レファレンスNo.1 4-1
その日の放課後。とりあえずわたしは、学校の図書室に行ってみることにした。
立川さんいわく、わたしならどこからでもあの図書館に行けるとのことだけど、どうすればいいのかわからないし……。
だったら、まずは昨日と同じことをしてみようと考えたのだ!
昨日と同じように図書室の本棚の間に行ってみると、そこにはちゃんとあの扉があった。
疑っていたわけではないけど、昨日のことは夢だった、というオチにはならなかったようだ。
一晩悩んだことが無駄にならなくて、よかった、よかった。
昨日とは違い、その扉を勢いよく開ける。
閲覧室に入ると、カウンターの中に立川さんが、ソファーにエノク君が、それぞれ座っていた。
「おや……。詩織さん、いらっしゃい!」
「司書見習いになる件、どうするか決めたのか~?」
立川さんは昨日と同じ涼やかスマイルで、エノク君はどうでもよさそうな顔で、わたしのことを迎えてくれた。
そんな二人に向かい、わたしは晴れやかな顔でしっかりと頷く。
「はい。ちゃんと考えて、答えを出しました!」
「そうですか。ご勘案いただいて、ありがとうございます。さあ、そんなところに立っていないで、ソファーにどうぞ。今、お茶を淹れますね」
「あ、どうもありがとうございます!」
立川さんに勧められて、エノク君の向かい側のソファーに座る。
しばらく待っていると、立川さんが紅茶とお茶受けのチョコレートをお盆に乗せて戻ってきた。
「お待たせしました。それでは早速、詩織さんのお考えを聞かせていただけますか?」
紅茶を配り終え、エノク君のとなりに座った立川さんが、早速本題を切り出してきた。
ちなみに、エノク君は立川さんが持って来た紅茶とチョコレートに夢中で、こちらを見もしない。
こんな子に館長をやらせておいて、本当にいいのかな、この図書館は……。
――まあ、おやつに夢中のエノク君は、気にしないことにしよう。
そう決めたわたしは、改めて立川さんの方を見た。
「えっと、立川さん。司書見習いの件ですけど――とりあえず司書の仕事を、一日体験させてもらえないでしょうか?」
「……ほう。仕事の一日体験ですか」
立川さんがおもしろいといった様子で、「続きを聞かせてください」と促してくる。
なので、わたしも「はい!」と元気よく返事をして、話しを続けた。
「お恥ずかしい話なんですけど、わたしは司書がどんな仕事をするものなのか、全然知りません。だから、自分にできそうなのかどうかも、正直なところまったくわからないんです」
どうして仕事を体験させてほしいのか、わたしは必死に自分の言葉で、立川さんに説明する。
「でも、『できるかわからないから』っていう理由だけで諦めてしまうのは、何だかもったいない気がするんです。だって、せっかくチャンスを与えてもらったのだから……。――なので、まずは体験ということで、一回仕事を体験させてほしいかなって思うんです」
午後の授業中、たくさんシミュレーションを重ねていた甲斐もあって、わたしは何とか間違えることなく、伝えたかったことを言い切ることができたのだった。
と、その時だ。
それまでチョコレートばかりを見ていたエノク君が、突然顔を上げてわたしを見た。
「モグモグ。賢明な判断だな。モグモグ。確かに、自分にできるかどうかわからない中で、結論を出すのは難しい。モグモグ。それに一度経験すれば、自分にもやっていけそうか判断する材料にもなるだろう。モグモグ。――お前、思ったよりは頭がいいではないか! モグモグ……」
チョコレートでほっぺたをリスのように膨らませながら、エノク君が言う。
くっ! 何を言い出すかと思えば、「思ったより頭がいい」だなんて……。何と失礼な!
しかも、チョコレートを頬張った締まらない表情で言われるなんて、メチャクチャ屈辱的だ……。
(ぬぐぐ、ムカつく~……。――でも、我慢しろ。我慢するんだ、詩織。この件に関しては、わたしは言い返せる立場にいない……)
心の中で、必死に怒りを抑え込む。
本当なら何か言い返してやりたいところけど、この方法を思いついたのは葵ちゃんだ。
悔しいけど、アイデアを授けてもらっただけのわたしには、言い返す資格がない。
だからこそ――余計にく・や・し・い~!
だけど、どうやら神様は、そんなわたしのことを不憫に思ってくれたらしい。
「またそのような言い方をして……。いけませんよ、館長。詩織さんに大変失礼です。それと、食べながらしゃべるのは、とてもお行儀が悪いですよ」
なんと、わたしの意志を代弁するように、立川さんがエノク君に注意してくれたのだ!
「むぐっ! お前は相変わらず、口うるさいヤツだな、立川」
立川さんに注意されて、エノク君が口をとがらせた。心なしか、しょんぼりしているようにも見える。
フフフ~。いい気味、いい気味!
これでわたしの溜飲も、少しは下がるというものだ。
ナイスです、立川さん! どうもありがとうございました!
と、わたしが心の中で立川さんに感謝していると、エノク君が再びわたしの方を見た。
「……ゴックン! ――ふむ、一日体験か……。まあ、いいだろう。お前が司書見習いの仕事を体験したいというなら、させてやろうではないか。なぁ、立川!」
「ええ。私も、異論はありません」
紅茶で口の中のチョコレートを流し込んだエノク君が、あっさりとわたしの申し出を認めてくれた。
立川さんも、エノク君の隣でにこやかに同意してくれる。
どうやら、無事に第一関門を突破できたようだ。
(ふぅ……。一日体験のこと、認めてもらえて本当によかった。葵ちゃん、わたしやったよ~!)
ホッ、と一安心しながら、ここにはいない葵ちゃんへ心の中で報告する。
するとその時、エノク君は続けて、わたしにこんな提案してきた。
「ただ、司書見習いとして最初にやる仕事は、レファレンスという仕事なのだ。これは利用者が来ないと体験しようがないのだが、一日体験という形だと利用者が一人も来ないまま終わってしまう可能性が高い。とりあえず、次の利用者が来るまでを、体験期間としてはどうだろうか?」
……………………。
――はい?
エノク君、今、何とおっしゃいましたか?
「一日だと利用者が来ないかもしれないって……。ここ、そんなに人が来ないの?」
さすがにびっくりだ。
まさか、一日に一人も利用者が来ない可能性があるとは……。
「この図書館への扉は、ここを本当に必要とする利用者の前にしか現れませんからね。来ない時は、一~二週間くらい利用者が来ないこともありますよ」
立川さんが、丁寧にそう説明してくれた。
正直、『それでいいのだろうか、この図書館は』とも思うけど……。
まあ、そういうことなら仕方がないか。
「わかりました。それなら、次の利用者さんが来るまでお世話になります。よろしくお願いします!」
「おう! よろしく頼むぞ、見習い(仮)!」
「よろしくお願いしますね、詩織さん」
ペコリとお辞儀をすると、二人も笑顔でわたしを迎え入れてくれた。
よーし、頑張るぞ。ファイト、オーッ!




