朝食バナナ。
あたしの朝食は、いつもバナナと牛乳。だって、朝ごはんってメンドーなんだもん。
別にダイエットしてるわけじゃないけど、一人暮らしだし、自分一人のために朝から料理なんて出来ないし、時間をかけて朝ごはん作るぐらいなら、ギリギリまで寝てたいし。
「ふぁ~~ぁ、眠た~」
佐々木涼香は、眠そうな顔をしながらキッチンへとやってきた。冷蔵庫を開け、いつものように、牛乳をグラスに注ぐ。
牛乳を一口飲んで、バナナを取ろうとしたが、いつもの場所にバナナがない。
「あれ?」
昨日、確かまだ1本バナナはあったはず。記憶違いなんかじゃない。確かにあった。
「ああ~~落ちてる~~~」
キッチンの床の隅にバナナが見えた。バナナを置いておいた棚の上からバナナが床に落ちてしまったらしい。何か物をぶつけてしまったのかな・・・ていうか、傷んでたらどうしよ。食べるとこなくなるじゃん。 涼香は、バナナを拾い上げ、くるくると回し、傷んでる部分がないかどうか見た。
その時だった。
自分が手に持っているバナナが、自ら『ぐにゃっ』と動いた気がしたのだ。
「えっ」
びっくりして、バナナを落としそうになる。これ以上落ちたら絶対傷む!涼香は必死でバナナを持ち直した。
「あぶな~。あ、食べないと時間ヤバイ」
時間がないからいつもキッチンで立ち食いだ。涼香はバナナの皮を剥いた。
「うわっなに!!!!!」
涼香が剥いたバナナは、中身が普通のバナナとは違っていた。黄色い光沢のある生地のような・・・
「いやんー、剥いちゃったのね」
「わわわあああああああっ」
「はじめましてぇ~、お嬢ちゃん」
「ああああああ、バナナからオッサン出て来たあああああああ!」
涼香の持ったバナナの中から、なんと黄色い全身タイツのオッサンが現れたのだ。
「キモイ・・・ありえない~~~」
取り乱す涼香に、黄色いオッサンが自己紹介を始める。
「キモイとか~言わないでぇ~アタシはバナナの妖精なのよ」
妖精って・・・もっと可愛いとか綺麗なもんじゃないの・・・?
今、目の前にいる小さい黄色いオッサンは、どう見ても小汚い中年オヤジ。ダンディーなイメージとはほど遠く、オヤジというか、やっぱりオッサンと呼ぶのが一番似合う感じだ。しかも何故かオネエ言葉だし・・・。
「いや、ありえないんですけど・・・ていうか仕事遅れる~~」
「ああ、そうなのね!じゃあ急いでね」
涼香はとりあえず、黄色いオッサンをその場に置き、慌てて着替えを始める。
・・・が、なにやら視線を感じる。
と、思ったら、黄色いオッサンが涼香の着替える姿を頬を赤らめながら見ている!
「ちょ、キモイ!オッサンこっち見んな!」
「ごめんなさぁ~い、見えちゃうから仕方ないの~~」
パンストを片方だけ穿いた状態で、ツカツカとオッサンの元に来た涼香は、オッサンの上からゴミ箱を逆さまにして視界を遮った。
「きゃあ~暗い~~アタシ暗いのダメなのよ~~~」
「うるさいっ何がアタシよ!どう見てもオッサンでしょうが!」
ゴミ箱の中でオッサンはジタバタして騒いでいたが、涼香は無視して、そのまま仕事へ向かった。
「悪い夢でも見たのかな」
よくよく考えたら、バナナの妖精なんているわけがない。しかも、あんなオッサンだなんて、ありえない。きっと夢だわ。涼香は、朝の不思議な体験を忘れるように仕事に没頭した。
仕事の帰り道、涼香はコンビニに寄って、明日の朝のためのバナナと、晩ごはん用にからあげ弁当と缶ビールを買った。夜も面倒くさくて自炊なんて出来ない。時刻は夜の9時を回っていた。
「ふ~、今日も疲れた~」
買ってきた、からあげ弁当を食べようと蓋を開け、ほぼ同時に缶ビールもプシュッと開ける。疲れた体にひんやり冷たいビールが染み渡る。
「はぁぁ~~サイコー」
ふと見ると、ゴミ箱が逆さまになっている。涼香の記憶が一瞬にして蘇る。今朝の出来事が夢じゃないなら、あの中にオッサンがいる・・・。そうなると気になって食事どころではなかった。涼香はそっとゴミ箱を持ち上げた。
「ああ!おかえりなさい!ずっと暗くて怖かったのよ~・・・」
「うわっ」
やっぱり夢じゃなかった!涼香は慌ててゴミ箱をまた戻そうとする。
「やめてぇ~~暗くしないで~~」
「え!オッサン、泣いてたの?」
オッサンの顔に涙の痕があった。ゴミ箱をかぶせられて、暗くて怖かったんだろう。涼香は悪いことしたかな・・・と反省してオッサンの話を聞いてみることにした。
「・・・と、いうわけで、家族とはぐれてしまってぇ~どうしようか悩んでいるの~」
聞けば、オッサンたちバナナの妖精は、自由にお店のバナナに入りこむことが出来るのだが、家族で一緒の房に入ろうと思ってたのを、オッサンだけ失敗して別の房に入ってしまい、そのバナナを涼香が買ってきた、というわけだった。
「そっかぁ~。オッサンこれからどうするの?」
「どうしようかしら・・・明日にでもこっそりお店に連れてってもらえるかしら?もしかしたら家族が売り場に戻ってきてるかも知れない」
「お店っていつも寄るコンビニでいいのかな?」
「そうよ~あの店が一番入りやすいの」
「入りやすいとかあるんだ・・・」
よくわからないが、オッサン本人が言うから間違いないのだろう。明日の朝、仕事に行く前にでもコンビニにオッサンを連れて行こう。
翌朝。いつもの朝の風景の中、涼香はキッチンにいた。とっとと、朝ごはんのバナナを食べて、オッサンをコンビニに連れて行かないと!涼香はバナナの房に手を伸ばした。
その時だった。バナナが房ごとぐにゃぐにゃと動き出した。
「えええええ~~~まさか・・・」
嫌~~~な予感に包まれながら、バナナの皮を剥いてみた。
「クリス!」
「お父さん~~~!」
中から出てきたのは、黄色い全身タイツの女の子だった。まさかの、オッサンの娘!?ってことは・・・
涼香は次々にバナナを剥いてみた。次から次へと黄色い全身タイツの妖精が現れた。5本のバナナの内、4本から妖精が出てきた。残りの1本は、オッサンが入り損ねたバナナだろう。
「マリア!」
「あなた~」
「ジョージ!」
「お父さん!」
「メリッサ!」
「お父さん!!!!」
涼香の家のキッチンで、家族5人が無事に再会出来たようだった。
「ありえないんですけど~~~!!!」
「そういえば」
涼香がふと疑問に思った。
「なにかしら?」
「オッサンの名前、聞いてなかったような」
「ああ、アタシの名前ね?キャサリンよぉ~よろしくねぇ~」
なんでその風貌でその名前なの。聞かない方が良かったかも・・・
その日以来、涼香は朝食にバナナを食べるのをやめた。剥いた時に、黄色の全身タイツの生地が見える、あの恐怖。もう二度と味わいたくない。
そして、無事に再会したバナナの妖精の家族は、今も涼香の家に棲み付いている。
~朝食バナナ。(完)~