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反抗期の始まり ―1―

「おはよう!」


「昨日の課題どうだった?」


「うん、難しかったけど何とかなったよ」


「そっかぁ、私は日付変わるまでかかっちゃった」



こんなやり取りが聞こえてくる下駄箱。

僕は「早く誰もいなくなれ」と思いながらここに佇んでいる。


下駄箱という言葉から大体の人は学校を連想するのではないだろうか。

そう、ここは私立 恩小路オンコウジ中学校の下駄箱である。


恩小路中学校は都内でもトップレベルの進学校であり、

受験戦争で数多の受験生を叩き落して選ばれし者だけが入ることが許されるのだ。


しかしながら、その受験戦争の苦しみを耐え抜いただけではまだ努力の芽は咲かない。

入学してからは正に勉強漬けの毎日が続く。


毎日毎日、勉強をして試験を受けて良い結果を出して先生に気に入られて進級していって……

高校と大学でもひたすらに同じことを繰り返して、超大企業への就職のイスに座ることができて……

で、ようやく一段落つくことができるのではないだろうか。


はぁ……ずらっと考えてみたら落ち込んできた。

僕はまだ恩小路中学校の2年生なんだ。

上を見るとそんな就職なんてイスは霞んで見えやしない。



「じゃぁまたね~」


ふと女子のそんな声が聞こえたので顔を上げた。

すると、さっきまで下駄箱には十数人の生徒がいたのに、今は誰もいないではないか。


まぁ下駄箱に用といえば靴を履き替えるためだけだから、ずっと生徒がいるなんてことあり得ないけど。


……チャンスだ……。


僕は自分のクラスのスペースの前に立った。

クラスメートの名前が書かれているプレートが順々に入っている下駄箱。


その中から1人の女子の名前を見つけ出す。



上条カミジョウ 優衣ユイ



そう書かれたプレートが入っている下駄箱。

上条さんは某製薬会社の社長さんの娘であり、容姿は綺麗。

性格は大人しくて優しいと非の打ち所がまったく無い女子。

そのため学年を問わず男子からは憧れの的でアイドル的存在なのだ。



僕はズボンの右ポケットに入った手紙を握り締めた。



下駄箱に手紙……。


そう、ラブレターだ。

僕は今日、このラブレターを上条さんの下駄箱に入れるために下駄箱から誰もいなくなるまで待機していたのだ。


よし……入れるぞ……。



僕は汗ばんで震えている右手でラブレターをポケットから取り出した。

折角、綺麗な便箋と封筒で作ったのに僕の汗で封筒が滲んでしまっているではないか。


いや、もう引き返せない。

一瞬ラブレターを作り直すために日を改めるか?と考えたが却下した。


そんな言い訳のせいで僕は何回ラブレターを入れるのを止めたことか。


左手で上条さんの下駄箱の蓋を開ける。

すると、くたびれた蝶番のせいで擦れた金属音が廊下にまで響き渡る。


ギクッ!と思ったが大丈夫だ。誰にも聞かれてはいない。


僕は廊下から上条さんの下駄箱へ視線を戻した。


彼女の運動靴が下駄箱に収められている。白色で綺麗な運動靴だ。

僕の運動靴は土や泥で茶色に変色してきているのに、どうしてここまで白色を保っていられるのだろうか。


僕はその綺麗な運動靴の上にラブレターをそっと優しく置いた。

上条さんはこのラブレターを見てどう思うだろうか?


対して驚いたりはしないだろうなと思う。

だって上条さんは毎日のようにラブレターを貰っているのだから。


僕のように直接渡す勇気の無い男子は同じように下駄箱に入れたり机の中に入れたりしているようで、

逆に勇敢な男子は直接告白したりラブレターを手渡ししているようだ。


その中の一枚にすぎない僕のラブレター。

心の中で「がんばれよ」とラブレターに声をかけて蓋を閉めた。



ふう。完了した。


胸を撫で下ろす。

たったこれだけのことなのに、寝る前に何度も何度もシュミレーションしたものだ。

ただ頭の中で想像しただけでも心臓がバクバクと音を立てていた。


その頭の中の妄想をついに僕は実現したんだ。


さっきの緊張の意味での胸の高まりから、やり遂げたという達成感からくる胸の高まりへと変わった。

なんだ、僕だってやればできるじゃないか。


そうなんだ、僕は僕が思っているほど気弱な性格をしていな

「おい」


はっとして左を向く。

誰かが僕に声をかけた。

誰!?誰!?見られた!?見られたのか!?



「おい、……何してんだよ?」


声のした先、そこには恩小路オンコウジ 傑偉ケイがいた。




……最悪だ……。


最悪だ!!!なんで!?なんでよりにもよってこいつに!?

もう駄目だ!!僕は!!僕は!!!



彼の名前は恩小路 傑偉。

自身を「傑作で偉大である」と考えている男子。

僕と同じクラスだ。



「おい、何黙ってるんだよ」


恩小路が僕に発言を求めている。どうしよう……。


「い、いや……。ちょっと遅刻しかかっちゃって。すぐに教室に行くよ」


僕は今来たというニュアンスを込めてそう言った。

僕が今立っているのは自分のクラスの下駄箱の前なので別に怪しい点は何もないはずだ。


「はは」


恩小路は僕の言い訳を聞くと嫌な笑みを浮かべた。

まさか……僕の行いを見ていたのか!?

わざわざ僕がラブレターを入れ終わるまで盗み見していた!?


恩小路は嫌な笑みを浮かべたまま僕に近づいてきた。

いや僕にじゃない。

僕達のクラスの下駄箱に近づいてきているんだ。


視線は僕を見たまま。僕も恩小路を見つめる。


恩小路は下駄箱の前まで来ると僕から視線を外して下駄箱に向き合った。

僕と恩小路の距離は目と鼻の先で肩が少しぶつかった。


そして……あろうことか恩小路は上条さんの下駄箱の蓋を勢いよく開けたのだ。


やっぱりだ!!

こいつは僕の行いをほくそ笑みながら見ていたんだ!!


「ね~これ何?」


恩小路は僕のラブレターを親指と人差し指で摘むと僕の前に突きつけた。

まるで汚いものを触るかのようにしやがって…!


「ね~何?」


恩小路は知っている。

いや誰しもが分かることだろう。

下駄箱に手紙を入れるなんてラブレターぐらいのものだ。

女子へ向けた手紙なんてラブレター以外に何があるって言うんだ。


こいつは僕に言わせたいんだ。

ラブレターだと認めさせたいんだ……。


「ふうん、黙ってるのか」


恩小路は僕からラブレターという単語を言わせることはできないと悟ったのか

ラブレターの封を切って中身を取り出し始めた。


「あっ」


僕は思わず声が出てしまった。

まずい、恩小路に読まれてしまう!


右手を恩小路の持つラブレター目掛けて振り上げる。

取り返さなくては!!


「おいおい、やめろよ」


僕の右手を交わしてなおも嫌な笑みを浮かべる恩小路。

さ、最低だこいつ……!!


しかしながら僕は恩小路に掴みかかることはできない。


僕が気弱な性格をしていて喧嘩が苦手というかできないのも要因の1つだが、

決定的に「こいつに暴力を振るってはいけない」という要素があるのだ。

それは……こいつがこの学校の校長の息子だということ。


恩小路中学校と恩小路傑偉という名前からも簡単に察することができる。

こいつを敵に回すということは、学校そのものを敵に回すということなのだ。


前にこいつと勇敢にも喧嘩をした男子がいた。

喧嘩の原因は誰がどう見ても恩小路が悪かった。


しかしながら学校の下した判決はその男子の退学であり、恩小路は何も処罰が与えられなかった。


こいつは敵に回してはいけないのだ。


「僕は上条さんのことがずっと好きで……ふむふむ……へぇ……」


嫌な笑みを浮かべながらたまに声に出してラブレターを朗読する恩小路。

最後に書いてあるのは僕の名前なので言い逃れはできない。


「……山崎ヤマザキ バンより。か」


ついに僕の名前まで読みきった恩小路。


「パン!!きもいよ!!もっとマシな文章書けよ!!パン!!」


ゲラゲラと下品な笑いを見せる恩小路。

くっそ……こいつ……。


山崎 万というのが僕の名前だ。

正直な所、僕はこの名前をあまり気に入ってはしない。


フルネームで読むとヤマザキバン。某バンメーカーを彷彿させる名前で小学校でも僕のあだ名はパンだった。

それはこの恩小路中学校でも同じで、親しくパンと呼んでくれる奴もいれば恩小路みたいにバカにするためにパンと呼んでくる奴もいる。



「……もう……いいだろ……返してよ」


僕は右手を恩小路に差し出した。

ラブレターを返してもらわないと皆に見せびらかされそうだ。


僕の差し出した右手を見て、今日一番の嫌な笑みを浮かべる恩小路。

こいつ……何考えているんだ?


「困るだよねぇ。お父さんもよく言ってるんだけどさ。

うちの学校は恋愛は禁止なんだ。これはしかるべき処置を取らないといけないなぁ」


恩小路の言うとおり恩小路中学校は規則により恋愛は禁止である。

それは生徒手帳にもしっかりと明記されているのだが守っている生徒は少ない。


進学校というと身なりから行動に至まで規則で雁字搦めにされているイメージを持っている人は多いと思う。

でもこの恩小路中学校の校長はわりと融通が利くというか優しい人物であまりそういった点を重視しないのだ。


ただ規則を緩いものにしてしまうと体裁も悪いので一応は学校生活における規則が事細かく明記されている。

その学校の規則を度が過ぎない程度であれば破っても特に咎められることは無いのだ。


恋愛についても規則では不可としているが、実際には学校内で大手を振って男女間で交際している。


「で、でも……付き合っている奴なんていっぱいいるじゃないか」


僕はこう反論した。

すると恩小路が顔を近づけてきて言う。


「キミのその言い訳は、赤信号を皆が渡っているから僕も渡ってもいいんだという愚かな考えだ。

規則で恋愛は禁止されている。

それを校長の息子である僕が見つけてしまった。これはもう見過ごすことはできない」


嘘だ。

ただ面白がって規則を理由に僕を甚振りたいだけなんだ。


「じゃ、じゃぁ……どうしろと?」


「そうだな……。このラブレターをホームルームでクラスの皆に公表しよう」


「はっ!?」


ちょっと待ってよ!?そんなことをされたら僕はクラス中の笑い者じゃないか!!


「やめてよ!!何でそんなことする必要があるの!?」


「最近、学校内の秩序が乱れつつあるからね。

こういった事例を公表することにより皆の意識を高めたいんだ。」


「……こ、公表するのに僕の名前は……?」


「勿論、パンの名前も公表するよ」


「何で!?」


恩小路の言い分だと事例を紹介したいだけなんだ。

そのことについて僕の名前は必要ない。

ただ「こういったことがあったから気をつけよう」で済む話じゃないか。


「名前を公表しておかないと『あぁ、名前が公表されないなら大丈夫だ』と甘く見られてしまうからね。こういったことに情けをかけていては、やがて秩序はもっと乱れていくよ」


「やめてよ!!」


嫌だ!!

僕の書いたラブレターの内容が公表されるなんて絶対に嫌だ!!


僕は恩小路を涙目で見つめた。

泣いちゃ駄目だ。こいつに涙を見せるなんて駄目だと思ったけど半泣きになってしまう。


「う~ん、パンも反省しているようだね」


右手の指を顎にあてて考える素振りを見せる恩小路。

何か妥協案を出してくれる?


「ではキミにチャンスをあげよう」


チャンス……?

なんだろう……チャンスって……?


僕は少し期待をした。

しかし恩小路が言い出すことだ。ロクなことじゃないかもしれない。


「クラスメートの山田 洋子は分かるよね?」


恩小路が聞いてきた。

それは勿論、分かる。ショートカットの黒髪がよく似合うバレー部の女子だ。


「彼女のブルマが2日前に盗まれたんだ」


「え!?」


「これは内緒だよ?この学校をパニックにさせたくないからね。今、教員達で対策を練っているんだ」


「そ、そうなんだ」


「2日前の月曜日。美術の授業で皆が美術室に行っただろ?

帰ってきたらカバンの中のブルマが消えていたとのことだ」


「そ、それが僕に何の関係があるって言うの?」


「キミはその犯人を見つけるんだ」


「は?」


「いいかい?今日から1週間以内に犯人を突き止めて、僕に突き出すんだ。

 そうすればキミは改心して、善い行いをしたと認めて、今回のことは不問にしよう」


「……先生が先に犯人を見つけたら?」


「それはキミの本気具合が足りなかったってことだろ?

勿論、その場合は今回のことをみんなに公表する」


「ぐっ…」


「さぁ、どうする?といってもキミには選択肢なんて無いと思うけど」


「…わ、分かった!やるよ!」


「よく言った。それでは検討を祈る」


そう言うと、恩小路は奥の廊下へと踵を返し、歩み始めた。


「あ、そうそう」


数歩、歩くと恩小路は歩みを止め、僕に振り返った。


「盗まれたってこと、教員しか知らないって言っただろ?

 だから、キミがこのことを知っているのは非常にまずいんだ。

 だから、誰にもこのことは言うなよ?」


「そ、それって山田さんには?」


「キミはバカか?

キミがこの事件のことを知っていると知ったら、山田さんは激怒するに決まっているだろう?

勿論、山田さんにも内緒だ」


「ちょ、ちょっと待ってよ!!

被害者本人に話を聞けないのに、どうやって犯人を捕まえるって言うんだよ!?」


「僕に聞かないで欲しいな。僕が出した条件に、答えるのはキミなんだから」


「……っ」


「まぁ、せいぜい頑張りたまえ。ははは!!」


恩小路は廊下の奥へと消えてしまった。


ど、どうすればいいんだ……。


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