6.謎落とし心震たる終宴
食器の片付けを終えてリビングへ戻ろうと振り返った折り、真っ先にソファーに腰掛ける東城さんの後ろ姿が目に映った。
少し距離を詰めれば、彼が自らの手を眺めつつ何やら物思いにふけっているさまも窺える。
しかしその姿を前にしながらも、私は足元に転がっているヒトミの姿に気付いて直ぐそちらに意識を移した。
さっきまでの位置から移動してもなお寝ている彼女に疑問は浮かぶも、とりあえず声をかけてみるが返ってくるのは微かな寝息だけ。
仕方なくまた東城さんを見やり、未だ続けている手との睨めっこのわけを推測。
確証は無くもソファーの背後から
「自称限りなくD寄りのCです」
と教えてあげた。
しかし返事がない。
「東城さん?」
そう呼び掛けた声すらも無視されて思わずムッときた私は、彼の視界に掌をフェードインさせて上下に振るう。
そうまでされてやっと彼は私の存在に気付いたらしい。
「麻衣ちゃん?」
と不思議そうに視線を向けてきた。
「無視されるのは…好きじゃないです」
そう自分なりに懸命に訴えると、彼は直ぐにごめんとこぼし俯く。
そのさまに思わず溜め息を吐くも
「考え事ですか?」
と一様は心配する素振りを見せてあげた。
しかしそれも束の間、無視された借りを返さんと一転して私は
「東城さんって…なんだか女々しそう」
と、どストレートに悪口を浴びせ、それに報復完了の満足感を掴み得る。
対して彼は、困った様な表情こそ見せたものの
「そうかな?」
と落ち着き払った声で静かに呟き仄かに笑う程度。
そうなると私の先程までの満足感はもう霧散していて
「それとも」
と思わず更なる口撃準備に取りかかってしまっていた。
だがそれもそこまで。
幸か不幸か
「ん?」
と発しつつ、不意に振り向けられた彼の顔と視線が見事に合わさり、勢いを殺してしまったから。
そんな少しばかりの睨めっこの末、なんとなく気恥ずかしさを覚えた私は続く言葉も続けられぬまま、スッと彼から目を背ける。
と次の瞬間、不意に右の二の腕辺りをがっしりと掴まれた。
その手は力任せに私の体を引き倒すと、スッとまた離れていく。
けれどもう傾く身の勢いは止まらず、捻りを加えながら肩から腰から落ちていく。
「痛っ…」
体勢を崩したが為に打ち付けた腰の辺りからじんわりと襲い来る鈍痛に思わず声を漏らす。
その間に、回り込む様にして再び私を捉える両の腕が、逃れられぬほどに此の身を強く縛った。
「麻衣ぃ~」
揺れる声で名を呼びながらの頬擦り混じりの抱擁。
「駄目ですよぉ~ぅ…しっかりあくとりしないとぉ、お外に出させませんからね~」
と背後からしがみついて離さない上にこの口調。
まるで酔っ払いである。
「馬鹿、腰打ったろうが…」
身動き取れず床に腰を付き、上半身はヒトミに支えられる形のまま私は彼女に悪態をつく。
「ぅ、鬱陶しい…離せ…」
もぞもぞと身を揺さぶるも彼女が離れる気配は一切なし。
そもそもいつの間に身を起こしていたのかも謎。
「ぉぃ…」
抵抗虚しく結果、諦めて深々と嘆息した。
その一部始終を目撃してか、
「仲良いんだね」
と東城さんは言う。
しかし私にとっては
「ただの一方的なスキンシップです…」
という認識しかなく
「そうなのかい?」
と首を傾げる彼には、何故不思議に思うのか?と聞き返したいくらいだった。
先の、辛辣な言葉を吐きつつ足掻いていた私の姿を見ていたわけだし。
とはいえ細かい事をいちいち気にしていたらキリがないなとも思い、
「慣れてはいますが、やはり鬱陶しいです」
と改めてハッキリと公言。
「僕からすると…なんだか羨ましいけどね」
と返ってきた事で再び邪推が浮かび上がり、
「なら…代わってあげましょうか?」
と勧めてみるも遠慮がちに断られる──後が恐いし、と。
思わず
「先行き不安ですね…」
とこぼしてしまうが、神と人間の恋にハッピーエンドがあると思えないのも事実。
故に私は
「…まぁ、触らぬ神に祟りなし。ってとこか…」
と適当に締める。
すると彼は同調して
「そういうこと」
と言う。
「じゃあ…さすがにそろそろお暇しないとね」
不意にそう告げやると彼は、未だ目覚める気配の無い2人の肩を揺らし始めた。
帰り着けるか心配ですねと私が呟くと
「責任持って僕が2人とも送り届けるよ」
と彼は珍しくも頼もしい発言を口にするのだった。