レファレンスNo.1 2-2
「どうぞ、ソファーに座っていてください」
わたしの笑いが治まったところで、お兄さんはそう言い残し、通用口の奥に引っ込んでいった。
言われるままに、ソファーで座っていること数分……。
通用口の奥から、お茶の用意をしたお兄さんが戻ってきた。
お兄さんはそのまま、わたしの前までやって来て、無駄のない手つきで紅茶を淹れてくれる。
受け取ったカップからは、気分が落ち着くいい香りが漂ってきた。
「どうぞ。粗茶ですが」
「あ、どうもありがとうございます」
お礼を言いつつ、紅茶を一口いただくと、これがもう昇天しそうなほどおいしかった!
やっぱりこのお兄さん、執事さんみたいな人だ。
それも超一流の……。
「それでは、気を取り直して……。ようこそ、ラジエルライブラリへ。私はこの図書館の司書で、立川と申します」
「あ、ご丁寧にどうも。わたしは、神田詩織っていいます」
年下の小娘であるわたしに対して、どこまでも丁寧な態度を崩さない、お兄さん改め立川さん。
大人の人からこれほど丁重に扱われることなんてほとんどないから、何だかこそばゆい感じがするね。
「詩織さんですね。よろしくお願いします。それで、今日はどういったご用件で来館されたのですか?」
「いや、用件って言うほどのものは、特に……。それより、あの、ここって本当にラジエルライブラリなんですか?」
さっき立川さんが名乗った時に言った、『ラジエルライブラリ』という言葉。
何の偶然か、それはこの間見た夢でも聞いた名前だった。
その夢で、「選ばれた」とか「招かれる日を待っていてくれ」とか言われたこともあって、思わず口をついて確認してしまった。
「はい、そうですが……。詩織さんは、この図書館のことを御存じなのですか?」
「あ……。い、いえ、その……、別にそういうわけでは……」
立川さんから聞き返されて、思わず口ごもってしまったわたし。
話を振っておいてなんだけど、さすがに「この間見た、小さい頃の夢に出てきました!」とは言えなかった。
そんな理由、あまりにアホっぽ過ぎるし……。
「?」
知ってる素振りで尋ねてきたかと思ったら、今度は口ごもる。
そんなわたしのおかしな反応に、立川さんは首を傾げてしまった。
――まあ、当然そうなっちゃうよね……。
でも、とんちんかんなことを言って、このやさしいお兄さんに頭がおかしい子だとか思われたくないし……。
ここは、何とかして話をそらした方がいいかな。
というわけで、さっさと話題を変更! この部屋に来た時から気になっていたことを、聞いてみよう!
「ところで、こんな部屋がいつの間にできたんですか? わたし、一年生の頃から図書室に通っていますけど、前はこんな部屋なかった気がするんですが……」
「ここは、あなたが通う学校の中ではありませんよ。ここに通じる扉は、学校の中にあったかもしれませんけどね」
わたしが聞くと、立川さんは『ああ、そのことですか』といった様子で、口を開く。
しかし、わたしは立川さんの言っていることが理解できず、思わず「へ?」と言いながら首を傾げてしまった。
そんなわたしの様子を見かねたのだろう。
紅茶を飲んでいた男の子が顔を上げ、わたしに向かって口を開いた。
「ここ、ラジエルライブラリは、古今東西ありとあらゆる書物を集めた図書館なのだ。図書館自体はお前が住む世界の外側にあり、扉だけがこの図書館を必要とする利用者の前に現れるようになっている。お前の前に現れた扉は、その一つというわけだ。――ちなみに、オレはこのラジエルライブラリの館長で、エノクという」
男の子改めエノク君が、ここがどういう場所なのかを教えてくれる。
エノク君としては、わたしにもわかるように教えてくれたんだろうけど……。
――当のわたしは、エノク君の説明に対して、まったく理解が及んでいなかった。わたしの頭の上には、ハテナマークがいくつも浮かんでいる。
「要するに、ここは世界の外側にある、ちょっと不思議な図書館ということです。詩織さんが言う図書室にあった扉というのも、学校に元からある扉ではなく、ラジエルライブラリの入口だったということです」
立川さんが入口の扉を指さしながら、より砕けた形で説明してくれた。
きっと、呆けたわたしを見て、気遣ってくれたのだろう。
できればその気遣いを、無駄にしたくないところなんだけど……。
「な、なるほど……」
突飛な話過ぎて、やっぱりよくわからなかった。とりあえず返事をするのが、精一杯……。
(ええと、このラジエルライブラリは世界の外にある図書館で、なおかつどんな本でもある図書館なんだよね。――うーん、それにしても、ラジエルライブラリって早口言葉みたいで言いにくいなぁ~。……よし! 単に、『図書館』って呼ぶことにしよう、そうしよう)
などと、思考が妙な方向に逸れ始めたところで、はたと大事なことに気づいた。
「でも、ここには本がないですよね?」
「ええ。この部屋に本はありません。本があるのは、この扉の先にある書庫です」
不思議に思って尋ねてみると、立川さんが今度はカウンター横にある、例の大きな扉を指さした。
「ここは、閲覧室なのだ。閲覧室には、基本的に本を置いておかない。まあ、そのおかげで、こうして茶も飲んでいられるというわけだ」
立川さんの答えに、エノク君が紅茶を飲みながら付け加える。
なるほど。確かに本がある中で、お茶なんて飲めないか。こぼしてしまったら大変だし……。
それにしても、あの扉の先に書庫があるのか。
特にどうと言うわけではないけれど、この先に書庫があると言われると、目が両開きの扉の方に吸い寄せられてしまう。
(どんな書庫なんだろう。夢に出てきたあの本もあるのかな?)
と、セファーラジエルのことを思い出しながら、わたしが扉を見つめていると……。
「何なら、ちょっと書庫をのぞいて見ますか?」
わたしが、ジーッ、と扉を眺めていることに気づいたのだろう。
立川さんが、扉を指さしながら、そう提案してくれた。
「はい。それじゃあ、少しだけ……」
「それでは、こちらへどうぞ」
せっかくなので、お言葉に甘えさせてもらうことにしたわたし。
立川さんにエスコートしてもらいながら、わたしは大きな扉をくぐった。




