反抗期の始まり ―3―
次の日のお昼休み、僕とスリーは教室の隅で山田さんを観察していた。
「あの子はどう?」
「いや、ダメだな。あいつは会話時間が短すぎる」
正確には、僕達は山田さんの周囲に集まる人間を観察していた。
『仲間』に引き込むための人選である。
昨日、スリーが提案したことはこうだ。
「いいか、パン。
恩小路は山田本人に手を回してるだろうが、山田の周囲までには手を回してないはずだ。
そんな労力をかけるのはアホらしいし、大人数に対してブルマの件を恩小路から言うのは、恩小路にリスクがありすぎる。
それに、お前がわざわざ山田の周囲の人間を仲間に引き込むとは思わないだろう」
「山田さんの周囲の人間から事件のことを聞くってこと?」
「そういうこと。
女子って、よくつまんねぇスキャンダル話で盛り上がってるだろ?
ブルマが盗まれたなんて話題、絶対広まってるって。
でも、ブルマが盗まれるのは女子にとって、かなり恥ずかしい話題だ。
だから、男子には絶対に情報がいかない。
仲間にするなら山田の周囲の女子だ」
「どの子でもいいの?」
「情報っていうのは伝達する度に劣化していくもんなんだ。
だから、なるべく山田と親しい人物がいい。
人から事件のことをまた聞きした奴じゃなくて、山田本人から事件のことを聞いた奴がベストだな」
「なるほど。どうやってその子を見つけるの?」
「明日の昼休みに山田をずっと観察するぞ。
山田と長時間、会話をしてる奴。そいつを狙おう」
「うん。分かった」
「あ、あの子、山田さんと会話を始めてから10分だったよ」
僕はスリーに言った。
「あぁ。いい感じだな。もう少し時間を計ろう」
そして山田さんと、僕たちが目をつけた女子が会話を始めて30分が経った。
「……長すぎだろ会話。女子ってホントおしゃべり好きだなおい」
スリーが呆れた顔で言った。
「あの子に決まりだね」
「そうだな。あいつは確か、戸井って名前だったよな?」
「うん。戸井 梅子さん。
本人は梅子って名前がババくさいからって嫌ってるみたい」
「そうか?古風でいいと思うけどな」
「それ、本人に言ってあげなよ」
「めんどくせぇ」
そして放課後。僕たちは作戦を決行することにした。
校門前で戸井さんを待ち、声をかけて仲間に引き入れる。
正直、戸井さんと会話したことは記憶上は無い。
挨拶程度なら、過去にあるのかもしれないけど。
そんな人物と上手く対話できるのか?という不安はあった。
でも、僕にはスリーがいてくれるという安心感のほうが強かった。
そして、その時はやってきた。
戸井さんが、1人で校門まで歩いてきた。
「戸井」
スリーが戸井さんを呼び止めた。
「えっとスリー?何?」
戸井さんはスリーのことをスリーと呼んだ。
クラスの男子全員がスリーのことをスリーと呼んでるから、そっちの方が覚えやすいんだろうな。
「お前と喋るのってあんまり無かったよな」
「そうね、いきなり何よ?」
放課後に校門で待ち伏せされてたんだ。
当然ながら、戸井さんは僕らに対して疑心感を抱いている。
「いや、ちょっと話したいことがあってさ。
近くにティーキミコって喫茶店があるからそこで…」
「そこはパス」
「ちっ、なんだよ」
「要件があるなら、早く言ってよ。私早く帰ってマンガ読みたいんだけど」
「まぁまぁそう尖るなよ。重要な話なんだ。お前、恩小路ってどう思う?」
恩小路?
スリーはどうして恩小路の話を持ってきたんだ?
「恩小路?スカしてて大嫌いだけど。嫌ってる奴多いんじゃないの?」
「だよな。俺も嫌いだ。
あいつは父親が校長だからって偉そうにして、悪行も重ねてる」
「そうね」
「その悪行の1つに関わっちまったんだよ」
「どんな悪行なの?」
よし食いついてきた。
という顔をスリーが見せた。
女子はスキャンダルが好き。
スリーの言葉が僕の脳裏をよぎった。
「昨日、パンが上条の下駄箱にラブレターを入れたんだ」
「ちょっ!?スリー!!?何バラしてるの!!?」
「秘密を共有するんだ。ちゃんと全部話さないとな?
パン。戸井だけに知られるか、クラスメート全員に知られるか、どっちがいいんだよ?」
「そ、そりゃ戸井さんだけに決まってるけど……」
「ま、戸井が女子全員に話しちゃうかもだけどな。
それでも、クラスメート全員の前で、堂々と発表されるよりはマシだろ?」
「ス、スリー……」
多少の犠牲は覚悟しろってことなんだろうけど……大丈夫なんだろうか?
僕は少し不安になってきた。
そして、僕は戸井さんの変化に気づいた。
戸井さんのさっきまでの無関心な表情は好奇心に変わっていた。
恩小路の悪行、そしてラブレター。
中学生の興味をそそるには十分すぎる題材なんだ。
そして、スリーはことの成り行きを全て話した。
戸井さんは時よりうなづいて、最後まで話を聞いてくれた。
「なるほどねぇ、で、私に協力して欲しいと?」
「ああ。頼めるか?」
「勿論!めちゃくちゃ面白そうじゃない!私には実害なんて何もないし」
戸井さんは目を輝かせていった。
確かに、成功しても失敗しても、戸井さんにはリスクがない。
平凡な学生生活の中で、突如訪れた変化。
その変化を楽しみたいんだ。
「じゃぁ、まず事件のことで戸井が知ってることを全部話してくれるか?」
「うん。3日前の美術の授業って、体育の授業の後だったでしょ?
体育の授業が終わって、洋子がブルマをスポーツバッグの中にしまって、美術室に行ったの。
そして、美術室から教室に帰ってきたら、ブルマが無くなってたの」
「美術室から帰ってきて、すぐにスポーツバッグのブルマを確認したのか?」
「うん。正確にはブルマじゃ無いけどね。
スポーツバッグの中には水筒も入ってて、お茶を飲むために水筒を取り出そうとして、ブルマが無いことに気づいたって訳」
「てことは犯行時刻はやっぱり美術の授業の時間だけに限られるのか」
「そういうことね」
「3日前の美術の授業って、クラスメート全員が出席してたよな?」
「うん」
「うん」
3人の意見が一致した。
「てことはクラスメートは犯人じゃないってことか。他クラスか?」
「もしくは他学年?」
「範囲広すぎじゃない?」
早くも行き詰まった感があった。
恩小路中学校の生徒は全部で360名ほど。
容疑者が多すぎる。
「山田のブルマがスポーツバッグに入ってるって知ってる人間は?」
「んー、クラスメートの女子ぐらいじゃないかな?
でも、スポーツバッグに入ってるブルマなんて、予め場所を知ってなくてもすぐに見つけられるんじゃない?」
「そうだな……」
「ブルマが盗まれたっていうのは、山田だけなのか?」
「……」
スリーが聞くと、戸井さんは黙り込んだ。
沈黙はNOと取っていいだろう。
「頼む。言いにくいことだとは思うんだ。
だけど、そこに犯人を絞る手がかりがあるはずだ」
「11人」
「え?」
「うちの学年で11人やられてる」
「う、嘘だろ!?」
「ホントよ。先生達には全部、報告してるんだけどね。
内々で解決したいんでしょうけど、全然犯人が捕まらないのよ」
「それだけ犯行を重ねてて捕まらないなんてマジかよ」
「他学年でも被害が出てるみたいだけど、人数はちょっと分からない」
「てことは被害者は11人以上ってことか……。
それぞれの事件の犯行時刻って分かるか?」
「私が聞いた分は分かるよ。
3週間前の理科の授業中と2週間前の音楽の時間と……」
そう言って戸井さんはそれぞれの犯行時刻を述べていった。
スリーはそれをノートに書き写していく。
「……犯行時刻は全部、授業中なんだね。
体育とか音楽とかで、皆が特別教室に移動している間にやられてるんだ」
僕はスリーがノートに書き写した犯行時刻の一覧を見ながら言った。
「んー、それでも特に犯行時刻に規則性は無しだから、大した手掛かりにはならないわね」
ため息をつきながら戸井さんが言った。
犯行を何回も重ねている犯人。
それを先生達が捕まえることができないんだ。
中学生の僕達に捕まえられる訳は無い。のかな。
「いや」
僕が諦めモードに入った時、スリーがぼそりと呟いた。
「そうか、分かった」
「え!?」
「は、犯人が!?」
「ああ。たぶん……犯人はあいつだ」
そう言うとスリーは僕らにもっと近づけと手招きした。
コソコソと作戦会議が始まる。
放課後、僕たちは職員室前の廊下で身を潜めていた。
「ねぇ、スリー。本当に大丈夫なの?」
「ああ、俺の読みでは今日、5組の音楽の授業で犯行が行われたはず。
てことは、犯人はブツを手元に持ってるはずだ」
「ブツって……」
「しっ!出てきたぞ!」
スリーはそう言うとスマートフォンを取り出し、スピーカーを指で押さえながら、
ビデオカメラの録画をスタートさせた。
スピーカーを押さえることで録画スタートの音は小さくなり、相手には聞かれなかった。
そう、今まさに廊下から出てきた学年主任の高谷先生には。