第10話
1時過ぎ、真白を駅まで送り一人になる勲。あらかたやりたいことは片付いてしまったため手持ち無沙汰に陥る。佑奈のところに見まいにでも行こうかと思ったが、下手に押しかけては迷惑と、一旦家へと戻る。久しぶりに一人のんびり過ごす時間を手に入れることにする。駅を後にしようとしたその時「ヴーンヴーン」とスマホの振動が伝わってくる。
「あ、これ…」電話を取る勲。
「もしもし、勲ちゃん? ヨーコです」
「こんにちは。はい、勲です」
「ああ、よかった。ごめんなさいね、急に掛けちゃって」
「いえ、とんでもないです。先日はご馳走様でした」
「いいえー、また来てね。って、そうちょっと会えないかしら?」
「え?」やっぱり、そう思った勲。理由はわからないが電話をするくらいだ、直接的なコンタクトを求めている証拠の裏返しだろうと考えていた。それが当たる。
「会うのは構いませんけど、何用でしょうか?」
「それは会ってから話すわ。今日お暇?」
結局用事ができてしまった。どうせすることもなかった勲、二つ返事で承諾し、再度進行方向を変え駅に戻り、待ち合わせ場所の新宿へと向かう。今日は二丁目ではないが。
毎度おなじみ、新宿到着後迷ってヨーコに誘導してもらう羽目になる。そして先日佑奈真白ペアと合流した場所と同じところでヨーコとも落ち合う。
「お、お待たせしました」
「気にしない。こっちが呼び出しちゃったんだから、ごめんね折角のおやすみに」
「いえ、暇だったので構わないです」
「じゃあ、立ち話ってわけにもいかないかr。どこか入りましょう」
そういって勲を従え新宿の街を歩きだすヨーコ。斜め後ろからヨーコを見る勲。はたから見れば非常に端正で誰が見ても普通のイケメン。オネエだなんて話さなければ全然わからない。その勲の視線に気付くヨーコ。
「ん、どうしたの? 惚れちゃった?」
「い、いえ!」慌てて否定する。男としてかっこいいと思える風体、惚れるといえば変だが、憧れるといえば正解か。勲とはベクトルの違う男らしさをその外見は持っていた。
「ここでいいかしら?」一軒の店の前に到着する。『銀座ライオン』と看板には書かれている。
「ここ、新宿ですよね?」素っ頓狂なことを言いだす勲。
「やだ、お店の名前よ。面白いわねぇ勲ちゃん」
「ご、ごめんなさい」
「ここでいいかしら。お腹減ってない? なら喫茶店とかにするけど」
「いえ、ここで大丈夫です。変な時間に朝ごはん食べちゃったので」
「じゃあここで」店に入り席に通される二人。程なくウェイターが水を持って注文を取りに席までくる。
「いらっしゃいませ。あ、ヨーコさんじゃないですか」
どうやらヨーコの知り合いのようである。さすが二丁目で働いているだけあって、この辺りは庭の一部。後から聞いたところ、この辺りの飲食関係の店で知らないところはないらしい。知り合いもごまんといる様子。
「お久しぶり。元気ぃ?」
「ええ、おかげさまで。こちらの方は?」
「友人の弟さん。そういう関係じゃないから安心して」
「はい。ご注文は後でいいですか?」
「勲ちゃん、決まった?」
「えっと、ちょっと待ってもらえますか?」
「じゃあ後で」
「かしこまりました、後程」一旦席を離れるウェイター。
「顔、広いんですね」
「そうねぇ。もう10年あの街にいるから。さすがにこの辺りも毎日のように来てるからね。それにほら、私シェフだったから、この手のお店には知り合いの子多いのよ」
「そっか、なるほど」
「気にしないで何でも注文してね。お呼びたてしちゃってるし、今日もご馳走するから」
「なんかすいません。決まりました」
指を鳴らし先ほどのウェイターを呼ぶ。そんな呼び方をしている人はいないが、なぜだか様になっている。色々挙動が自然で見ていて気持ちいい。勲がなんとなく憧れるのも無理はない。
「勲ちゃん、お先にどうぞ」
「えっと、このシュークルートっていうの一つお願いします」
「あら奇遇、私もそれ。同じもの二つね」
「かしこまりました。お飲み物は?」
「私はいつもの。勲ちゃんは?」
「ジンジャーエール1つお願いします」
注文を取り終えウェイターが一旦下がり、先に飲み物だけ持って戻ってくる。
「お待たせしました。ではごゆっくり」
「じゃ、乾杯」
「ご馳走になります」
軽くグラスをぶつけて音を出す。一口入れてテーブルに置く。
「それで、用件ってなんでしょう?」
「ええ、それよね、それ」半分ほど飲んだ『ペールエール』なるビールのグラスをテーブルに置き話し始めるヨーコ。
「勲ちゃんって、ノンケよね?」あまりに急な質問。自分を疑う余地はないのだがなんとなくビビッてたじろぐ勲。
「え? ノンケってと…。ノーマルってことでいいですよね?」
「ええ、そうね。聞くまでもないか。あんな可愛い彼女二人もいるんですからね」
「ま、まぁそういうことになります。兄とは違いますので」二人いるってのは否定しないらしい。
「そうよね、ごめんごめん。なんか女装趣味があるって聞いてたからもしかしてって思って」何処から漏れたその情報。一考の後「犯人はヤス」ではなく、兄であると断定する。
「あ、あれはちょっと事情がありまして。もうやってませんし」
「そっか。まぁそれは置いといて。実は勲ちゃんいちょっとお願いがあってね」
トーンが変わるヨーコ。さて、そのお願いとはなんぞや。出来ることなら断りたくはないのだが。




