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アメ

作者: 笛伊豆

 明日はまたアメらしい。

 今夜の天気予報で、予報官が深刻な表情で言っていた。

 このところずっといい天気が続いていたから、みんなあるいは・・・と恐れていたのが、見事的中してしまった。

 高気圧が、日本列島の真上に居座ってしまったのだ。

 明日の予報は、日本全国雲ひとつない快晴。

 運が悪ければ、大アメになるだろう。

 気象庁では、自衛隊と協力してヨウ化銀をばらまいたりしているらしいが、そんなもんが役にたったためしがない。まだ雨ごいの踊りかなんかの方がましなくらいだ。

 といっても、政府だって一生懸命やっているのだ。それは国民だって認めている。これだけの目にあわされて、革命や暴動が起こらないだけでも、日本政府は国民の目から見て許せる程度の努力はしていることが公認されていると言ってもいい。

 ただ、どうにも対処しようがないだけで、結局のところ最後は国民の皆さんの自助努力に期待する、ということになってしまう。

 天災は、規模がある程度を越えると公共機関だけではどうにもならなくなるということは、昔からよく知られている話である。

 結局は、ボランティアに頼るしかなくなるのだ。

 だが、ボランティアが役にたつのは、そのボランティアの出身地が無事だった場合に限られる。今回のように、全世界いっせいにアメが降り始めたりした場合は、みんな自分の所を守るだけでせいいっぱいだから、自力で頑張るしかないのだ。

 僕は、町内会の寄り合いから帰ると、玄関の傘立てに自分の傘を置いた。

 一応、全員の分はあるようだ。

 前回のアメのときは、傘が足りなくてみすみすうちの物干し台がやられてしまったのだ。

 うちだけではなく、あのときは特にこの辺りに集中してアメが降ったらしくて、地区の公民館とか学校なんかの人がいない場所が根こそぎ被害を受けた。今回はその反省から、町内会で戦える者は全員組織化して、それぞれ担当を割り振ってある。

 下は13歳から、上は今年で79歳になる橋本のおばあちゃんまで、下豆山3丁目の町内会は総動員体制なのだ。

「利夫か。どうだ、降りそうか?」

 じいちゃんが言った。

 今年で76、下豆山3丁目で3番目の「長老」だが、前回の「大戦」に参加した古強者だけあって、わが町内会でももっとも期待できる戦力のひとりである。

 じいちゃんは、そう言いながらも手にした傘を磨いていた。

 武器の手入れは怠らない。さすがだ。

「今夜は五分五分だってさ。でも、ニュースで言ってたけど、東北が今やられているらしいよ。仙台では、青葉城が全滅だって」

「東北か。兵隊が少ないところは大変だな」

 人口密度が低いことが、即兵力不足に直結してしまうところが、今回のいくさの恐いところだった。

「しょうがないわよ。このへんだって、東京に比べたらがら空き同然だもの」

 オフクロが食卓に夕飯を並べながら言った。

 夕飯といっても、お握りである。「戦時中」である以上、当然の処置と言えるが、せめて焼きお握りくらいにはして欲しかった。

「しっかし、東京なんぞは町内会なんかないから、バラバラだって話だぜ。アメが来たらイッパツじゃねぇの」

 弟の利也が言う。

 それに僕が答えようとしたとき、いきなり妹の利子が駆け込んできて叫んだ。

「大変よ! 降りだしたわ!」

 次の瞬間、サイレンが鳴り始めた。

 町内会の有志が交代でつめている、消防分団の火の見櫓のサイレンだ。

「来たか」

 じいちゃんが、低く言って立ち上がった。

 妹の後を追って、弟が飛び出して行く。

僕も、玄関で自分の傘をつかんで家を飛び出した。

「おお、利夫。いよいよだぜ」

 隣のシゲちゃんが、すぐそばを駆け抜けながら叫ぶ。見ると、町内のあらゆる家からぞくぞくと人が現れつつあった。

 総力戦なのだ。

「第1分隊は公民館だ。第2はあさひ幼稚園。第3は床波アパートの応援だ。頼んだぞ!」

 町内会の副会長の小山のじっちゃんが叫んでいる。

 老朽建築が多いので、とりあえず危ない順に人数を割り振ったらしいが、どこまでやれるか。

 しかし、やらねばならない。

 応援は、こないのだ。

「進め一億火の玉だ」

 どこで覚えたのか、中学生らしいガキの一団が、詰め襟の学生服姿で駆けていた。多分自分の学校を守りに行くのだろう。

 学校なんかは広いから大変だが、まだ鉄筋コンクリートだから楽だ。本当に危ないのは、木造住宅なのだ。

 僕は、もう一度自分の傘を点検した。

 充填は完了している。パーフェクトだ。

「来た!」

 誰かが叫んだ。

 みんなが一斉に、空を見上げた。

 雲ひとつない、満天の星空。

 と、不意に星が歪んだ。

「来るぞ!」

「でけえ」

「怯むな。落ち着いてかかれば大丈夫だ」

 叫び声が交錯する中、僕ははっと気づいて傘を構えた。

「まだだ。引きつけるんだ。落ち着いて狙え」

 すぐそばで、じいちゃんの声がした。落ち着いている。

 そうだ。初めての実戦とは言え、ミスなんかしているときではない。なんとしても……。

「今だ!」

 誰かが叫ぶと、路上でも、庭でも、屋根の上でも、いっせいに傘が開いた。

 同時に、なにかとてつもなく巨大なものが、視界をぐわっと歪ませながらおおいかぶさってきた。

「撃て!」

 プシュップシュッという音が響く。

 あまり迫力はないが、対アメ用の必殺武器の音だ。

 僕も、傘を開いたまま撃ちまくっていた。

 でろん、デロデロデロデロという嫌な音が辺りに響き渡った。

「やったぞ!」

「油断するな。撃ちまくるんだ!」

 ビシャッと音がして、何かが傘に当たった。

 アメだ。分解したアメが、そのまま降ってくるのだ。

 ねっとりした透明な液体がぼたぼた地面に落ちてくる。思わず、傘についた液体をすくって嘗めてみる。

 ぴりっとした甘味があって、まさしくアメの味だった。

 もともとアメの名がついたのも、日本伝統のあの「水飴」に外見や味が似ていたからだと聞いたことがある。

 アメは研究によれば、人間が食っても害にならないらしい。どこかの菓子メーカーがアメを利用したスナックを開発中と聞くが、冗談じゃない、誰がそんなもんを買うか。

「どうやら、片づけたな」

 じいちゃんが言った。

 ふと気づくと、傘の水袋は空になっていた。

「被害は?」

「大丈夫だ。どこもやられなかったぞ」

「やったぜ!」

 あちこちで万歳の声が上がった。

 勝った。

 わが町内会は、アメを撃退したのだ。

「だが……」

 じいちゃんが言った。

「あれが最後のアメとは思えない。いつかきっと、第2第3のアメが姿を現すだろう」


 「天災」とでも言うほかはない。

 そう、どこから来たのかまったくわからない、はた迷惑な宇宙生物。それがアメだ。

 アメは集団で地球軌道上に出現し、そのまま大気圏に突入してくる。

 摩擦熱を抑えてゆるやかに降下し、地上に到達すると、その巨大な体駆と重量で構造物を押しつぶすのだ。

 もっとも、軟体生物らしくて人間がのしかかられても暴れていれば比較的簡単に脱出できるので、死亡事故まで到ることはめったにない。

 それに、致命的な弱点がある。なんと水に弱いのだ。

 水を一定量ぶつけられたアメは、一挙に分解して細かくなってしまう。そうなったらもう、何ら脅威でもなく、ただ地面に落ちて消えていくだけだ。

 雨天のときや、雲が厚いくらいでもアメを阻止できる。アメが降るのは、晴天のときだけなのだ。

 そしてアメを阻止する必殺の武器。

 「傘」と呼ばれるのも当たり前で、もともとはコンビニなどで売られていた透明なビニール傘を改造した長射程水鉄砲である。

 アメ相手の武器は、高射砲にならざるを得ない。水鉄砲の威力を増して、さらに上空で撃破したアメを浴びないためと、狙いをつけるために透明なビニール傘が最適というわけだった。

 しかし、アメはいきなり襲ってくるし、地球どこでも同じだし、結局のところ降ったアメは地元で撃退するしかないのだ。

 それも、地元だけで。

 ポンプメーカーが超長射程の水鉄砲を開発中と聞くが、それが完成して配備されるまでは、今のままがんばるしかないだろう。

 でも、日本はまだいい方だった。

 水の少ない国では、ひどく苦労しているという。砂漠地帯ではどうしているのだろうか。

 僕は、ぼんやりと辺りを見回した。もうほとんどの人は引き上げていて、ただ親子連れが急ぎ足で歩いているきりだ。

 母親の方は、長靴を履きビニールコートに全身を包む戦衣装で、新型の傘を斜めに背負っている。いかにも歴戦の古兵といった姿である。

 ふと気がつくと、小学生になったばかりくらいの女の子が、母親につれられて歩きながら歌っていた。

「アメアメ降れ降れかあさんが、水鉄砲で迎撃楽しいな……」


      (END)

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