4.想うも想わずも名を吐けば耳元
梅雨も明け、7月も半ばにさしかからんと迎えた13日の金曜日──そう、例の家宅訪問の日である。
話が持ち上がってからの約3週間、それまでは舌先三寸どうにか退けてきたが、それも遂に限界を迎え、1人の男の頑な姿勢によって本日半ば強引に開催と相成なってしまった。
「あぁ…自暴自棄になりそう…」
と突然憂いをこぼすは、我が広告制作部門を担う東城部長29才独身。
世間一般が思う貧乏神染みたオーラを有し、割と素材も良いのに華奢過ぎて社内では残念なイケメンの名を冠している。
「これでもし曰わく付きじゃなかったらさぁ、僕もう麻衣ちゃんに頭上がらないなぁ…」
何かにつけてネガティブ発言するのも汚点。
「で?で?部屋は最上階かい!?」
と傍ら、不意に上がるは興奮度MAXの声。
気のせいか願望混じりに聞こえるのはその嗜好故か──無類のオカルト愛好家、島洋次32歳独身。
「居るか?居るかな?見えるだろうか?会えると良いな~!」
幼少期の愛称は爪楊枝とのことだが、今では名前以外に関連性が見受けられない。
なんというか中途半端だけども単二乾電池といった感じ。
そして最後に自称護衛としての参加を表明した主任の多賀谷先輩28歳バツイチ。
「島!女の子の部屋にあがるんだからわきまえなさいよ!?」
とそれらしい発言はするが、元はと言えばこの人が今回の火付け役。
ムードメーカーと言えば聞こえは良いが、割と面倒見も良い人らしく良心的な一面も兼ね備えたキャリアウーマン。
開催は仕事終わりの夜半とあり、世帯を持たず、加えて比較的私と年齢の近い人達が参加。
道すがら酒とつまみも購入し、宅飲み準備も万端といった状態である。
「はぁ…やだなぁ…僕呪い殺されたりしないかな…?」
なんて彼がこぼすのも恐らく、男に対して強い怨念を抱いた女の霊だからと、私が二転三転話を切り替えていたが故。
「大丈夫部長!私だったら島から殺す」
「主任…それ自分が大丈夫じゃないっすから」
「いやでも敵は1人とは限んないし…!死神とか居たらどうしよう…」
「部長、あまり特定的な名前は吐かない方が良いですよ?オカルト的な話ですけど、下手すると呼び寄せちゃいますよ?」
それ以降も取り留めの無い会話が続けられていた。
そのうち乗り込んだエレベーターも目的の階へ到着。
相変わらず気は進まないのだが、渋々ながらも結局皆を誘導している私。
「少し待ってて下さい」
と部屋の前まで来たところで3人をその場に残し、先に単身部屋の中へ入る。
(言い付け通りにしてるだろうか…)
そう不安を胸にリビングへの扉を開くとほぼ同時、
「おかえり~」
と多彩な料理と共に満面の笑みで迎えるヒトミの姿が目に映った。
(うわぁ…)
私は目の前が真っ白になった。
どうしてこうなってしまったのか?
スッと冷静に回想を始めて直ぐ、注意を促した記憶が蘇る。
──今日だけで良いから決して姿を現すな
しかしどうだろう?状況は予想外の事態をきたしている。
ある意味、流石は貧乏神と言えなくもないが。
「…それは毒入りか?」
と併せて思い出した先日の話を掘り下げて彼女に問うが、答えはノー。
「頼んだ覚えはないんだが」
と苛立ちを幾分露わにするも、だから毒は入ってないんですと返され納得してしまう自分が居た。
「ともかく!…はぁ…もぉ…。こっちはお前の事で悩んでるのに…勝手して、愉しんで…」
「愉しんじゃ駄目なんですか?」
呟く様な私の言葉に同じく彼女もまた呟く様に反論を呈す。
「私…この場所でしか認識してもらえないんです…。だから…なのに…」
そう力無く悲しげに語る彼女の姿を見やり、私はふと罪悪感を抱いた。
「すまない…」
気付いた時にはもう謝罪の言葉がこぼれ落ちていた。
「私は…存在を隠すことがお前の為になると思ってた…」
と勘違いしていただろうことを告げた。
「でもそれだけじゃない…。何かあったら、職場に居られなくなるかもしれないと、恐れてた…」
そういう保身的な考えを持っていたことも明らかにした。
それでも彼女は
「麻衣を責めはしないよ」
と甘い言葉をくれる。
「それはきっと、人として当然のことだから」
と私とは違い、彼女の言葉は痛いほどに優しさを内包している。
そんな気がした。
「でもね」
不意に一転し、我が儘を述べようとする彼女からは続く言葉通りの様相。
「ちょっと悲しい」
「ごめん…」
なんて言葉久し振りに吐いた。
いつの間にか、強さを偽装ってきた私は崩壊している。
「ごめん…ヒトミ…」
そうなんとなく、彼女の名を口にしたくなって呟いた。
「私こそごめん。我が儘ばっかで」
そう言う彼女がどうしてだろう──私にはとても大きく見えた。
本当は私なんかよりずっと小柄なのに。
「神様だからかな?」
ふと脈絡無く私が呟くと、彼女は眉をしかめ、ん?と漏らし首を傾げる。
「ヒトミは、凄く大人で…なんか…悔しい」
言いながら感情が渦をまいて喉元を這い上がってきた。
「神様の威厳ってやつです」
あぁきっと今彼女は物凄いドヤ顔をしているんだろうな。
歪む視界を抑えながら私は、言葉だけは逃すまいと聞き耳を立てていた。
「でも、私だってまだまだ、神様の中では全然チゴですよ」
そう言うと彼女は私の体にスッと腕を回した様で、ふとこの身は温かさを増す。
「人は良いですね、温もりがあって」と羨ましげに気持ちを漏らす彼女の身は無温。
彼女に包まれて温かさが増したのはきっと、逃げ場を失った私の体温が帰ってきたからというだけ。
「みんな…外で待ってる…」
そっと抱擁より抜け出して、目元を拭いながらに彼女へ説く。
「今、呼んでくるから…ヒトミは好きにして」
と選択を委ね、
「もう隠れてろなんて言わない」
と言葉の枷を外す。
すると
「言われても叶えてあげませんけどね」
と意地の悪い笑みが浮かべられた。
「とんだ疫病神だな」
私もそれに似せて笑みを返した。