18.神棚と想いと神ノ渦
後日、島さんは本当に私の無実を証明する為だけに会社に訪れたという。
詳細こそよく分からないが、随分と熱弁してくれたようで部署の雰囲気は依然の様に戻ってきていた。
「なんだかんだで皆、麻衣ちゃんの実力を認めてるんだよ」
とある日、ふと東城さんに昼食に誘われ、近況を聞かれたのち、そんな言葉を貰った。
「だと良いですけどね…」
苦笑。
「…なら、考えてごらんよ。元々人手の少ない部署から2人も消えて、その分が皆に分配されて…」
その決断を行ったのは彼だろうから、それはとても白々しくあるのだが、割と加害者側に居る私から何か言えるわけもなく。
「特に、麻衣ちゃんに普段任せていた資料整理や不備チェックなんてのは、量もさることながらなかなかに面倒な作業だからねー」
そう爽やかに笑みを浮かべているも、裏を知ってるからこそ嫌みったらしく見える。
が、それもあっての今であり、上司としては何とも頼もしい限り。
「…ほんと、ありがとうございました」
「気にしないで良いよ。なにより、一番の手柄は島だしね。やっぱり当事者の言葉は強いよ」
「ですね…」
深く頷く。
「まだ退院まではかかりそうですかね…?」
「そうだねぇ…。医者もさぁ、あまりに早期回復したことで、逆に不安を感じてるみたいで。一度、半ば強引に仮退院して会社に来たこともあるから、余計に神経質になって病室に閉じ込めてるんだと思うよ?」
その強行が私の為だったというのだから罪悪感が否めない。
とはいえ有り難くもあったわけで、
「どうせ時間を持て余してるでしょうし、また今度見舞いにでも行きますかね…」
と私は口にする。
「お邪魔でなければ僕や多賀谷もご一緒するけど?」
「…どういう意味ですか?」
「ハハハ、冗談冗談」
正直笑えない。
そんなくだらない冗談の後で彼は
「そういえばさ…」
と話題を切り替える。
「ネットでね、たまたま見つけたんだけど…」
そう言うと彼は、隣りに置いていた小さな紙袋を机に上げ、中身を取り出した。
それはまるでユニークな貯金箱の様な小屋の置物で、鳥居があって、賽銭箱があって、小さくも神社といった様相。
「ミニ神棚って言うんだけどね。これ、実際に御神木を使って造られた物らしくて…ここの、看板みたいなとこに、信仰する神の名前を書くと良いんだって」
「…で?」
「麻衣ちゃんにあげるよ」
やはりそう来たか。
「…なんだか、貧乏神と書くのは…さすがに気が重いです…」
「ハハッ、まぁ確かに、家庭で好んで祀る神ではないよね」
ほんとその通りですよ。
なんて思いつつも
「けど」
と一転して私は言葉を紡ぐ。
「御神木で出来てるんですもんね…。もしかしたら本当に、社の代わりになるかもしれませんし…」
そう希望的観測を吐き、
「いただきます」
と受け取った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ひとしきりの会話を終えたのち、私は手早く昼食を済ませた。
そうして私は単身一足先、お昼休みが終わるより少し前に部署へと戻る。
いつまでも遅延を抱えているわけにはいかない。
そう意気込み、誰より早く午後の仕事に取り掛かるのだった。
終業時刻までに遅延分含む今日までの仕事を終え、帰宅してからの行動は早かった。
足早に移動したリビングルームで、譲り受けたミニ神棚を出し、筆ペンで神の名を刻む。
『貧乏神』
本当はヒトミと書こうかとも思った。
だが、公的な正式名称でなければ社と成り得ぬ気がして止めた。
が
「ヒトミ」
と呼んでみても返事はない。
辺りを見回してみるも、姿は見えない。
「やっぱり…無理か…だよな…」
トボトボと足を進め、ソファーに腰を落とす。
「居ないわけじゃ…ないよな…?」
──だ~れだ?
「!?」
ふと暗くなった視界と声に驚き立ちあがる。
だが、そこで直ぐに気付く。
「夢か…」
いつ間に寝てしまったのだろう?
そう疑問を抱きつつも、いつ間にやら真っ暗闇に包まれていた外の景色が事実を物語っている。
「ふすぅ…」
疲れ混じりに息を漏らし、またソファーにドスンと腰を落とす。
その直後、ふと違和感に気付く。
「ん?」
背後から僅かにカチャカチャと物音がし、私は振り返りながら半信半疑に名を口にする。
「…ヒトミ?」
「あら、もう起きちゃいました?」
間違いない。
そこに居たのは彼女だった。
「なん…で…?」
「ハハッ、ごめんねぇ、ちょっと驚かしてやろうと思って」
違うそうじゃない。
私が聞きたいのはそうじゃなくて──
「…分かってます。けど、その理由は麻衣が一番分かってるはずですよ?」
不意にもたらされる彼女の全てを見透かした様な言葉で
「嘘…こんなもので…」
と私はミニ神棚を見た。
「ククノチの力は強大です。ですが、それだけじゃありません。麻衣が私を、貧乏神を想う気持ちが、この神棚に社としての力を宿したんですよ?」
それから私は、傍らへ歩み寄って来た彼女へと手を伸ばす。
「居る…確かに居るな」
その頬を、肩を、腕を流れるように触れ、手を掴み、引き寄せる。
「ヒトミ…」
「アッハハハ…麻衣ちょっと、そんなに強く抱き締められたら痛いです」
「うるさぃ…少しくらい、我慢しろ…ぉ…」
「もぉ…」
呆れる様にこぼされる声。
その声に食ってかかるように私は
「私は…ずっと見えなかったんだ…から…な…」
と心の内をさらけ出す。
「弁天との、契約で…あと、どれくらぃ生きてられるか、も…分かんないし…不安で…もぅ」
「ちょっと待って!」
不意に彼女は声を荒げた。
「え?え?弁ちゃんとの契約って何?どゆこと?」
慌てふためく様に彼女は次いでこぼす。
そうして
「代償で、余命が…」
と説明の半ば
「代償なんてないよ」
と彼女は断言した。
「マイナスオプションがあるのは禍つ神だけ。福の神の弁ちゃんにはないよ」
「は」
一瞬にして感情の渦は引っ込み、私はしばし唖然としていた。
「あの時…意識を失ったのも…もう長くないからなんだって、そう…凄く、不安だったのに…」
「あの時…?あぁ!あの時、麻衣は疫病神の声に耳をかしちゃったでしょ?それで不安にかられた。…違う?」
「ん…?いや、多分…違わない」
ヒトミとの別れを思い、私は躊躇いを浮かべていたと思う。
そう思い出せば、それから意識が遠退いていった様な気もした。
「じゃあ原因はそれ」
迷いもなく彼女はそう断言する。
「負の感情は障気を引きつけちゃうの…。だからそれで、障気に飲まれて、麻衣は昏睡しちゃったんだよ」
「でも…ヒトミが、私を助けてくれたんだろう?」
死の底から救ってくれたんだろう?との意味を込めて、聞く。
その真意にまで気付いているのか彼女は
「私は、麻衣の体に溜まっていた障気を吸い出しただけ…」
と答え、
「それ以上のことはしてないし、出来ないよ…私、禍つ神だし…」
と声をすぼめてしまう。
対して私は、その言葉に酷く嫌悪を抱いていた。
生まれで全てが決まってしまう様な、そんな変に人間染みた縛りを有した名称に。
だから
「ヒトミが本当に貧乏神だったなら…私の心がここまで豊かになることは無かった」
なんて我ながら柄でもない言葉を口にしてしまったのだろうと思う。
「ヒトミは私の、ただの友人。ちょっとトラブルメーカー気質の」
「麻衣…」
「あ、でもこの部屋って確か2LDKGだったっけ?」
そう、からかう様に私が言うも
彼女は
「Gはガールのイニシャルです」
と反論する。
「だから…これからも…」
「願うというなら代償を貰うぞ?」
「な」
と一瞬にして身を引き剥がされた。
そうして後、驚きの様な睨みの様な何とも言えない視線を貰う。
「フフッ…。ヒトミ…私はお腹が減った」
「あー!」
そういうと彼女は再びキッチンへと戻っていった。
(思えば割といろいろあったな…)
1ヶ月にも満たない一連の出来事を浮かべ、しみじみと思いを馳せる。
(結局、結果はよく分かんないけど…)
疫病神の末路も、その後の弁天も、あの騒動の収束の形すらも。
けれどこうして彼女が何事もなく此処に居られるということはつまりそういうことなのだろう。
「ゴッドノゥズ…」
きっと人の知らない所で数多の神々がよくやってくれているんだ。
弁天然り七福神、八百万というのなら、それに見合うだけの福の神の数も在るだろう。
「神の…渦?」
ふと膳を手にヒトミが側に。
「ん?いや、何でもない」
案外、神様も博識ではないのだな。
なんて事を浮かべつつ私は言う。
「これは?」
「神の味噌汁!」
「くだらない…フッフ…」
こうしてまた、ヒトミと私の共同生活は始まる。
小さな神棚を中心に、2LDKGの枠の中、他の誰も知る事のない──2人だけの緩い神話が。




