反抗期の始まり ―4―
「学年主任の高谷先生が犯人!?」
「え!?高谷って、確かに性格は最悪だけど女じゃん!?
犯人は変態の男じゃないの!?」
「理由までは分からない。だけど、おそらく犯人は高谷だ。
俺の読みでは、今日、高谷は犯行におよんだはず。
放課後に後をつけて、証拠を掴むぞ」
そして、僕達はこっそりと高谷先生を尾行し始めた。
今日、盗んだ体操着。それを高谷先生が出せば物的証拠になる。
そのために、こっそりと後をつけるのだ。
しばらく後をつけると、高谷先生は理科の準備室に入っていった。
「ど、どうするの?」
僕はスリーに聞いた。
「……しばらく、様子を見よう」
「で、でも、体操着を処理されちゃった後じゃ、証拠が無くなっちゃうよ?」
「わかってる。でも、理科の準備室は教室の半分ぐらいの大きさしかないだろ?
見通しがいいから、覗き込んだりした瞬間に俺たちのことがバレる。
嫌なところに入られたな」
「……そんな……」
証拠が無くなってしまうのでは?
という不安に駆られながら、僕たちはひたすらに待った。
そして、30分が経過しようとしていた。
「いくらなんでも遅すぎない?」
放課後の学校内は少し蒸し暑くて、汗をぬぐいながら戸井さんが言った。
このまま、理科の準備室を張り込み続けても、体力を奪われていくだけなのかもしれない。
「……仕方がない。偶然を装って、理科の準備室に入ろう」
スリーが提案し、僕と戸井さんはうなづいた。
理科の準備室に近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなっていく。
そして、スリーが扉に手をかけた。
スリーは一度、僕と戸井さんを見て、うなづくと、ゆっくり扉を開けた。
中に入る僕達。
そして驚愕する。
「っ!?」
「た、高谷先生がいないっ!?」
そう、理科の準備室には誰もいなかったのだ。
僕たちは30分間、無駄に時間を浪費しただけだったのか?
「逃げられた?」
「くそっ」
僕達は準備室の奥まで来て、確信する。
ここには誰もいない。
逃げられたのだ。
でも、どうやって?
ここは2階で、出入り口は1箇所しかない。
逃げるには、僕たちがずっと見張ってた扉から出るしかないのだ。
そう、じゃあ高谷先生はどこへ?
「逃げられたって……誰にかしら?」
僕たちの背中に向けて、ひどく冷たい声が発せられた。
全身の毛が逆立ち、体の防衛反応によって、僕たちは振り返った。
そこには、逃げたはずの高谷先生がいた。
「なっ!?」
やられた……!!
高谷は逃げてなどいなかったのだ!
ずっと、追跡者が罠にかかるのを待っていたのだ!
実験器具が収納された棚の後ろで!!
「……イライラしたわ……中々、入ってこないんだもの」
「……高谷先生……」
「職員室からずっと後をつけていたのは何故かしら?」
「バ、バレてたってことか」
「ええ。二度もつけられたら分かっちゃうわよ」
「二度……?」
「前にもね、バカな正義感に駆られて、私をつけ回したバカで幼稚なガキがいたのよ」
「……」
「まぁ、残念ながら、その子は今、病院でボロボロになった体を一生懸命治してるんだけどね」
「……まさか……」
「あぁ、その子には聞きそびれちゃったから、あなた達に聞こうかしら?
どうして私が犯人だと思ったのかしら?」
「……やっぱり体操着泥棒の犯人はあんたか」
「ええ、そう。前の子もね、私を体操着泥棒の犯人だと突き止めて、
私をつけ回したの。うっとおしいから黙ってもらったけど」
「あんた……!」
「いいから!答えないと、二度と口がきけないようになるわよ?」
そう言うと、高谷先生は自分のバッグからナイフを取り出した。
夕暮れの中、ひときわ眩しい反射を見せる、とても切れ味のよさそうなナイフ。
「……簡単なことさ」
スリーが口を開いた。
「まず、体操着泥棒の犯行件数が最低でも11回という多さだ。
普通は、それだけ犯行を重ねれば、最低でも犯人の目星がつくはずだろ?
それでも、犯人の目星はおろか、学校全体に対して注意喚起もされていない。
学校がこの事件を公の場に晒したくないってことは見え見えだ。
つまり、犯人は学校サイドの人間、またはその関係者に絞り込まれる」
「なるほど」
「そして、もう1つのヒントが犯行時刻だ。
犯行は全て授業中に行われている。
もし、生徒が犯人なら、犯行の度に授業を休んでいることになる。
そんなことをすればすぐに犯人は特定されてしまう。
だから、犯人は生徒じゃなく先生に絞り込まれる。
先生なら自分の授業が無い間は自由に動き回れるからな」
スリーは続ける。
「そして、戸井が覚えていた犯行時刻っていうのは全部、共通点があったんだ。
それは、犯行時刻に「地理」の授業が学年全体で行われていないということ。
つまり、犯人は地理の先生。つまり、あんただ!」
「……ふふふふ!はははは!!」
「……」
「ありがと。つーまらない話ありがと」
高谷先生の顔は笑ってはいなかった。
「何で体操着泥棒なんかしたんだ?」
「ふふふ、そうね。そっちが教えてくれたし、私も教えてあげる。
それはね、クソガキのくせに色気づいたバカどもがむかつくから」
「はあ?」
「大人をからかって、反抗心の塊のクロガキがね、自分の体操着が無くなったと気づいた瞬間に、何とも言えない表情をするの!」
「ふふふ、格別だわぁ……。
あの表情。恥ずかしさで満ち溢れた顔!!
偉そうぶって!!強がって!!反抗するメスどもが、その瞬間はとても弱々しくなる!!
それがそれが愉快すぎるのよ!!」
「ストレスたまってんな、ババァ……」
スリーはまったく怖気づいた様子もなく、高谷先生を挑発する。
こ、この状態で挑発するのはまずいんじゃないのか?
「うっせぇこのクソガキが!!!てめぇも病院送りにしてやるよ!!」
そういうと高谷はナイフを持ってこちらに前進してきた。
ゆっくりと、恐ろしい顔で。
「おい、パン、戸井。いいか?俺が高谷のナイフを掴んで、動きを止める。
その間にお前らは高谷のサイドを通り抜けて、この部屋を脱出しろ」
「分かった」
戸井さんが即答する。
「ておいちょっとは遠慮しろよ!?」
「2人ともふざけてる場合じゃないよ!!」
高谷はなおもゆっくり前進してくる。
そして、スリーが勢いをつけて高谷に掴みかかった。
「うおおおお!!!!」
高谷先生の腕をスリーが掴む。
僕と戸井さんはその間に逃げなければいけないのだが、
体が縮こまって動けない!
「お、おい!!早く逃げろ!!」
スリーが叫ぶ。
だが、動けなかった。
「ぐはっ!!!」
そして、スリーが高谷先生に殴られて床に蹲った。
そこへ高谷先生が蹴りの追加攻撃を入れる。
スリーは最初の1、2撃は反応を見せたが、それ以降は反応しなくなった。
まったく動かなくなったスリー。
それを見て更に恐怖が激増する。
こ、殺される……。
高谷先生は……ゆっくりと……僕達に近づいてきて……
ナイフを振り下ろせるところまで来た。
怖い……。
死ぬ……。
高谷がナイフを振り上げた。
「いやぁああっ!!!」
戸井さんが僕の腕を掴んで、叫んだ。
死ぬのか?
こんなところで?
これじゃぁ、ラブレターを晒された方がマシだった。
助けて。
スリー……助けてよ。
スリーを見ても、スリーはまったく動かない。
あぁ、こんなことを考えていられるなんて、
死ぬ瞬間って本当に時間が止まったようになるんだ。
高谷はナイフを振り上げたまま静止していて、でも僕は思考していられる。
この間に妙案が思い浮かべばいいけど、何をやってもダメな僕が良い考えを思いつくはずがない。
スリーみたいにはなれないんだ。
子供の頃からずっと憧れていたヒーロー。
僕には特別な力があって、いつか開花する。そんな風に考えて現実逃避することもあった。
それが今、開花されるべきなんじゃないか?
ありえないよね。
中二病全開だな。
ふと、思う。
僕が何か悪いことをしただろうか?
ただ、上条さんと付き合いたかっただけなのに。
それなのに何でこんなことになってしまったのか?
何でこんな醜い形相をしたおばさんに殺されなくちゃいけないのか?
無性に腹が立ってきた。
だから、
最期に言ってやるんだ。
僕が覚悟を決めた瞬間、再び時間は流れ始めた。
高谷の振り上げたナイフが僕に向かって降りてくる。
その時
「っ……!!くそおお!!消えろババアアアアア!!!!」
僕の最後の言葉は何て汚いんだ。
そう思って、目を閉じた。
痛みを覚悟するも、いくら待っても痛みはやってこない。
「……?」
高谷先生の気配がない?
僕は恐る恐る目を開いた。
そこには、高谷先生の姿がなかった。
「え?」
横を見ると、僕の腕を掴んで怯える戸井さんがいた。
正面には倒れたまま動かないスリー。
スリーを見て我に帰った。
「ス、スリー!!!」
僕はスリーに駆け寄った。
「スリー!!スリー!!!」
スリーを揺さぶる。
「……っ……いってぇ……あいつは?」
「分からない。突然消えちゃったんだ」
「……どうなってんだ……?」
「ね、ねぇ!とにかく警察呼ぶか、先生呼ぶかしようよ!」
戸井さんがそう言い、僕とスリーはうなづいた。
「ここで、高谷先生がナイフを出してきたんです」
僕とスリー、そして戸井さんは警察にさっきまでの出来事を説明していた。
あの後、すぐに職員室に行き、先生達に一部始終を話した。
そして警察が到着し、理科の準備室で、先ほどのことを再現することになったのだ。
「スリーがこの辺りで、4回ぐらい蹴られました」
「なるほど、そして、キミは窓際のここにいたんだね?」
「はい」
警察に説明を始めて20分が経過した。
高谷にナイフを振り下ろされた時からは1時間が経過しようとしていた。
高谷は現在、行方が分からず、警察が追ってくれているらしい。
「で、高谷がこう、ナイフを振りかざしたんです」
僕は高谷の真似をした。
その時
「死ねぇえ!!!クソガキィイイ!!!」
高谷が、目の前に現れた。
消えた瞬間と同じ姿勢で。
まさに僕を殺そうとしたあの瞬間だ。
「!?」
「た、高谷先生!?」
高屋先生は我に返って、辺りを見回した。
「なっ!?ど、どうなってるの!?いつの間に警察を呼んだの!?」
大勢の警官の前でナイフを振りかざす高谷先生。
言い逃れは、もはやできない。
「た、高谷美里!!殺人未遂の現行犯で逮捕する!!!」
警察が慌てて高谷を取り押さえて手錠をかけた。
「ク、クソガキ!!事前に警察を呼んでたなんて!!クソガキ!!!」
高谷は僕達に罵声を浴びせながら消えていった。
「しっかし、びっくりしたわねぇ。寿命が10年は縮まったわ」
警察の事情聴取を終え、学校を後にした僕達。
戸井さんはさっきまでの出来事を振り返った。
僕はスリーを見た。
「スリー、大丈夫?」
「あぁ。脇腹にアザができたぐらいだよ」
「……よかった。スリーが死ななくて」
「なんだよ。俺は不死身だぜ!?」
スリーがそう言うと、戸井さんが口を開いた。
「死にかけてたくせに……」
「うっせぇ!!お前よくも真っ先に逃げようとしたよな!?」
スリーは戸井さんが有無を言わさず逃げようとしたことを根に持っているようだ。
「あんたが逃げろっつたんでしょうが!」
「あれで逃げるとかマジありえねぇ!!」
「ま、まぁまぁ!……でも、高谷先生は1時間ぐらいどこに行ってたんだろうね?」
「……何か、瞬間移動したみたいだったわよね」
「……うん。高谷先生が瞬間移動……」
「……パン」
「ん?」
「高谷を瞬間移動させたのって、お前じゃねぇの?」
さっきまでのふざけた表情ではなく、真剣な表情でスリーが僕に聞いた。