃんと説明もして」
「それでも、ってことですか?」
「なんかね、その日たまたまフラれちゃったんですって、陽ちゃん。で傷心だったから余計に勲ちゃんのことが輝いて見えたんじゃないかしらね」
嬉しいやら悲しいやら、言い表しようのない感情が勲を襲う。人に好かれることはなにも嫌なことはないが、好意の意味合いが違う。こればっかりはどうすればいいのやら、さすがに迷う。
「それにしても突然ですね」
「一目惚れってやつ? 勲ちゃんにはわからないだろうけど、私たちにもそういう感情はあるのよ。普通だったら女の人に向けるはずのものなんだけどね」
「わかってます。別にそういう人が嫌いなわけではないので、それだけは誤解しないでください」
「わかってる、さすがミランダちゃんの弟。いい子ね」
自分は普通の生きてきたためわからない。人がどこでそうであることに気が付くのか。その人もどこかで気付いてそういう人生を歩んできた。人と違うことは大変だろう、それは理解している勲。イレギュラーだなんだと一方的に卑下したりするようなことだけはしない良識は持ち合わせている。
「でも、どうしましょう。僕できることないですね」
「そうよねぇ。ムリよ、ムリムリ。って何度も言ったんだけど食い下がってねぇ。一度話すだけでもいいからっていうのよ」
「話すだけ、かぁ…」
「私も見ていて可哀想でね。勲ちゃん、もしよかったら一度だけうちのお店で話してあげて。それなりにお礼はするから」
「いえ、お礼とかはいいんですけど。そうですね…。ちょっと考えさせてください」
「ありがとう。それだけも助かるわ。月曜日にお見せに来るはずだから、その時伝えておくわ。あ、勲ちゃんは結論急がないでね」
「はい、なんかすいません」
「お詫びするのはこっちよ。さぁ冷めないうちにどうぞ」
話しているうちに運ばれてきた料理に口を付ける。その後は他愛もない話、兄の話なども多少交えて食事は進み、そしてその日はお開き。
「佑奈と真白っちゃんにとどまらず、男まで落とすたぁ、さすがだね東大生」ビール片手にメグルが感心している。
「大学がそうさせているわけじゃないんですけどね…」
「マッチー、後ろの危機デスね」リリィがとんでもないことを言いだす。
「やめてください、考えただけでも恐ろしい」
「で、私たちを呼んだ理由ってのは。何となくわかるけどね」
「うん。メグルさんたちってそういう関係じゃないですか」
「おう」
「そうデス」
二人揃ってあっさり肯定。片方が日本人ではないことが余計にオープンにさせているのかもしれない。
「で、ちょっとそういう人の感情とか、そこらへん聞きたくて」
「なるほどね」
「フランスは同性婚が認められてマスから。普通にカミングアウトする人はいますヨ」リリィから説明が入る。
「そうですよね。日本は、そこらへんまだまだ欧米とは開きがありますからね」
「そうだねぇ。私も気が付いたら女の子の方が好きだったな」
ここから少し話が長くなる。コスプレサークルのメンバーの集まりとは思えない少し真剣な話が始まる。




